※ifエンド




私は結局兄弟達の元へ戻ってきた。DIOを始めとする荒木荘の面々は皆散っていった。兄達の前に文字通り"散った"人もいれば、二度とあいまみえることのないよう遠くへ行った人もいる。私の恐ろしく奇妙な数週間は、兄達の手により終わりを迎えたのだった。
毎朝ジョナサンの作った朝食を食べ、ジョルノや徐倫に挨拶のキスをして、寝ぼけ眼のジョセフに見送られながら承太郎や仗助と家を出る。以前まで平々凡々だったこのルーティンが、何にも代え難い幸せだったのだと、今更気付けた。失くしてから気付く、なんて月並みな表現ではあるが、正しくその通りだ。然し何より喜ばしいのは、ジョニィとの関係が良い方向に向かっていること。あの数週間以降、以前のようにチクチクとした嫌味も、厭な視線も無くなった。荒木荘との一件かはたまた別の何かがあったのか、何が切っ掛けか定かでは無いが、兎に角もうジョニィに怯えることはないのだ。少し素っ気なさはあるが、普通に挨拶をし、徐々に会話も増えてきている。昔の私なら家にいることが増えたジョニィに竦み上がっていただろうが、今は何とも無い。平和で、愛すべき日々が続いている。

今日も1日を終え、ベッドの上で寛いでいた時。部屋のドアがノックされた。入室時にきちんとノックをするのはジョナサンと仗助とジョルノ。そして其処から私の返事を待ってくれるのは、ジョナサンとジョルノのみ。現在の時刻は22:35。もう夜も遅い、ジョルノはもう寝付いているだろう。どうぞ、と声を掛けると入ってきたのはやはりジョナサンだった。

「ごめんね、寝るところだったかな?」
「ううん。どうしたの、珍しいね」

ジョナサンが夜更けに部屋を訪ねてくることはあまり無い。ジョルノや徐倫を寝かしつけたり、偶に酔って帰宅するジョセフの介抱の為リビングでコーヒーを飲んでいることが多いのだ。
寝転んだままの私を咎めたりはせず、ジョナサンはベッドの縁にそっと腰を下ろす。体格の良い兄達が乗っても大丈夫なように特注の筈のベッドが、少し軋んだ。

「…名前にとってはもう思い出したくないことかもしれないけど、話していいかな?」

そう言ったジョナサンがあまりにも神妙な顔をしているから、私はなるべく静かに体を起こした。壁に背中を預け、ジョナサンの後頭部を見つめながら返事をする。いいよ。私にとって思い出したくないこと、なんて、考えるまでもない。荒木荘の件に決まってる。今更何か掘り返すことがあるのだろうか?ジョナサンは私の了承を聞いた後、僅かに振り返って此方を見た。それから口を開いた。

「名前にとっても、僕達にとっても…ディオ達とのことは恐ろしい事件だった」
「…、うん」
「名前を失うかと思った。皆そう思った…そして、もう2度とあんな思いはしたくないとも。でも、そもそもの発端は僕達にもあるのかもしれないって気付いたんだ」

そこまで話したところで、部屋のドアがゆっくりと開いた。入ってきたのは、頭にタオルを被ったジョニィだった。お風呂上がりらしい、まだ髪も湿っているし頬が上気しているように見える。「ジョニィ」ジョナサンが呼ぶと、ジョニィはタオルを取って此方へ歩み寄ってきた。ジョナサンと拳ひとつ分ほど離れたところに腰を下ろすと、またタオルを被ってガシガシと髪を乾かし始めた。タオルが吸いきれない水分が飛んで、シーツに水滴を作る。ジョナサンが顔をしかめたのが、私の位置からでも見えた。「ジョニィ、ちゃんと乾かしてから来るように言ったじゃないか」「気にしないよ。なあ」ジョニィが私を見た。頷くとジョニィはまた水滴を飛ばし、ジョナサンは呆れたように溜め息を吐いて、それから話の続きを始めた。きっと、ジョニィは予めジョナサンが呼んでいたのだろう。

「大事に、大事にしてるつもりだった。でも伝わってなかったんだろう?だから名前は、ディオに誑かされた。僕達がもっとしっかりしてれば、あれは起こらなかったことなんだ…名前を危険に晒したことを、僕達は一生忘れない」

黙って聞いていた。何を言ったらいいのか分からなかったし、ジョナサンの様子から口を挟むべきじゃあないと察したから。思い詰めたような、でもどこか吹っ切れたような。
確かに恐ろしい思いはしたけれど、私はこうして今無事に帰ってきて、生きている。兄達のお陰で。それに、ジョナサンが言ったように、出来ればもう思い出したくない。忘れてしまいたいのだ。気にしなくていいよ、と、口を開いた時にジョニィがまた振り返った。「髪を」そう言ってタオルを差し出してくる。空気を読めないのか、敢えて読まないのか…私も少し呆れたが、素直にタオルを受け取った。

「もう2度と、あんな思いはしないし、させない」

受け取った筈のタオルは軽い音を立ててシーツの上へ落ちた。タオルを差し出していたジョニィの手は私の手首を掴んでいる。「ジョニィ?」私が呼びかけると、ジョニィは身を捩り、ベッドの上へ乗り出した。ぐっと縮まる距離に、私は条件反射で身を引く。その瞬間ジョナサンに肩を引かれ、そのまま流れるような動作で、私の体は再びベッドに横たわった。手首を捉えたままのジョニィがそっと私を覗き込む。その顔に表情は無い。困惑する私を他所に、ジョニィの膝が私の足の間に静かに降ろされた。何かおかしい。
これじゃあまるで、ジョニィが私に覆い被さっているみたい。
薄れかけていた恐怖が、くっきりと形を持って頭の中を駆け巡った。もうとっくに萎れていた筈の彼への感情がふつふつと湧きあがろうとしている。いけない。首を捻ってジョナサンを見る。そして固まった。ジョナサンは驚く程穏やかな顔で、私を見下ろしていたのだ。

「分かって欲しいんだ。僕達がどんなに名前を大切に思っているか。これまでも、これからもずっと、僕達家族が1番大切に思うのはお互いで、名前もそうじゃあないかな」

ジョナサンは、手の甲で私の頬を撫ぜる。優しく、慈しむように、そっと滑らせる。手首を拘束していたジョニィの指が、掌を伝って私の指と絡まる。ジョニィが私の上で息を吐いた。
私はもう、何も知らない生娘じゃない。状況を把握できない程馬鹿でもない。熱の篭る次兄の瞳を見なくたって、これから何が起こるのかは分かってしまう。信じ難い状況に、私の口からは笑いが漏れる。

家族じゃあない。
だって、家族の愛し方じゃあない、こんなの。
みるみる滲んでいく視界の中で、ジョニィが私の目元をそっと撫ぜる。「愛してるよ」愚かだな。記憶の隅で、ディオが嘲るように笑った。


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