花京院を残したまま、私はディオとプッチに連れられ荒木荘へと戻ってきた。ちゃぶ台を囲んでいた吉良さんとカーズ、ディアボロ、ドッピオくんが一斉に私を見る。居心地が悪い。その視線から逃げる様にディオを見上げると、ディオは私を一瞥した後隣の部屋へと促した。そそくさと敷居を跨ぐ。ミシリ、畳を踏む音がする。静かに襖を閉めると、皆が声を抑えて話し出すのが聞こえた。私に聞こえないように、何を話しているんだろう。
私が矢に刺された日に寝込んでいたこの部屋は、タンスと押入れがひとつあるだけで何も無い。何と無く居心地が悪くて、襖から一番奥の隅に腰を下ろした。
ぼんやりと宙を眺めながら、花京院のことを考える。無事だろうか。ディオに連れられるまま放って来たけれど、救急車のひとつ呼ぶべきだったかも知れない。今なら誰も見ていないし、こっそり呼んでしまおうか、とスマートフォンに手を伸ばしたところで電源を切りっぱなしだったのを思い出した。今スマートフォンを起動させれば無数の着信履歴とメッセージを見ることになる。履歴どころか着信が鳴り響くかも知れない。それで私が助けを求めて、兄達が助けに来て、花京院のように?体が僅かに震えた。ジョニィもスタンドの存在を知っていたし、恐らく兄達はスタンドを使える。然しスタンドを携えた花京院はディオに滅多打ちにされた。兄達だって同じ目に合わないとは、限らない。そう思うと助けなんてとても呼べない。
私はこれからどうするのだろうか。どうなるんだろうか。プッチの話を、ひとつひとつ思い返そう。そう決めた時、襖が静かに開いた。ゆっくりと顔を覗かせたのは、ドッピオくんだった。お盆にマグカップをひとつ載せて、心配そうに私を見詰めている。そして何度か目線を彷徨わせて、迷うような仕草を見せた後、またゆっくりとした動作で此方へ歩み寄り、目の前にそっと座り込んだ。
「ホットミルクです。とびきり甘い、僕のお気に入り」
差し出された薄いピンク色をしたマグカップからは仄かに湯気が立っていた。お礼を言って受け取ると、ドッピオくんは何処か安心したように微笑んだ。
「あの、全部、聞いたんですよね」
「…、うん」
「また来てくれて嬉しいです。今度こそ、もう会えないかと思ってたから」
どう返すのが正解か分からなかった。プッチの話を聞いた今、ドッピオくんの言葉を素直に受け取ることが出来なかった。また来てくれて嬉しいのは、ジョースターへの復讐の為、私が必要だからなのだろうか。
彼と向き合うことが出来ない。ホットミルクをじっと見詰めていると、視界の端でドッピオくんが胸に抱えていたお盆を静かに畳へ置いた。そして何か言いたげに口をぱくぱくと開閉させ、真一文字に結び、開いた。
「僕とボスは、ジョルノ・ジョバァーナとその仲間に殺されちゃったんです」
思わず彼を見た。笑っているか困っているか、何時もその何方かだった彼の顔に、表情は無い。
ジョバァーナという姓に聞き覚えはないけれど、私の周りにジョルノは1人しかいない。困惑する私に構わず、ドッピオくんは続ける。
「分かりますか?僕、ボスの仇を取りたいんです。ボスは何も言わないけれど、ここにいるってことは…そういうことだから」
「…待って、ジョルノはまだあんなに小さいのに」
「僕、名前さんのことはどちらかと言うと好きです。僕、ボスとここの人達しか知らないから、お姉さんみたいで、でも」
僕はボスが大事なんです。その最後の一言に被って襖の開く音がした。ディエゴだった。私に一度視線をやり、ドッピオくんに手招きをする。ドッピオくんはお盆を掴み、反対の手で私の髪をそうっと撫ぜた。頑張りましょうね。そう一言言い残して私の視界から消えた。
彼の代わりにディエゴが部屋へ入って来た。只私の近くへは寄らず、反対側の壁に背中を預けて此方を見た。暫くお互い口を閉じたままだった。何も喋れる気がしなかった。あの幼い可愛い私の弟が、ディアボロとドッピオくんを?とても信じ難い話ではある。然しドッピオくんがそんな馬鹿げた嘘を吐くとは思えないし、そもそも嘘を吐いている様子じゃあ無かった。頭が重い。膝を立てて顔を埋めた。
「…ジョニィは性格はアレだが顔がイイだろう。女にモテる」
暫くして、先に静寂を破ったのはディエゴだった。持ち上がらない頭で、今私が一番聞きたくない名前だろうなあと、他人事のように思った。私の心中など知る由も無いディエゴは続ける。「1人も相手にしなかった、どんな美人も」ジョニィの色恋沙汰など聞いたことは無いが、そもそも興味も無い。しかし態々止めるのも気が引けた。声を出す気にもならない。黙って耳を傾ける。「だが一度だけ、恋人を作った…何の特徴の無い、平々凡々な女だった。長続きするとは思えなかったな。案の定すぐ別れた。甚だ疑問だったが」其処で彼の声は止まった。再び私とディエゴの間に沈黙が訪れる。
続きを待ったが、一向に始まらない。間を作り、返事を促しているのだろうか。僅かに顔を上げると、バチリと音がしそうな程、視線がかち合った。その視線は私の体を一周した。舐め回す様な、品定めの様な其れに私は何故か悪い予感がした。内腿にジョニィの体温が蘇る。思わず掻き毟った。
「お前に似てたんだな」
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