彼女は同じ年齢の子供たちより少々ひねくれていた。同級生たちが可愛いと騒ぐキャラクターに魅力は感じなかったし、毎夜テレビを騒がせるアイドルグループにも興味はなかった。愛くるしいリボンで髪を二つに結ったクラスメイトに「どうしてなの?」と聞かれたことがあったが、人の好き嫌い、好みに理由がいるだろうか。彼女は「どうしても」と答えた。クラスメイトは顔をしかめた。お察しの通り、周りに馴染めない彼女に友人と呼べる存在はいなかった。そんな我が子を見る両親の顔は何時も物憂げだった。
しかしひねくれものの彼女にも、ひとり、否、一体と言うべきだろうか、友人がいた。彼―或いは彼女かも知れないが―は急に現れたり消えたりする、非常に気紛れな存在であった。幼い頃から彼女の傍らにいた彼であったが、彼女は彼が人間ではないことに薄々勘づいていた。他人には見えないことも。しかし彼女には見え、触れることができる。呼べば出てきてくれることも増え、彼女は両親以外唯一彼に心を開いていた。彼は喋らないが、彼女が話すことひとつひとつに首を振ってくれた。彼女が泣いた日はそっと背中を擦ってくれた。声は聞けなくとも、人間でなかろうとも彼女は彼が好きだった。
両親の様子がおかしくなったのは、彼女が小学校最後の夏休みを満喫していた頃だった。快活とした父はどこか虚ろな目でぼんやりすることが増え、仕事に行かず、ふらっと家を出ては帰ってくることを繰り返した。何をしているのかは彼女にはとても推測できなかった。清楚で淑やかな母は美しく着飾り始めた。何処から手に入れてきたのか、輝く宝石を散りばめた首飾りを「後ろを留めてくれる?」と母から手渡され、彼女は震える手でホックを留めた。

「名前、パパとママはね、素敵なお友達ができたの」
「お友達?」
「ええ、お友達よ、名前にも紹介してあげましょうね。きっと仲良くなれるわ」

真っ赤なルージュを引いた唇が弧を描くのを彼女はじっと見詰めた。お友達。そのお友達のせいで、父は働かず、母はこんなにも変わってしまったのだろうか。
人の噂というものは恐ろしく、彼女の両親の様子はたちまち広まった。母と共に外を歩けば後ろ指をさされ、其処ら中から囁き声が聞こえた。母には聞こえていないようだった。新学期、学校ではいじめが始まった。「お前の父さん仕事してねーんだろ!」「母ちゃんケバいんだよ!あれ絶対フリンしてるぜ!」そんなことない、言い返したかったが、ヒートアップした子供に何を言っても無駄だと彼女は察していた。バイ菌と罵られ、殴られ蹴られても彼女は蹲って耐えた。授業が始まり、ぼろぼろの彼女が席に着いていても、担任の教師は見て見ぬふりだった。鞄に傷を付けられ、ぼさぼさの頭で帰宅した彼女を見ても父は特に反応しなかった。母は彼女の肩を優しく抱き、共に風呂へ入った。そして彼女と湯船に浸かり、頬を優しく撫でた。

「明日、パパとママのお友達がおうちに来るの。きっとお友達が名前を助けてくれるわ」

母の瞳は何処か濁っている。彼女は母の言う"お友達"に全く期待はしていなかったが、否定するのは少し恐ろしかった。彼女が小さく頷くと、母は満足げに微笑んだ。

*

その日彼女は学校に行かなかった。母の制止があったのだ。自分と"お友達"を会わせる為かと彼女は両親にバレないようこっそりと溜め息を漏らした。仕事に行く訳でもないのにスーツを着る父と普段より気合を入れて化粧を施す母に、部屋にいると声を掛けて階段を駆け上った。返事は聞こえなかった。
殺風景な部屋に入り、ドアを静かに閉める。ベッドに腰掛けると、彼女の足元に"友人"が現れた。彼は床に跪き、彼女をじっと見上げた。暫く無言のまま二人は見詰め合っていた。
何分経っただろうか。下からドアが開く音と何人かの話し声が聞こえ、彼女は顔を上げた。"お友達"が到着したのだ。続いて母が彼女を呼んだが、彼女はとても下へ向かう気になれなかった。枕元に置いているテディベアを引き寄せ抱き締める。すると、トントントン、階段を上ってくる足音。彼女の部屋の前で止まった。

「ママ、私お腹が痛いから、お部屋で寝てるね」

彼女はドアに向かってそう言った。しかし返事は無く、代わりにドアがゆっくりと開いた。其処にいたのは母ではなく、見知らぬ外国人であった。母の唇のように赤い瞳で見下され、彼女は竦み上がる。
"お友達"だ。彼女が体を強張らせると、"友人"が立ち上がり、彼女を庇うようにその背中へ隠した。男は其れを見てほんの少し片眉を上げた後、緩やかに口角を上げた。

