※DIOが少しだけ不憫
DIOの女癖に関しては寛大な心でいるつもりだった。そもそも女癖と言っても彼にとって集めた女性たちは食料であって、どの人も見目麗しいのは私で言う黒毛和牛を食べるみたいなものだ。要するに高級品。何でも一番になりたがる彼だから、食べるものも一級品を求めるのはおかしくない。そんな一級品を食べるときに雰囲気でそのまま、なんてのにも目を瞑っていた。勿論嫌じゃないなんてことはないけれど、いちいち文句をつけたところでやめる彼ではなかった。子供じみた嫉妬をする私をにやにやと見つめながら、愛しているのはお前だけだと都合の良い台詞を吐くのだ。その言葉に嘘がないことは十二分に理解している。だからこそ彼の好きにさせていたのだけれど。
流石にこれは不味いと思っているのか、吸血鬼所以の真白い顔が心なしか青くなっていた。ソファに深く腰掛けたDIOは、何も言わずただひたすらに装飾品がきらめくローテーブルを凝視する。重い雰囲気に耐えきれず気まずそうにしているテレンスに部屋を出るよう目配せをすると、助かったと言わんばかりに一礼してそそくさと出ていった。憎々しげなDIOの鋭い視線には気付かなかったようだ。
広い寝室には私、DIO、それから"彼"の三人になった。先程テレンスが来客だと連れてきた彼の名は汐華初流乃。照明に照らされ美しく輝く金髪も長い睫毛も整った顔立ちも、DIOそっくりである。それもそのはず、彼はDIOが抱いた女性から産まれたそうだ。つまり血を分けた息子。DIOは自分の子供がこの世に生を受けていることなどついさっきまでさっぱり知らなかったらしい。
話を聞くと、彼は最近になって突然髪の色が黒から金へ変化したらしい。それを気味悪く思った母親が、もう父親の元で過ごせと半ば無理矢理送り出したそうだ。酷い話であるが、彼は平然と話すので同情の念があまり浮かばなかったし、何と言っても恋人の隠し子なのだ。複雑な気持ちになるのは許してほしい。
「そういうことなので、ここでの生活を許してもらえますか、パードレ」
「パードレだと…?」
「息子なんですからそう呼ぶのは普通ですよ、ねえ」
「え!?あ、うん…」
突然父親と呼ばれたことにDIOはかなり動揺していた。こんな彼は珍しい。私はというと同意を求められておずおずと頷いた。
「ふざけるな、私は認めん。出ていけ」
「…他に行く宛がないんです。どうしてもだめですか…?」
動揺しつつもフン、と鼻を鳴らすDIOが言うと、何故か彼は横に座る私に向き直った。私の手を取り、頬を擦り寄せる。DIOがなっ、と声を上げるが構わず彼は私を見やる。エメラルド色の瞳はそのまま宝石のようだ。どこか憂いを帯びた表情で見つめられては、顔が熱くなるのも致し方無い。
「…マードレ、とお呼びしても…?」
「う…うん…いいよ…!」
「WRY!?」
彼の美貌にすっかり魅了されてしまった私は何度も何度も頷く。立ち上がるDIOを横目に彼はにんまりと笑った。
*
二つ返事で頷いたものの、最初はやはり三人の仲はぎくしゃくしていた。まさか子供を作っていたとは知らなかった私はDIOを少し軽蔑したし、それを挽回しようとDIOは食料の女性に手を出すことをしなくなった。ハルノは血が繋がっている筈のDIOにはあまりなつかず、私のあとをついて回った。DIOはそれが気に食わないようで、尚更二人の壁は高くなるばかりである。
ハルノが来てから、ずっと一人だった午後のティータイムが華やかなものになった。たまにテレンスが付き合ってくれていたが、やはり執事である彼は主の恋人である私にも気を遣うので申し訳なかったのだ。対等に会話をしてくれるハルノがいるのは有り難い。
柔らかな陽射しを受けながらテラスで紅茶をたしなむハルノは絵画のようだ。ほうと息をつく。
「どうかしましたか?」
「うん、ハルノは綺麗だなあって思って。さすがDIOの息子だね」
「…、あまり実感はないですけど」
「DIOのことは嫌い?」
「嫌いというか、…よく作るだけ作って放っておけたなあと」
ごもっともだ。返す言葉もなく苦笑いを浮かべるとハルノは「名前さんは、僕が憎たらしくないんですか」と問い掛けてきた。彼が最初DIOをパードレと呼び、私をマードレと呼ぶ、と言ったのは同居を渋りそうなのを口説き落とすためのウソっぱちだったらしく、一度としてそう呼んでくれたことはない。疑るような目付きで私を見るハルノは、まだ館の誰にも心を開いていない。世話役のヴァニラや孫のように可愛がるエンヤ、頬を染めるミドラーに囲まれていても彼はいつも一人に見えた。
「そりゃあ最初は複雑だったけど、今はもう気にしてないかな」
「本当に?」
「勿論。ハルノは良い子だし、ハルノが嫌じゃなかったら本当にお母さんだと思ってくれていいんだよ」
なるべく優しい笑顔になるように心掛けたが、ひきつっていないだろうか。ハルノは数秒黙り込んだ後、紅茶のカップを静かに置いた。「とんだお人好しですね」言葉は冷たいが、その表情は柔らかい。私がほっと胸を撫で下ろすと同時に部屋のドアが開いてテレンスが入ってきた。どうやら先程までオーブンの中にいたシフォンケーキが出来上がったらしい。綺麗に切り分けられたそれが皿に移されるのを眺めていると、ンン、と咳払いが聞こえた。ハルノだ。どうしたのだろうか、首を傾げて顔を向けた。テレンスも手を止めて彼を見ている。するとハルノは一度視線を落とした後、真っ直ぐに私を見た。
「今は呼び名だけですが、いずれ本当の母だと思えるようになりたいと…僕はそう思います」
「…?うん?」
「美味しそうですね」
ハルノが視線をシフォンケーキに戻したことでテレンスは不思議そうな顔をしながらも作業を再開した。生クリームが添えられ、目の前に置かれると自然と頬が緩んでしまう。テレンスに礼を言って一口頬張った。ふんわりした甘さが口の中に広がってますます口角が上がる。私の反応を見て満足したテレンスが一礼してサービスワゴンを押して戻ろうとしたとき。「美味しいですか、マードレ」テレンスがびたりと動きを止めた。私は噎せた。ハルノは涼しい顔でケーキを口に運び、美味しいですね、と微笑んだ。
「…パ、パードレは」
「そちらは気が進みませんね」
「ハルノ様…」
20160910
ALICE+