※n順後
突然やってきた悪夢は私の世界をいとも容易く奪い去った。
彼は―DIOは、私に何も教えてくれていなかった。彼のことなら何でも知っているつもりだった。義兄弟のジョナサン・ジョースターのこと。そのジョナサンと過ごした学舎でのこと。命を懸けて戦ったこと。海の底で百年眠ったこと。彼は私が眠りに就く前子守唄のように語ってくれた。
彼の血で彼と同じ存在になってからは人間の好みも知った。彼は美しく強欲、淫乱で、性格の捻曲がった女が好きだった。私は温厚で暗闇に怯えて泣くような女性が好みで、食事の際に取り合いになるなんてことはなかった。でも食事と言えど他の異性とDIOが仲睦まじくするのはあまり良い気分ではなくて、臍を曲げる私をDIOは楽しそうに宥めてくれた。
何も知らず、穏やかな時間を館の中で過ごした。実際は穏やかでも何でもなくて、空条承太郎の手はもうすぐそこまで伸びていたのだ。
とても私の入る隙のない戦闘だった。吸血鬼であるから人間の何百倍もの力があるし、スタンドもある。しかし私のスタンドは攻撃力皆無なものであったし、喧嘩すらろくにしたことのない私は吸血鬼の力を持ってしてもあの激闘に参加できるとは思えなかった。出来たことは、力尽きたDIOに寄り添うことだけだった。
空条承太郎は驚いた様子だったけれど私に拳をふるうことはなかった。その代わりSPW財団に協力するよう申し出てきた。私は断った。最愛の命を奪った相手に力を貸すなど信じられないことだった。
私はDIOと共に灰になることを選んだ。DIOの亡骸を抱いて、数年ぶりの太陽の元へ足を踏み出した。DIOのいない世界に未練はない。何も恐ろしくはなかった。
そして太陽の熱を感じながら私は誓った。次の生でも必ずDIOを見付け出すと。次は誰にも邪魔をされずこの人と永遠を過ごすのだ。その為なら何を犠牲にしてもいいとすら願った。
DIOの体を強く抱いた。それが私の吸血鬼としての最後の記憶。
*
結論として、再会した彼は夜眠り朝起きる生き物になっていた。あの頃と違って爪は短く切り揃えられ、鋭利な犬歯もない。紅色だった瞳は深海のようなブルー。
勿論私もそうだった。この世界には吸血鬼やスタンドなど存在しなかった。もしかすると私が知らないだけで、どこかに吸血鬼やスタンド使いは存在するのかも知れないけれど、今はどうでもいい。
DIOは私のこと、吸血鬼だった頃のことを全く覚えていなかった。…否、もしかすると全くではないのかも知れない。あの頃と同じく、何の取り柄もない私を気に入って側に置いている辺り。何か感じるものがあるのだろうか。
人間に生まれ変わったDIOもカリスマ性は相変わらずらしく、大企業の社長としてその名を轟かせている。毎日デスクに座って書類を睨み付けっぱなし、社長なのだから悠々と構えていればいいのに。
「名前、時間をもて余すんじゃあないのか?」
「ううん、本を読んでるから平気」
「何か必要なものがあったら言え、持ってこさせる」
「はーい」
そう言うとDIOはまた書類に目を戻した。
平日の昼下がり。窓から射す日光が彼の髪をキラキラと輝かせる。あの頃は見られなかったその光景に、私の目頭は何度も熱くなる。
「ディオ、ねえ、好きよ」
「…下手な誘惑だな。これが片付くまでにもっと練習しておけ」
私のDIO。ディオ・ブランドー。今度こそ穏やかな、限りある永遠を、共に過ごせそうだ。
20150714
ALICE+