買い物帰りのジョナサンが通り掛かったあの日。ジョナサンとディオは旧友だと聞いていたので感動の再会が繰り広げられるのやらと思えば、ジョナサンは目一杯張っていた買い物袋を取り落とし、私とディオを交互に見て、それからふつふつと怒りを湧き上がらせている様だった。ディオ、何故君が名前と一緒にいるんだッ!と拳を握り締めながら言うジョナサンを見て、私ははたと気付く。ジョナサンは、丸一日行方不明だった私をディオが連れ回していたと思っているのではないかと。あながち間違いではないが。意外と喧嘩っ早いジョナサンのこと、様子を見ればディオに殴りかかりそうなことは明らかである。しかしいくら相手がディオとは言え、私のせいで兄の友人関係を壊してしまうのは良い気分ではない。そもそも頭ごなしに友人を疑うジョナサンも良くないのではないか。
もう帰宅する途中なのだ。私が上手く誤魔化してにジョナサンを宥め、ディオとここで別れれば何も問題は起こらない。さっさとディオを追い払って帰してしまおう。そう思ってジョナサンへ一歩踏み出した矢先、ディオの腕が私の腰に回った。蔦の如く絡み付く其れに目を丸くする私を引き寄せ、自分の名前が叫ばれているのも聞こえない風に、ジョナサンの目の前で、ディオは私に深く口付けた。全てが一瞬の出来事で、目を閉じる暇すら無かった。
唇を離した後、ディオは私と同じく茫然とするジョナサンに、何故か勝ち誇った笑みで言い放った。
「貴様の大事な妹はこのDIOが貰い受けたぞ」
…思い出すだけで鳥肌が立つので此処からは簡潔にまとめると、その台詞で頭にきたらしいジョナサンはディオから私をもぎ取る様に奪い、何やら叫んでそのまま家へ走ったのだった。落とした買い物袋を忘れず拾うのは流石と言ったところか。連絡が取れなかった私が俵担ぎされて帰ってきたことでジョースター家は大騒ぎである。
リビングのソファに座らされ、兄達に根掘り葉掘りこの一日について聞かれた。嘘を言っても無駄だとよくよく分かっているので、ディオとの一晩は上手く伏せながら、事のあらましを話した。死にかけただとかそんな話はしていない。ただ荒木荘というところで世話になったと言うと、兄達の顔がみるみる険しいものになった。承太郎に到ってはこれ以上ない大きな舌打ちを漏らした。
誰かにバレる前にワンピースを処理しなければならなかったので、皆が黙りこくった隙にコートの前を握り締めたまま自室へ走ったが、その後部屋へやってきたジョナサンは真剣な表情で私に言い放った。
「名前はしばらく一人で外には出さない。登下校は絶対承太郎とすること。友達との寄り道も禁止だ、どうしてもって言うなら承太郎か仗助も一緒に行くんだ。いいね?」
「えっ、よくない」
「いいね?」
「…よくない」
「いいね」
普段紳士的であるからこそ、たまに出す威圧感が効果抜群なのだ。ジョナサンは口を閉じた私の頭を数回撫で、部屋を出ていった。ごみ箱に突っ込んだワンピースには気付かずに。
こうして私はめでたく兄というSP付きの生活を送ることになった。もう一週間は経っただろうか。家の中は流石に一人でうろついても何も言われないが、一歩外に出ようものなら承太郎の怒号が飛んでくる。連絡を寄越さず一日消えた私が悪いとは言え、これは。頭を抱えたが、学校の友人ですら仕方が無いと苦笑いをする。私も心配したんだよ、と言われれば何も言えなかった。
好きに外出出来ない生活と言うのは非常に辛い。兄の誰かを連れて行けば出来ないこともないのだが、年頃の女が毎度毎度兄と出掛けるのは如何なものか。友人とショッピングなんかも兄がいちゃあ楽しめない。何より吉良さんのコートをクリーニングに出して返しに行きたいのだが、其れが不味いことであると私は勘付いている。荒木荘、と私が口に出した時の反応からするに、兄達とディオ達は何か関わりがあるのではないかと察したのだ。もしかすると荒木荘が変人の集まりで有名なだけかも知れないが、どちらにせよ私があそこに行くのを兄達は良く思わないだろう。返しに行くと言えばジョナサンあたりが僕が代わりに、なんて言い出しそうだ。人様から借りたものを人伝に返すなどと無礼な真似はしたくない。此れがプッチやディオであれば着払いで送り返していたが、常識人の吉良さん相手なのだから当然である。
クローゼットの隅に掛けているコートを一撫でする。何時までもこのままじゃあ良くない。せめて連絡先さえ分かっていれば、そう唸った時。
「名前ちゅわん」
「ヒッ!」
突然耳元で名前を呼ばれ肩が跳ね上がる。直ぐ頭上から聞こえるからからとした笑い声はジョセフのものだ。何時の間に部屋へ入ってきたのか…大きく息を吐く私の腹に腕を回しながら、ジョセフはクローゼットを覗き込もうとする。急いで閉じるとちえ、とつまらなそうな言葉が降ってきた。
何をしに来たのだろうか。私の背中にべったりくっついたジョセフは頭に顎を乗せてくる。重い。デジャヴを感じる…。
「ジョナサンから聞いたよン、DIOにチューされたんだって?」
「…余計なことを…」
喋りやがって、とまでは口に出さなかった。人をからかうのが好きなジョセフのことだ、顔は見えないがにやついた表情を浮かべているに違いない。
引き剥がそうと腕を押したが、無駄に逞しい其れはびくともしない。体を捻って脱出を試みてもがっちりと固定された腰は動かない。
「ま、名前ちゃんのファーストチッスはちっさいときに俺が奪っちゃってるからまだ良かったよなァ〜?」
「身内はカウントに入らないでしょ…」
な、と同意を求めんばかりに抱き締めてくるジョセフの言葉に呆れてしまう。世間一般的であろう私の返事を返すと、ジョセフは少し間を空けた後、私の顎を掴んだ。そのまま力を込めてくるものだから私の両頬は潰れ、唇が突き出されてしまう。恐らく大変醜い顔をしている。そのまま力任せに横を向かされたせいで首が可笑しな音を立てた。痛い。その醜い顔をした私の前に出てきたジョセフの顔は憎たらしい程整っている。
「身内のはノーカンなワケ」
「そらそうれひょ」
「へえ」
間抜けな返事をした私とは裏腹にジョセフの視線は冷たかった。何時もおちゃらけた態度のジョセフがこういう顔をすることは滅多にない。少し恐かった。
しかし私が何か言う前にジョセフはぱっと笑顔を浮かべた。飯ができてるよん、そう言ってひらひらと手を振って部屋を出て行ってしまう。何か機嫌を損ねるようなことを言っただろうか…?足りない頭を捻ってもよく分からない。まあ、大して気にしなくても大丈夫だろう。お腹が空いてきた。
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