ーお前もこんな色にしてみれば、多少見違えるんじゃあないのか

高校生の頃だったか、露伴が女優の髪の色を見てそう漏らしたのだ。うちに露伴が夕飯を食べに来ていて、テレビは毎週お馴染みのバラエティを映していた。ゲストで出演していたその女優は透き通るようなホワイティーアッシュの髪を揺らして笑っていた。
ー露伴はこんな色が好きなのか。
目を瞬かせて彼を見たけれど、彼は既にテレビに興味を無くしたのか黙々と魚をつついていた。
彼にとっては何気無い一言だったんだろうと思う。だけど当時の私には影響力抜群の一言で、翌日の放課後私は美容室に飛んで行った。その女優の画像を見せて、この色にしてください、と頼んだ。真っ黒だった私のミディアムヘアは数時間で変身。幸い校則が緩い学校だったので何も言われなかったし、友人達からの評判も良かった。私は嬉々として露伴の元へ向かったのだが、彼は何も言わなかった。寧ろ髪の毛を一瞥することもなく、何をアホ面で浮かれてるんだ、と鼻で笑うだけだった。
あれから数年経ち、漫画家になった露伴の元で家政婦紛いのことをして暮らしている今も、欠かさず美容院に行ってこの色を保っている。褒めてもらうまではこのままで、と半ば意地になっている内に自分でもこの色がお気に入りになっていたのだ。未だに露伴からコメントはないが、もうどうでもよかったりする。きっかけは露伴であれど、維持する理由は露伴ではない。

「おい、今日は外食するからな」
「え、どこ連れてってくれるの」
「何で僕が君を連れて食事に出なきゃあならないんだ?担当と打ち合わせに決まってるだろ」

時刻は夕方4時。露伴と私の二人分の夕食を用意するため、野菜の皮を剥いていたとき。ダイニングからひょっこり顔を出した露伴は不機嫌そうな顔をして言った。
もう出るからな、と言って露伴は部屋へと戻っていった。私は中途半端に剥けた人参に視線を落とし、それから溜め息を吐く。
ーもう少し早く言ってくれてもいいんじゃないだろうか。打ち合わせなら前から決まってただろうし、せめてキッチンに立つ前に。
露伴は極めて自己中心的で、わがままである。故に友達が一人もいなかった。そんな彼の母親が心配した結果、幼馴染みの私が彼の世話役を買って出ることになった。こうして彼と暮らしているのは、私が家政婦として彼に雇われているからである。先程家政婦紛い、と言ったがまさしく家政婦だ。
彼のまるで亭主関白のような振る舞いに付き合っている内に、学生の頃抱いていた淡い恋心は消えてなくなっていた。既に腐れ縁、雇い主と従業員となってしまった私と露伴の間に男女の匂いは微かにもしない。

「遅くなるでしょ?夕飯に誰か呼んでもいい?」
「好きにしろ。ただし仗助のアホは呼ぶなよ、絶対だ」
「はーい」

仗助くん、というのはこの辺に住んでるらしい高校生である。ここ杜王町に越してきて初めて出来た彼の友達。康一くんや億泰くんも同じ。露伴は康一くんのことしか友達だと思ってないみたいだけれど、私は出来れば二人とも仲良くしてもらいたい。二人とも良い子だし、本音としては露伴のわがままを振り分けられる人が増えるからだ。
一度も振り返らない露伴の背中を見送って、電話へ走った。露伴はああ言うけどどうせバレやしないし、三人とも呼んじゃうもんね。


*


「名前さんのその髪って地毛なんスか?」

育ち盛りの男子高校生が三人。たくさん食べてもらえるように、夕飯はカレーにした。ちょっとありきたりかな、とも思ったけど三人は喜んで食べてくれている。
仗助くんがスプーンをくわえながら問い掛けてくると、億泰くんが俺も気になる、とこちらを見た。

「ううん、染めてる」
「え、ずいぶん綺麗に染まってますね」

康一くんが驚いたように目を丸くする。髪を褒められるのはやっぱり嬉しいから、素直にありがとうと答える。するとこちらをじっと見つめていた仗助くんが、思い付いたように声をあげた。

「でも名前さんってヤマトナデシコ、って感じするし、黒髪も似合いそうっス」
「ナタデココ?」
「億泰くん…」
「そうかな?長いことこの色だからなあ」
「たまには戻してみるのもいいんじゃないっスかァ?今のもすげェ似合ってますけど」

