瞼も体も重い。ぼんやりした頭でシーツに沈んでしまうのではと錯覚したが、頭上から小さな欠伸が聞こえ意識は急速に引き上げられる。体を勢いよく起こすと、下半身が痛んだ。腰と、それから、とても口に出せないようなところが。
ジクジクとした痛みが昨夜の記憶を駆け足で伝えてくれる。輝く金糸、冷たい掌、紅色、笑い声。私は昨日、ディオと。頭がカッと熱くなるのと同時に心臓が冷える感覚がした。お互いを想い合う恋人でもない男に、私は行きずりの様な形で処女を捧げてしまった。しかも兄の友人ときた。とんでもないことをしてしまった気分だ。これならば家に籠って一人で震えていた方がまだましだったかも知れない。一糸纏わぬ自分の肩を抱く。
はたと、暗い視界の端に逞しい腕が映っていることに気付く。ディオだった。背中を枕に預け、手にある文庫本を読み耽っているのか、私には目もくれない。それなりに近い距離にいるが、まるで彼にはわたしの存在が見えていない様であった。
彼も私と同じ様に何も纏わない姿で、下腹部から下はシーツが掛けられている。そのシーツの中には私もいるのだが、…。思わず彼と距離を取った。それ程広くないベッドの上、シーツを引き寄せて体を隠しながら。すると彼は目を向けていたそれを閉じ、ようやく私の存在を認識した。此方を見やる瞳は金色。

「何度も貴様の貧相な体を抱こうとは思わん」
「な」
「ジョジョから何やら連絡がきていたが」

開口一番とんでもない侮辱であった。昨日までの紳士的なディオはどこにもおらず、彼は顎で少し離れた場所にあるローテーブルを指した。そこに置かれた私のスマートフォンは着信を知らせるべく点滅を繰り返していた。
何故彼はこんなに人が違った様なのか、何故普通にしていられるのか。私からしてみれば処女を失った一夜であったが、彼にしてみれば何でもないことだったのだろうか。頭に巡る事柄は山程あったが、私の頭はまずあの光る電子機器を優先させた。シーツを体に巻いてもいいか、と聞くと彼は「好きにしろ。貴様の貧相な体など見はしないが」と答えた。早くも本日2度目の侮辱である。言い返す言葉も見当たらないのでそそくさと体を隠した。大きなシーツは裾を引き摺り歩きにくい。踏んで転けてしまわないようにゆっくりと床に足をつけた。
電気を付けていない上、遮光性なのか朝日を全く取り込まないカーテンのせいで部屋の中は暗い。何処にあるか分からないスイッチを探すより窓から光を入れる方が早いと判断し、カーテンに手を伸ばしたが、ディオの声がそれを制した。

「開くな。日光が入る、当たってしまうだろう」
「…、太陽アレルギーとかですか?」

そういえば初対面の時はとっくに陽は沈んでいたし、昨晩もほぼ太陽は隠れていた。彼の肌は青白いとも思える程であるし、もしかしたらと思い口にした。すると彼は片眉を上げた後、鼻で私を笑った。「本当に何も聞かされていないのだな」まあ知っていればこうはなってないだろうが、と、嘲る様な声色を隠しもしない彼は手元の文庫本に視線を戻した。私はと言えば彼の言わんとすることが理解できず、行き場を失った手を引っ込めた。
仕方無く暗い室内を恐る恐る歩き、目的のものを手に取った。着信が12件とメッセージが二件。着信は兄達から、特にジョナサンが多い。メッセージは同じくジョナサンと、友人からだった。
昨夜家を出る前に友人の家へ泊まると伝えた筈だが、何かあったのだろうか。首を傾げながらまずは友人からのメッセージを開いた。普段より長めなそれに目を通して、少し目眩を覚える。要約すると、承太郎から私のことを聞かれ、知らないと答えたそうだ。男といるのであれば気が利かず悪かったとの文面もある。
友人の少ない私にとって、泊まりで過ごすような人物は彼女しかいない。承太郎もそれをよく分かっているからこそ彼女に連絡を寄越し、兄達に伝え、結果この着信数なのだろう。わざわざ友人に連絡してまで確認しようとするなんて、過保護が過ぎるんじゃあないだろうか。そろそろ鬱陶しく思ってもいい気がする。
憂鬱を感じながらジョナサンのメッセージを開いた。書いてあることは大体予想通りで、どこにいるのか、誰といるのか、心配で仕方無い、見たらすぐに連絡してくれ。眉を下げた彼の顔が鮮明に浮かんだ。
心配を掛けていることに心が痛んだが、同時に家へ帰ることへの恐怖も感じた。兄達の元へ戻ればこの一晩のことを根掘り葉掘り聞かれるだろう。無駄に鋭い彼等のことだからきっと嘘は通用しない。私は否応無しに話さなければならなくなるのだ、この、ディオとの一晩を。それだけは避けたい。しかし時刻は月曜日の午前7時過ぎ。学校に行かなければならないし、そのためには家に戻って制服とスクールバッグを取ってくる必要がある。困った。非常に。スマートフォンを握り締め頭を抱えていた時。静寂を保っていた室内に軽快なチャイム音が鳴り響いた。


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