「どういうことだ…ッ名前、それ、スタンドか…!?」

私の声で、私の顔でジョニィが言う。私の肩辺りに浮かんだ"スタンド"は目をパチクリさせて私とジョニィを交互に見た。
つい先程。突然現れたこの子に驚く間もなく、ジョニィの体はみるみる変化していった。同じ様に、私の体も。ジョニィは狼狽えながら私から一歩、二歩と後ずさっていく。ベッドに尻餅をつく頃にはジョニィからジョニィの面影は消えていた。其処にいるのは、ジョースターの誰とも似つかない、私の姿。壁際にある全身鏡に映る私の姿は、長年怯え続けた兄の形をしていた。肉体どころか着ていた衣服まで、私はジョニィに、ジョニィは私になっていた。
ジョニィは目に見えて混乱していた。何度も何度も自分の体を触っては見渡す。一方私はと言うと、何拍か置いて、漸く"スタンド"の意図するところを理解した。この姿ならば、自由に動くことができる。
カーペットの床に落ちたままだったスマートフォンを素早く拾い上げ、クローゼットを開いて吉良さんのコートを引っ付かむ。隙を突いて部屋を飛び出した。ドアが閉まる音で我に返ったのか待て、とジョニィの声、もとい私の声がする。中から乱暴にドアを開こうとしているけれど、今ジョニィは女の体。私が男の筋力で押さえ付けているのだから開く筈もなかった。
ガタガタと揺れるドアを強く押さえながら、吉良さんのコートのポケットをまさぐる。あった。胸ポケットに刺さっていたボールペンを取り出し、ドアと壁の隙間に垂直になる様宛がった。やったことがないのでうまくいくか分からないが、一か八か。妖精に視線をやると、其れは私の手元に飛んで来て、エメラルドの星でボールペンを何度かつついた。するとボールペンはぐにゃりと歪み、次第に形を変え、銀色の鍵へと形を変えた。学校のトイレによくあるような、スライド式の其れ。中からはどう頑張っても開けないだろう。
うまくいった。私は安堵の溜め息を吐いた。人を変身させたことはあっても、ものを変形させたことはなかったのだ。此れで暫く、ジョニィは部屋から出られないだろう。恐る恐るドアから身を離し、家から脱出するべく階段を駆け下りた。ドアを叩く音が響いていたが、すぐに止んだ。諦めたのだろうか。
玄関へ向かい、並んでいた男物の靴へ適当に足を突っ込む。どれが誰のものだか分からないが、勝手に履いて出ても恐らく怒りはしないだろう。一歩踏み出した、その時。

「あれ、ジョニィ、どこ行くんだい?」

リビングへ続く扉から顔を出したのは、ジョナサンだった。紺色のエプロンを着けているから夕飯の支度をしていたのだろう。不思議そうに首を傾げるジョナサンの後ろから、更に承太郎が顔を出した。

「名前の部屋に行ってたんじゃねえのか」
「…あ、ああ、いや、ちょっと」
「あれ、そのコート…確か」

右腕に抱いていたコートを見て、ジョナサンが眉を上げた。吉良さんに借りて帰った以降クローゼットから出してないが、覚えているのだろうか。何とか取り繕わねば、そう思い、代わりに返してくれと頼まれたと言った。するとジョナサンはああ、と困った様な顔を見せ、承太郎は眉間に皺を寄せた。

「そうだね、借りたものは返さなくちゃいけないからね…名前に行かせる訳にはいかないし」
「わざわざ返しに行くのか。着払いで送れ」
「彼等からとは言え、借りたのはこっちだからなあ」

承太郎の言葉にジョナサンは苦笑いを浮かべる。名前は何をしてるんだと聞かれたので咄嗟に仮眠を取っていると答えた。部屋に誰かが行ってしまっては困る。すると期待通りにジョナサンが「夕飯ができるまでは寝かせてあげようか」と言った。私は其れに頷き、いってくる、と二人に背を向けた。少し用事があるから遅くなるとも伝えた。承太郎の短い返事とジョナサンのいってらっしゃい、が返ってくる。一人で玄関を出るのは久し振りだった。


*


家を出て直ぐに吉良さんに電話を掛けた。吉良さんは詳しいことは後程聞く、取り敢えず迎えに行く、とすぐ近くの公園を待ち合わせに指定した。電話越しに何の説明もしなかった為最初に落ち合った時は怪訝そうな顔をされたが、コートを差し出して説明をすると納得してもらえた。
「内ポケットが要るんだ。他のコートにはなくてね」手渡したコートを大事そうに抱えて吉良さんは言った。吉良さんにとって内ポケットにそんな重要性があるのか、少し不思議だったけれど、そのことよりボールペンを勝手に使ってしまったことを伝えねばと思い謝った。特に気にしないとのことだった。

「ところで、これからどうするんだ」
「…これから」
「帰っても非難轟々だろうな」

自販機で買ってくれたコーヒーを手渡しながら、吉良さんはそう言った。私は曖昧な笑みを浮かべて目を逸らす。あの時は逃げることに必死だったのだ、後先のことを考える余裕なんてなかった。帰ればまずはジョニィに詰られるだろう。承太郎には騙して出掛けたことを怒鳴られるだろう。スタンドのことも説明しなくちゃならない筈だ。その経緯も。気が滅入る。自然と溜め息が漏れた。「取り敢えず、うちに来るといい」吉良さんが私の返事も聞かず歩き出す。またあそこへ行くのか。それもそれで気が滅入るが、少し先で此方を振り返る吉良さんに嫌だとは言えない。また小さく息を吐き、一歩踏み出した。


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