「恐れなくてもいい。私は君と友達になりに来たのだ」
「…私のともだち、見えるの?」
「私にも同じ友がいる」

男はそう言うと合図のように片腕を上げた。すると男の背後に何かが現れた。彼女には其れが何なのか理解できないので"何か"としか表現できなかった。しかし彼女の"友人"と同じく人間でないことだけは分かった。
男が彼女に向かって一歩踏み出すと、彼女の"友人"はまごつくような様子を見せた後、スッと傍らへ避けた。そして彼が膝をついていた場所へ、今度は男が同じようにして彼女を見上げた。

「小さなレディ、少し話をしようじゃあないか」
「…、日本語話せるの?」
「私が話してるんじゃあない。この"友人"が私達の代わりに話している」

彼女は自分の"友人"にちらりと視線をやったが、彼は普段通り黙りこくったまま、一度も喋っていないように見える。男の友人も同様である。彼女は僅かに戸惑ったが、男の青白くも見える手が恭しく自分の手を取り、あろうことか甲に口付けを落とすので顔にすっかり血が昇ってしまった。その火照った頬を誤魔化したいがため、彼女は男と会話することを承諾した。
男はDIOと名乗った。部下に世界中を練り歩かせ、"友人"がいる人間を探しているのだ、と言った。普段ならば自分は出てこないが、君に会うために遥々やって来たのだとも言った。また"友人"にはスタンドという呼び名があることも。彼女はテディベアを抱えたまま、隣に腰掛けゆっくりと話すDIOの言葉を咀嚼した。

「私はジョースターという者達に命を狙われている。君に私を守って欲しい」
「私がDIOを?」
「友達を守るのは当然のことだろう?」
「…ともだち、いたことないもん。あの子だけ」

自分に友達がいないことは大して気に留めていなかったが、改めて口に出すと惨めだと彼女は思った。DIOはまたも片眉を上げたが、直ぐに目を細めて笑んだ。「ならば私が君の初めての友達だ」彼女が初めてはあの子だと返すと「あれは君の生命エネルギーで構成されものだ。即ち君自身なのだから、実のところは、友達にはなりえない」彼女にはDIOの言葉がちんぷんかんぷんだった。然し聞き直すのも面倒だったので頷くと、DIOは満足げな顔をして彼女の頭を撫でた。
丁度話が途切れたその時、ノックがしてドアが開いた。不思議な頭部の男が失礼します、と礼儀正しい挨拶と共に姿を見せた。その後ろには彼女の両親の姿もあった。

「DIO様、どうなさいますか」
「連れて帰るぞ。良いな」

問い掛けると言うよりは、確認のようだった。両親は勿論です、だとか喜ばしい、だとかを口走っている。彼女が首を傾げると、先程入ってきた男が説明していないのかとDIOに訊ねた。DIOはお前がやれと一言言い残し、両親を連れ添って部屋を出ていった。男はやれやれと言わんばかりに溜め息を漏らし、彼女は男を見上げた。男は彼女を見、やはり床へ跪いた。子供相手には目線を合わせるべきだと皆思っているのだろう、彼女はぼんやりそう思った。
男の名前はテレンス・T・ダービーと言った。彼は軽い自己紹介の後、彼女に自分達と共にエジプトに来てもらう旨を伝えた。彼女は突然の申し出に目を見開く。

「…お父さんやお母さんは?」
「ご両親の許可は頂いてます」
「学校は?」
「おや。行きたいんですか?」

さも意外だという風に男が問うてきた。嫌味かと思ったが、男の表情は至極真面目である。首を横に振ると「ある程度なら私が教えられますのでご心配無く」そう言ってテレンスは立ち上がった。
テディベアの頭に顔を埋める彼女に断るでもなく、テレンスが部屋の中を物色する。学習机の上のノートや教科書をパラパラと覗くのを繰り返し、その中の数冊だけを腕に抱えて部屋を出て行った。残された彼女は"友人"、もといスタンドを見やる。彼も同じく彼女を見た。

「ともだちができたよ」

彼は何も答えない。然し彼女も答えなど期待していなかった。テディベアを定位置に戻し、ベッドから降りる。それからふと父と母の顔を思い浮かべ、ほんの少しだけ悲しくなり、また彼を見た。下の階からDIOが彼女を呼ぶ。彼はやはり何も言わない。彼女は目を伏せ、唇を噛み締めた後ドアノブに手を伸ばした。


20170507
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