私は折角の大好物を胃に収めることもなく自室に閉じ籠っていた。時刻は夕方、窓の外は赤らみ始めている。白いシーツに顔を埋めた。
あの後ジョニィは兄弟達とにこやかに食事をし、話に花を咲かせていた。結構なことではあるが、その間、彼は一度として私を側から離さなかった。「久しぶりに可愛い妹に会ったんだ、離れたくない」心にもない言葉がよく言えたものだなと叫びたくなったが、仲が良いのはいいことだと喜ぶ兄弟達を前に空気の読めない真似はできなかった。お天気な人達だと噛み締めた唇が少し痛む。そっと指先でなぞった。
ジョニィの目を盗みジョナサンに体調不良を訴え部屋に戻ったのは良いが、何時ジョニィが"妹を心配する優しい兄"の顔をして侵入してくるか分からない。いっそ兄弟の誰かを呼んでおくべきだったのかも知れないが、私以外の皆はジョニィとの月に一度しかないこの日を楽しみにしているのだ。私なんかが邪魔をするのは野暮なことである。
どこかへ出掛けてしまおうと思ったが、一人でその辺をぶらつくのは避けたかった。学校ならまだしも、外での単独行動は少し苦手なのだ。ならばと少ない友人達を思い浮かべても、これという人は見当たらない。そもそもこの中途半端な時間から急に呼び出してもよいものか…困り果ててふとデスクに顔を向けた時、放置していた小さなメモが目に入った。
金色が脳裏を掠めた。全くそんな気はなかったのに、今は連絡してみようかと思うのは、私がそれ程弱っているということなのだろうか。
ええい、重い体を起こしてメモに手を伸ばした。スマートフォンを起動させる。駄目で元々、断られたら大人しく寝ていよう。


*


結果、彼は快く来てくれた。待ち合わせは初めて会った喫茶店。先に到着していた彼に突然申し訳ないと頭を下げると、それよりすぐ連絡をくれなかったことが悲しかったと笑われた。しかしそこに責める様な色は浮かんでいなかったので、私も笑ってまた謝罪の言葉を伝えた。
テラスの隅のテーブルに腰を下ろし、彼はローズヒップティー、私はココアとモンブラン。思い思いのものを注文してから一息吐くと、ディオは頬杖をついて私を見詰めた。

「…で、何か話したいことがあるんじゃあないのか?」
「え」
「女性が急に男を呼び出すときは、愛の告白か、愚痴を溢して鬱憤を晴らしたい時だと相場が決まっている」
「そうなんですか?」
「ああ…前者だと嬉しいんだが、ジョジョに叱られそうだ。私が無事でいられる方でお願いするよ」

冗談めいた声色で言われ、私は小さく笑った。それからディオの気遣いに感謝すると同時に、やはり色男は女の扱いに長けているのだと確信した。
ぽつりぽつりと話し出す私の声に彼は耳を傾けてくれた。何故今日突然呼び出したのか、最初はそれだけを話すつもりだった。しかし彼は心を探るのにも長けていた。優しい声と甘い言葉で私の奥に隠していたものをずるずると引き摺り出すのだ。大小様々な不満を溢す内に、最終的に私は兄弟達にコンプレックスを抱いていることまで暴露してしまった。まだただの知り合いの範疇である彼に話すようなことではなかったが、彼はこんなどろついた私の心を最後まで静かに受け止めてくれた。それが泣き出しそうな程に嬉しかった。手を握りよく頑張ったな、と慰めてくれる彼が見た目の美しさも相まって救世主の様にも見えた。
太陽が沈んでも、彼の髪は金糸の如く輝いていた。ずっと見ていたいと思った。出来れば、もっと近くで。
彼が指先で私の手の甲をなぞる。「…帰りたくないんだろう?」私の頭は何故か惚けている。ディオが楽しげに目を細めている。彼の瞳は紅色だっただろうか…?


*


彼が私を連れ込んだのは高層マンションの一室だった。家具や置いてある小物から彼の自宅ではなく女性のそれであることは分かるが、主らしき人物はいない。しかし彼は我が物顔で部屋のドアを開け、ベッドへと私を縫い付けた。先刻の彼からは想像できない程乱暴な手付きであったが、それを気にする余裕は私にはなかった。
頭に靄が掛かっている様だ。兄達に隠れてひっそりと酒を飲んだときの感覚と似ている。

「似ていないとは言え、ジョースターの血筋を弄ぶのは心地が良い」
「ディ…オ」
「ンッンー、可愛い妹の純潔をこのDIOが散らしたと知れば、奴等はどんな顔をするだろうなァ?」

私を見下す深紅の瞳は嗜虐の喜びに満ちていた。私を嫌う兄のそれとどこか似通っているが、何故か不快ではなかった。彼の指先が頬をなぞるのが酷く官能的に感じられる。彼が私の耳元に唇を寄せて囁く。私を慰めていた時の様な優しさはなくなったが、依然として甘ったるい声が鼓膜を揺すった。

「どうだ、奴等を憎む同士、仲良くしようじゃないか。友達になろう」
「とも、だち」
「あァ…ともだち、だ」

冷たくぬめったものが首筋を這う。ワンピースの下から音もなく大きな掌が侵入してくるのを感じる。心の隙間に入り込むようなディオの声は私の最後の理性を引っ掻き回し握り潰してゆく。
言葉の節々から察するに、恐らく彼が求めているのは、彼が蹂躙したいのは私の体ではない。ジョースターの血筋だ。何故なのかはさっぱり分からない。それでも良いとすがりつく私を彼は鼻で笑った。

「愚かだな」

その日、私は少女をやめた。


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