スタンドを出してくれ、と言われてもどうやるのか検討もつかない。先程能力が発動したのも自分の意思ではない。スタンドとやらが勝手にやったのではないかと言ったが、スタンドはその人間の精神エネルギーで構成されている為スタンド独自の判断で行動することはほぼ無いのだと言う。極希に自我を持つスタンドも存在するらしいが、だからと言って本体の命令無しに動く様な真似はしないらしい。つまり先程は私が無意識の内に命令を下したのだと言える。
一体どういう切欠で…、少し頭を悩ませたが、私の頭にひとつ浮かんできた。あの時私は恐ろしく切羽詰まっていた。ドッピオくんに命を脅かされる恐怖に、心底震え上がっていたのだ。もしかすると防衛本能の様なものが働いて、スタンドを発動させたのでは…?スタンドに関してほぼ無知な私の考えであったが、皆は一理あると頷いた。「ならば貴様を半殺しにするのが手っ取り早かろう」隣のカーズが平然と言い放つ。ぎょっとして隣を見ると彼の腕には刃物らしきものが生えていた。こいつもスタンド使いなのか。竦み上がる私を見てドッピオくんが慌ててカーズを諫めた。ドッピオくんは私を恐がらせてしまったことを酷く後悔しているらしく、ディオの時といいこうして時折庇ってくれる。厳めしい男達に囲まれた彼は少々頼りなく見えるが、彼の一言で皆身を引くので驚きである。彼を苛めたら兄のディアボロからの報復が恐ろしいとか、そういう無言の了解があるのだろうか。
吉良さんが溜め息を吐いた。「また家を汚されるのはごめんだ。恐がらせればいいんだろう?」すると彼の背後に生き物が現れた。「私のスタンドだ、キラークイーン」全体的にピンク色、頭部や顔は猫を模しているのだろうか。その釣り上がった目が此方を見た時、ヒッと小さく息を飲んでしまった。それを見たディオ達は顔を見合わせ、何かを察したのか彼等も吉良さん同様にスタンドを発動させた。ディアボロ、プッチ、ディオの背後に見るからに人間ではない生物が現れる。三者共揃って擬音が付きそうな程私を睨み付けるものだから、私の中で再び命の危険が湧き上がってきた。恐ろしい。そう思った瞬間だった。

「…それが君のスタンドか。美しいね」

私と彼等の間に浮かぶ其れを見て、プッチは微笑んだ。
当然現れた其れは全長15センチ程の妖精だった。妖精だと断言できる程、その見た目はお伽噺に出てくる其れと相違無かった。背中に四枚の羽根を背負い、きらきらと輝く鱗粉の様なものを振り撒いている。はためくワンピースは虹色で、履いているハイヒールは透明。髪の毛は無い。つるりとした頭部と真っ黒な瞳だけを見ると宇宙人の様でもある。其れは暫くその場で羽根を揺らめかせた後、私の方へと飛んできた。
眼前に浮かぶ其れにはよく見ると口が無かった。耳らしきものもない。目だけが活発に動き何度も瞬きを繰り返す。腕の先にも本来在るべき手が無く、代わりに星形に型どられた大きなエメラルドが煌めいている。非常にメルヘンチックであるが、此れが私の精神エネルギーから生まれた"スタンド"。そっと手のひらを差し出すと、其れは素直に其処へ着地した。

「能力は何なんだ?」

ディアボロが私の手の中をしげしげと見詰めて言った。私は先程の出来事を思い出し、予測ではあるが、と前置きを置いて説明をした。相手を変身させる能力ではないか、と。今此処にジョナサンがいない理由は其れである。先程ディオが私に嫌味にも似た賛辞を述べた直後、ジョナサンは輝く光に包まれ、なんとドッピオくんになってしまったのだ。呆然とする私を見て、ドッピオくんは「名前さんのスタンド、すごいです…」とぽつりと漏らした。私はその後状況を飲み込めないままあれよあれよとちゃぶ台へと連れてこられたのだが、プッチから粗方の説明を聞いて理解した。私のスタンド能力により、ドッピオくんは一時的にジョナサンになってしまったのだと。同意を求めるべくディオを見ると、彼は私のスタンドを指差した。

