(瞼へのキスは)

日向夏と有栖川は、一緒に帰ろうと校舎の廊下を歩いていた。人もまばらとなり、窓から見える夕日に少し視線をやっていると、先を歩いていた有栖川の背中に日向夏はぶつかる。

「、何してんのよ有栖川」
「…っや、その」

渡り廊下を渡れば靴箱だ。だというのに急に立ち止まった有栖川は上ずった声をあげる。

「は?何?はっきりしなさいよ」
「いたっ、いえ、その、あの、遠回りして帰りましょう」
「は??」
「すみません………」

くるりと振り返った有栖川に抗議の目線をやれば、申し訳なさそうに彼が謝る。

一体何なんだ、と彼の背の向こうを覗こうと体を動かす。アッ見ない方が〜…!という有栖川の声は無視だ。

高い身長で隠されていた先にいたのは、1組の男女だ。
…それも、熱烈なキスをしている。


「あ?」
「ほら…行きましょう、ねっ」

ぎっと日向夏の顔が歪められた所で、有栖川は彼女を反転させ元来た道を戻る。

「…何、あれ。馬鹿なの?」
「いや、馬鹿っていうのはなんというか…」
「イチャつくならもっと目立たない所でしなさいよ……」

堂々か?と日向夏が言うと、ごもっともです…と有栖川は苦笑いしながら返した。

「別に、突っ切ればいいのに」
「いや流石に…流石に……」

突っ切った時の気まずさを想像したのか、有栖川は少し胃をさする。

「…私、今日見るの3度目くらいなんだけど。なに?流行り?」
「えっ?あっ…あー……なんだかその、今日が何の日かって言うのに、関係してるんじゃないですかね……」

女子が騒いでました……という有栖川にますます意味がわからないという顔を日向夏は向ける。

「何の日か?……何かあったかしら…」
「その、……………キ、スの日だとか」

悩み始めた日向夏を見て、有栖川は少し迷った後、どもりながらも答えを告げる。
返ってきた声は、は?といういつもの声だった。

「……くっっっだらない」
「そこまでためなくても…」
「…、別に。イベントは好きに楽しめばいいわ。場所を考えろって言ってるの」
「そうですねぇ……」

現に自分たちもどう対応したものかと困った後だ。日向夏の言葉に有栖川はうんうんと頷く。

「聞いたことあるわ。あれよね。キスをする場所によって込められた意味が違うとか」
「あ、らしい、ですね」

このままこの話題は流されると思っていたので、意外にも話を続けた日向夏に少し驚きながらも、自分も過去聞いたことのある知識を引っ張り出し頷く。

「髪は思慕、額は友情や祝福、鼻は愛玩…とかだったかしら」
「よく知ってますね」
「…姉が騒いでたのよ」

少し渋い顔をした日向夏に、有栖川はあぁ、と納得したように苦笑い気味に笑う。
日向夏とはタイプの違うキャピキャピとした姉たちだ。確かに知っていそうだと感じた。

そういえば、と日向夏が話を切り替えた所でこの話題は終わった。
終わったと思っていた。

「じゃあ、また明日、です。日向夏さん」
「…悪いわね。送らせて…別にいいのに」
「いえ、そういうわけにも」
「…………」
「…?あの…?」

じっと見つめてくる日向夏に何事だろうかと有栖川は首を傾げる。何かついていただろうかと自分の姿を見るも、見える範囲では特に変わりはない。

「…、そうね」
「はい?」

一人何か頷いた様子の日向夏は、グイッと有栖川のネクタイを引いた。
突然のこと、と日向夏の強い力に惹かれた有栖川は日向夏の方へとあっけなく寄せられる。

びっくりした所で、ふわりとまぶたに何か温かいものが触れた。

至近距離にある日向夏の顔に、あ、まつ毛長いな。と思いながらゆっくり目を開きながら離れていく彼女と目を合わせる。

「ありがとう…おやすみなさい。また明日」

ぱっと手を離すと、日向夏は背を向けて建物の中へと消えていった。


「、え?」

残された有栖川は、まだ暖かさが残る気がする自身のまぶたを少し撫でた。


瞼へのキスは
(憧憬)
(自身の身に起こったことを理解したのは、もう少し経ってからである)

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