我がジョースター家にはもうひとり兄がいる。ジョナサンの双子の弟、ジョニィである。彼はいたく乗馬が好きで、自宅に住むより自分の好きな時に好きなだけ馬と戯れることができる環境を望んだ。自分達とも兄弟達とも離れて暮らすことになるのを両親は良く思わなかったようだが、彼は一度言い出すと聞かない男であった。ジョナサンがおおらかで気遣いができるのに比べ、ジョニィは良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば我が強かった。そんな彼を説得することなどできず、両親は自分達の出張が一番多い国に彼を住まわせた。広い土地と彼が望んだ馬と共に。全く甘い人達であるが、私はジョニィが家を出ると知ったとき、人知れずほうと息を吐いた。安堵の溜め息であった。彼は元々態度や口調で嫌な人間だと勘違いされがちだったが、私には間違いなく嫌な兄であった。星を持たない私に、彼は冷たかった。冷ややかに笑いながら「うちの子じゃないんじゃない?」と言い放たれた時、幼かった私が泣き出さなかったのは我ながら偉かったと思う。私が自分を卑下するのは少からず彼の影響もあると確信している。勿論彼が優しかろうとも同じだっただろうが。
何故突然この兄のことを思い出したかと言うと、風呂あがりに見たカレンダーのせいである。ジョナサンがつけたであろう真っ赤な丸は、明日の日付を囲っている。それで私は息を飲む。すっかり忘れていた。明日は第3日曜日、月に一度、ジョニィが帰省する日であった。
*
普段なら何かと予定を作って家を空けていたのに、何故忘れていたのだろうか。ジョナサンお手製の色とりどりの料理を並べながらひっそり溜め息を吐く。久しぶりに兄弟全員が揃うことに喜びを隠しきれていないジョナサンは、私がジョニィにどんな扱いを受けているか全く知らない。ジョナサンだけではない、兄弟皆、ジョニィはああ見えて家族想いの良い奴だと思っている。私を抜きにすればその通りなのだろう。頭の良い彼は誰にも気付かれないところで私の心を引っ掻くのだ。
折角名前がいるのだから、とジョナサンが嬉々として用意したチーズフォンデュは広いテーブルの中央を陣取っている。普段は滅多に食べない私の大好物であるが、気分は依然晴れない。小皿を並べながらこれからの1日を憂いた時、ワンピースの裾が控えめに引かれた。徐倫だった。
「どうしたの?お手伝いはいいよ、危ないから」
「ううん、名前、かなしそう」
真ん丸なエメラルドが私を見上げていた。悲しそう、と言う割には徐倫の方が泣きそうな顔をしている。数日前の仗助の言葉が頭を過って、はたと、どうしようもなく自分が情けなくなった。幼い妹に顔色を伺うような真似をさせているのだ、私は。「おてつだいつかれちゃった?私がやるよ」背伸びしてこちらに手を伸ばす徐倫を抱き上げた。大きな目がぱちくりと瞬く。大丈夫、とごめんね、の意味を込めてまだふくふくと柔らかな頬にキスを送ると、彼女は少し驚いた後嬉しそうにはにかんだ。その笑顔でようやく私も頬が緩んだのだが。
「あれ、名前がいるじゃないか。久しぶりだなあ」
「ジョニィ!」
固まる私をよそに、徐倫は歓喜の声を上げ私の背後に両腕を伸ばした。「ジョニィは疲れてるからね、抱っこは後で」ジョナサンがそう言いながら徐倫を私の腕から拐う。すぐに背後から腰へと腕が回された。そのまま後ろにぐいと引かれる。その引力に逆らわず、逆らえずに私は彼の腕に収まった。肩に顎が乗せられるのが分かる。ジョナサンはそんな私と彼の様子を見て微笑ましいと言わんばかりに目を細め、リビングにいる兄弟達を呼びにダイニングを出た。早くも二人になってしまったこの状況を打破する勇気が私には、ない。
「何時もいなかったのに、珍しいね」
「…別に」
「久しぶりに会った兄さんに何か言うことないの?」
「…お久しぶりです」
「他人行儀だな、血を分けた兄弟だよ?似てなくても」
最後の一言を強調する彼がどんな顔をしているか、見なくても頭の中にありありと浮かんだ。兄弟達によく似た整った顔を愉悦に歪ませ、私を見下しているのだ。
実を言うと、心のどこかで、別の展開を期待していた。彼ももういい大人であるのだから、いくつか歳の離れた妹をいびるような真似はやめるのじゃあないか。もしやめないにしても、私も昔の様にただ投げ付けられる言葉を抱え込む小さな名前ではない。文句のひとつやふたつ返せるだろう。そう思っていた。
実際は期待に添えることなどひとつもなかった。彼は相変わらず私を虐げるし、私はそれに体を震わせる幼い名前であった。彼を恐怖する私は未だ成長せず、私の中で彼を仰いでいる。そのことに愕然とした。
しかし彼はそれを喜んでいる様だった。目を合わせない私を鼻で笑って、それから首筋に顔を埋めた。びくりと揺れる私の体をきつく抱え込んで、昔と同じ言葉を吐く。
「星が見えないね」
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