「それがドッピオに鱗粉を振り撒き、ジョジョへと変えた。貴様が無意識の内にジョジョに助けを求めていたのだろう」

一部始終を見ていたらしいディオがそう締めくくった。ディアボロは戦闘能力は無いなとつまらなさげに呟いた。カーズがしきりに手のひらを覗くので差し出してやったが眉をひそめるばかりで何も言わない。そう言えば彼の背後には何もいない。ドッピオくんも同様である。首を傾げると、プッチがカーズはスタンドを持っていないことを教えてくれた。つまり見えないのだ。ドッピオくんは見えているようだがと聞くとディアボロとドッピオくんが視線を絡ませた。何か無言の会話を交わしたのか、また今度説明するとはぐらかされてしまった。不思議に思ったが、そういえばジョナサンも持っていないのに見えるとプッチが言っていた。あまり気にしないでいいだろう。
話が一段落すると吉良さんが「そろそろ帰りなさい」と保護者染みた台詞を吐いた。壁に掛けられた時計を見ると午後七時過ぎ。外はもう陽が沈んで暗い。此処に来たのが恐らく午前九時頃であるからかなりの時間上がりこんでいたことになる。今朝は帰りたくないと駄々を捏ねたが、今は此処にいるよりは家の方がましだ。気を失っていた間は不本意だったとは言え、長々失礼をしたと吉良さんに頭を下げると気にしないでいいと手を振られた。その上血で汚れたワンピースは目立つだろうからとコートを貸してくれた。何故この人達と暮らしているのか理解できない程、全くもって常識人である。クリーニングをして返すと言うと安物だからと断られたが、襟元にあるタグには見覚えがある。たまに帰ってくる父が同じものを着ていた筈だ。無論、ハイブランドである。此処に来るのは憚られるが、必ず返しに来よう。


*


私は何故かディオと家路を共にしている。ディオが送ると申し出てきたのだ。私は死に物狂いで断ったが、帰り道が分かるのかとにやついた顔で言われれば反抗できなかった。ディオと一晩過ごしたあのマンションまでの道程なら覚えているが、行き付けの喫茶店からあのマンションまでどの道を通ってきたのかは記憶にない。ならば吉良さんに頼みたいと図々しくも申し出たが、彼は夕飯を作るという使命があるのだと言う。結局泣く泣くディオと歩いているのだが、なるべく距離を取ろうと私はディオの数歩後ろを歩いていた。「まるで従者を連れているようだなァ」挑発する様なディオの言葉は黙って受け流した。早く家に着かないだろうか。
ふと、目の前を進んでいた足が立ち止まる。ぶつかってはいけないと私も足を止めた。どうしたのかと見上げると、ディオは無表情で私を見詰めていた。

「な…何?」
「…貴様のスタンドはこの上なく本体に似合いだな」
「は?」

表情が無かったのは一瞬で、彼は直ぐに普段通りの厭らしい笑みを浮かべた。彼の言わんとすることが理解できず眉を寄せると、自分の顎に手をやり撫でた。見下されながらやられると少々腹が立つ仕草であるが、口を閉じて返事を待った。

「スタンドの能力は本体の強い望みを反映する…あれは恐らく貴様の変身願望の産物だろう」
「…なんなの」
「その上緑の星だと?無い物ねだりだな」

少し間が空いた。私はディオの言葉を咀嚼し、数秒後、ようやく意味を理解した。頭にカッと血が上る。体が動くままに持っていたバッグをディオに向かって振り上げたが、「名前!?」と聞き慣れた声に名前を呼ばれ腕がぴたりと止まる。ディオは振り返り、至極楽しそうな声でジョジョォ、と唸った。


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