さっきは足が動かなかった。硬直して、棒の様だった。今は違う。震えている。今にも腰が抜けそうなのを、必死に堪えている。プッチが宥める様な手付きで私の背中を撫でるけど、何の意味も無かった。
"暴力"には慣れているつもりだった。それは承太郎が他校の生徒と起こす揉め事を目の当たりにしているお陰であったり、はたまた自らが受けるジョニィからの精神的なものであったり。稀にクラスで喧嘩が起こると悲鳴を上げる女生徒がいたが、例え机が吹っ飛び血が流れても、私は怖いとは、ちっとも、思わなかったのだ。それが今は血の気が引いて、悲鳴すら出せずにいる。

「成長していないな」

ディオが蔑みの色を隠しもせず笑った。私の肩を抱いていた筈の花京院は数メートル先に伏している。彼の緑色の学生服には黒みを帯びた赤い染みが幾つもあって、とても、とても現実的ではない。まるで質の悪いスプラッタ映画だ。
花京院は腕をついて顔を上げた。花京院の身体中が悲鳴を上げているのだろう、彼の動作はひとつひとつがスローモーションの様に感じる。血と砂埃に塗れた顔はディオを憎々しげに睨み付ける。「彼女を、離せ」嗚呼何ということだろう。花京院は私の所為で。
ディオは何も言わなかった。言葉の代わりと言わんばかりにディオの背後に黄色い人型が現れる。先程花京院に拳を振るったそれは、またゆっくりと彼に近付いていく。私はディオを見た。そしてその目の色に恐怖する。紅色の瞳が湛えているのは只の"暴力"じゃないと感じたからだ。駄目だ。止めなくては。

「…や、や…やめて」

絞り出した声は自分が思っている以上に震えていた。それでもディオの気を引くには十分だったようで、スタンドはぴたりと足を止めた。あの瞳が私に向けられる。花京院もプッチも私を見た。6つの視線が私に突き刺さる。

「これ以上…花京院に何かしたら、もう、ついてかない」

私の視線はいつの間にか地面に向いていた。ディオに向き合ってはっきり言い切れる程、私に度胸は無かった。言うことを聞くからもう止めて、じゃなく、こういう言い回しをするのが私の精一杯だった。然しそもそもディオからすれば私の意見なんて関係無いだろう。花京院を再起不能にして、私を無理矢理連れ去ればいいだけの話なのだ。この細やかな抵抗は無駄だったかも知れない。それでも、言うしか無かった。私を探して来た挙句こんなことになってしまった花京院を、黙って見ている訳にはいかなかった。
背中を撫でていたプッチの手が止まり、そっと離れていく。

「ご立派じゃあないか」

ディオが言った。顔を上げると、愉しげに目を細めたディオと視線がかち合う。いつの間にかスタンドは消えていて、花京院が掠れた声で叫んだ。やめてくれ。名前。
私に向かって差し出されたディオの手は、透き通るのでは無いかと錯覚する程青白い。恐る恐る右手を乗せると、何時かの様に、恭しく唇を寄せられた。

「そんなに怯えるな、私とお前は友人だろう?」


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