無邪気に笑う仗助くんはとっても可愛らしい。あんまり戻す気はなかったけれど、気分転換に黒くしようかなあ。そう思ってひとくちカレーを食べたとき。
ガチャリ。
ドアが開く音がして、私ははたと玄関の方向を見る。仗助くんと億泰くんが顔を見合わせてやっべえ、と呟く。少し間を置いて、露伴の「名前!この靴はなんだ!」というヒステリックな叫び声が聞こえてきた。こわ。遅くなるまで帰ってこないと言ったのに。時刻はまだ六時過ぎである。
言い訳を考える暇もないスピードで露伴はダイニングへ早足でやってきた。お顔は不機嫌マックス、眉間のシワがとっても深い。

「名前、僕が出る前に言った言葉を復唱してみろ」
「遅くなるから誰か呼んでもいいぞ」
「誰でもいいとは言ってない」
「帰りがこんなに早いとも言ってないけど」
「…、打ち合わせが早く終わったんだ!」

三人は黙って様子を伺っている。私が呼んだのに申し訳なくてごめんね、と謝ると優しい仗助くんは名前さんは悪くないっス、と首を振ってくれた。仗助くんは呼ぶなと言われてるのに呼んだ私が100%悪いんだけど、そんなこと知らない仗助くんはきっとただ自分と露伴が仲が悪いのを気にしてくれてるんだろう。一方露伴は名前が悪いと口を挟む。

「僕の分の夕飯はあるんだろうな」
「たぶん、ギリギリ」
「ギリギリだと?ここは誰の家だと思ってるんだ!?」
「露伴だけど…食べて帰ってくるって言ったから」
「…くそ」

さすがに言い返せないみたいで、露伴は口ごもった後ぷりぷり怒りながら仕事部屋へ向かった。
その後胸を撫で下ろした三人と和やかに(主に露伴の良くないところを言い合って)食事を終え遅くなる前に送り出し、露伴が食事のために顔を出す頃には私は一人で食後のコーヒーを啜っていた。
露伴はまだ機嫌が治らないようで、わざわざ隣に腰を下ろすと頬杖をついてじろりと私を見た。

「で、僕の夕飯は?」
「はいはい」

横柄な態度にはすっかり慣れているから、いちいち腹を立てたりはしない。カップを置いてキッチンへ向かうと、露伴がテレビを付ける音がした。
保温にしてあったご飯をよそい、カレーをぬるく温めてそこにかける。あんまり温めると彼は熱い!と怒るのだ。お皿の底を触って温度を確かめて、スプーンを持って露伴の元へ持っていった。
どうぞ、と目の前に置いても彼はじっとテレビを見つめている。釣られて私もそちらを見ると、いつぞやの女優がまた別のバラエティに出ていた。あのときから歳を取った彼女の髪は黒くなっている。

「私も黒くしよっかなあ」

何となしに口をついて出た言葉だった。仗助くんにああ言われたし…、そう思い巡らせていると、露伴がスプーンを取った。「君が今更黒くしてもおかしいだけだ」まるでいただきます、の代わりのように彼は言った。頬張っても文句を言わないから熱くはなかったらしい。
私はと言うと開いた口が塞がらない。数年一緒にいるが、彼が髪の色についてコメントを寄越したのは今が初めてだ。ぽかんとしたままの私をちらと見て、露伴はフンと鼻を鳴らした。

「人の食事をじろじろ見るな、失礼だな」
「…うん、ごめん、でも」
「でも、なんだよ」
「仗助くんが黒も似合うと思うって言うから」
「なんだと!?」

きみはあのじょうすけがいうからかえるのか!勢いよく言うものだからご飯粒が飛んできた。汚い。顔をしかめて拾うと露伴は下品なことをしてしまったと気付いたのか少しばつの悪そうな顔をしてンン、と咳払いをした。

「僕が言ったからその色にしたんだろ?なら僕がいいって言うまでそのままでいろ」

今度は口と一緒に目も開いた。心底驚いた。気付いてたのかよ、なら言えよ、いやまあよくよく考えてみればひねくれものの露伴が素直に褒める訳はなかったんだけど。
何を照れているのか露伴の頬は仄かに赤かった。まさか口説き文句だった訳じゃああるまいな。高校生の私が聞けば飛び跳ねて喜んだだろうが、今の私にはとんだジャイアン発言にしか聞こえない。私はのび太くんかよ。どら焼きでも買ってくるか、と呟くと露伴が可笑しなものでも見るような目で私を見た。口の端にカレーついてますけど。


20150413

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