一度も恋人を作ったことがない。それなのに私に似ている人とは親密になった。加えてあの日のジョニィの行動。まさか、と、とんでもない予感が脳味噌の端に湧いて出る。そんな馬鹿な。有り得ない。有り得ないのに、冗談だろうと笑い飛ばせないのは、ディエゴがあんな、含みを持たせた言い方をした所為だ。何とも言えないものが込み上げて、思わず胸元を押さえた。
きつく目を瞑った。私を蔑む目を思い出し、何とかしてこのとんでもない"悪い"予感を追い出してしまわねば。
そうして押し黙ったままの私に何を思ったのかは知らないが、ディエゴはそれ以上何も言うことはなかった。静かに襖の引かれる音がして、それから直ぐに玄関が開いて閉まる音もしたので、もしかしたら出掛けていったのかも知れない。こんな深夜に何処へ、と思ったけれど、ディオにそっくりな彼のことだ。ディオと同じ様に彼方此方にいい人がいるのだろう。
再び私一人になった。畳の上に置いていたマグカップを手に取る。湯気の消えたホットミルクを少しだけ喉に流し込んだ。
少しの間、ぼうっと宙を眺めた。そして家族のことを思い浮かべた。多忙ながら愛を注いでくれる両親。その両親に代わって面倒を見てくれるジョナサンと、自由気ままなジョセフ。意外と世話焼きな承太郎、友達みたいな仗助、おませな徐倫にまだ小さなジョルノ。それから、ジョニィ。
私は一体どうしたいのだろうか。此処までずっと周りに流されっぱなしでいる。確かに兄弟達に対する劣等感は本物だが、ディオが言うような憎しみかと問われれば、恐らく違う。きっと今私が一番抱いているのは不信感だ。何も話してくれなかったことに対する。ディオに出会わなければ私は一生スタンドの存在や兄弟達の因縁を知らずに過ごしたのだろう。知らずにいても問題は無かったのかもしれない。けれど知ってしまった今、何故隠していたのか問い詰めたくて堪らない。
やはり花京院についていくべきだったのだろう。そして怒られる前に聞けば良かった。全てを兄の方から聞き出せば良かった。…否、聞き出せば良いのだ。此処の住人との関係も、ディオの星も。そうだ、全て全て、家族の口から聞こう。そして、自分で決めよう。覚悟をしなければ。
スマートフォンを手に取り、電源を入れた。起動する画面をじっと見詰めながら、部屋に誰も入ってこないことを祈る。ホーム画面が表示されてすぐ、着信履歴からジョナサンへコールした。ワンコール、ツーコール。スリーコールの途中で、待機音が途切れた。
『名前か!?今どこにいるんだ!』
ジョナサンの怒鳴り声を聞くのは久方振りだった。恐ろしくて手が震える。駄目だ。怖がっていては駄目だ。スマートフォンを握り締め、口を開いた。
「荒木荘にいる」
『すぐに行く、何もされてないんだね?詳しい話は後で聞くから』
「今、話を、して」
手の震えは止められたが、声までは誤魔化せなかった。ジョナサンは言葉に詰まった様で、ひとつ間を置いた後、静かに聞いてきた。
『脅されてるの?誰か側にいる?』
「違う…違う、なんで、私だけ、何も、知らなかったの」
息を飲む音がした。直ぐに返事が返ってこない。それが何故か無性に悲しくて、腹立たしくて、視界が徐々に滲んでいく。私だけ何も知らずに、馬鹿みたいじゃあないか。強気に出るつもりだったのに、嗚咽混じりの声になってしまった。私は弱い。先刻の教会の時も、今も、私は肝心なところで怯えてしまうのだ。
また間が空いて、名前、と呼び掛けられる。
『隠していたつもりじゃあないんだ。言う必要がないと思ってた。もう済んだことだから』
「…済んだことって」
『今は話すべきだったと思ってる、名前を危ない目に合わせているんだから』
「…、うん…」
『でも、皆名前を愛しているからこそ、恐ろしい話を聞かせたくなかったんだ。それは分かって欲しい』
穏やかな声だった。不意に涙が溢れた。何度も何度も頷いた。ジョナサンは詳しいことは後で話そう、直ぐに行くよ、と通話を締め括り、待機音を聞きながら私は静かに泣いた。安心からくるものなのか、そうじゃないのか分からない。自分でも分からないまま、ひたすらに泣いた。来たら酷い目に合うかもしれないのに、来ないでくれと言えなかった。花京院が頭をちらついて指先が冷えた。
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