「DIO、このお嬢さんで間違いないかな?」
「そうだ…私は眠る、任せたぞ」
「ああ、おやすみ」
スマートフォンを握り締めぽかんと口を開く私の前には、神父風の服を着た男がいる。肌の色からして黒人の方だろうか、彼はディオと簡単な挨拶をした後私に視線をやった。そして顎に手をやりふむ、と呟く。「年頃の女の子がそんな格好じゃあいけないよ」優しく諭すような声色だった。「クローゼットから何か拝借しよう」そう言って彼もディオと同じ様に勝手知ったると言わんばかりに部屋の中を歩いていく。
ーチャイムが鳴ったあの後、私やディオが玄関に向かわずともドアが開く音がした。昨夜鍵を閉めていなかったらしい。家の主だろうか、そうであれば笑えない。人の家で勝手にいそしんで、あろうことか全裸でお出迎えなんて。まごつく私を他所にディオは静かに本を閉じる。「貴様の迎えだ」彼が言い放った言葉を数拍置いて理解し、私の顔は瞬時に青ざめた。まさかジョナサン…?最悪の事態を想像する。結局それは杞憂に過ぎず、見知らぬこの男が現れた訳だが。
その神父風の男はどこからかバスタオルを持ってきた。「まずはシャワーを浴びてきなさい」真っ白なそれを差し出されても、いまいち展開に追い付いてない私はおいそれと素直に受け取れない。悪い輩では無さそうだが…見詰めるだけで手に取らない私に男は微笑み、首を傾げた。
「折角DIOに抱かれた体を清めたくない、と言うなら、そのままでも構わないよ」
「…、浴びてきます…」
「おや」
*
シャワーを浴びて出ると、私が着ていたワンピースが綺麗に畳まれて置いてあった。側には鞄も。ディオはこんな気遣いはしなさそうなので(昨夜以前の彼ならやるだろうが)、恐らくあの男だろう。使用済みのバスタオルを簡単に畳み近くにあったバスケットへ入れる。洗濯物を入れるそれだと判断したが、違ったら家の主の方には申し訳ない。昨夜から好き勝手やっておいて今更、とは思うが、せめてもの行いである。
身支度を整え廊下に出ると、玄関に先程の男が立っていた。私に気付き、手招きをする。「私は少しDIOと話をするから、先に下に降りて待っていてくれないか」男はにこやかに言うが、果たして本当に待つ必要があるのだろうか。先程ディオは迎えだと言ったけれど、何故見知らぬ男が私を迎えに来るのか。この男は私を何処へ連れて行くつもりなのか?様々な疑問が浮かんでは頭を舞う。家には帰りたくないが、かと言って初対面の男の言うことを聞くのは頂けない。ホイホイ男についていくべきではないと、つい昨夜学んだのだから。
そんな私の心中を察したのか、男は微笑んだまま言った。「大人しくしていれば君に悪いことは何もない。ただ逃げようとすると怖いことがあるかもしれないね」私は目を丸くした。脅迫ではないか。しかし言葉とは裏腹に男は優しく私の頭を撫で、そういうことだから、と部屋の中へ消えていった。
少しの間立ち尽くしていた私は、結局男に従うことにした。スマートフォンで兄達に助けを請うことも考えたが、私の居場所が不明である今SOSを送ろうものなら誘拐と勘違いされてしまいそうだ。心配性な兄達はすぐに事を大きくするだろう。それは避けたい。まあ言う通り大人しくしていればすぐに帰してもらえるだろう、という男への奇妙な信頼は、あの物腰の柔らかさが生んでいるのだろうか。
ブーティーを履いて静かに外へ出る。確かエレベーターがあった筈だと昨夜の朧気な記憶を頼りに歩くと、突き当たりに乳白色のドアを見付ける。丁度降りてきている最中のようだ。ボタンを押すと、数秒もしない内に私の目の前に停まった。ゆっくりとドアが開く。ぼうっとそれを眺めていたが、開くにつれ見えてくる中にいた先客と目が合ったせいで、アッと声を上げてしまった。
「名前!?」
「…お、おはようございます…」
暫くお互い目を丸くして見つめ合った。先客…シーザーさんは驚愕した顔で固まっていたが、何時までも乗り込まない私に痺れを切らしたドアが閉まり始めたところで我に返ったらしい。私の腕を掴んで引き寄せた。すんでのところでドアが閉まり、再び降下を始めた。
「JOJOから昨日連絡があったんだ、君がいなくなったって…何をしてたんだ?なぜこのマンションにいる?」
「あー…いや、その…」
ジョセフめ、と心の中で兄を呪った。この様子なら他の兄達も自分の友人に連絡をしているかもしれない。花京院、億泰に康一くん、露伴先生…には流石にしないか。思っていたより既に事は大きくなっているのかもしれない。
上手い言い訳が見付からずしどろもどろな私をシーザーさんはじっと見詰める。下手したらこのままジョセフの元へ連れていかれるだろう。探るようなシーザーさんの視線から逃げ出したい衝動に駆られるが、生憎この狭い箱に逃げ場はない。一階に着いた瞬間走り去ってしまおうか。しかしそれではあの男から逃げることに…。口ごもる私を見ていたシーザーさんが急にふ、と顔を緩めた。「そういうことか」チン、地上に到着した。何かを察したのか、納得したようにひとりで頷くシーザーさんはエスコートよろしく私の腰を抱き、エレベーターを降りた。
「名前の年頃なら普通のことさ、恥ずかしがらなくてもいい…JOJOは気に入らないようだが」
「…あ、あー、はは」
「君みたいな可愛いバンビーナと過ごせる男は幸せ者だな、羨ましいよ」
どうやら彼は私が兄達に隠れ恋人と逢瀬していると勘違いしたらしい。とんでもないと否定したくなったが、今はそう思わせておくのがベストだ。ジョセフには内緒に、という私の頼みもウインク付きで了承してくれた。
「恋愛も大事だが、学校にもちゃんと行かないと立派なレディにはなれないぜ」
「遅刻してでも行きます」
「良い返事だ」
時刻は8時を回っていた。家まで送っていこうかというシーザーさんの申し出を丁重にお断りして、彼を見送った。去り際に頬にキスをされるのも慣れてしまった自分が悔しい。
朝の爽やかな空気を大きく吸う。あの男が降りてきたのはそれから数分後のことだった。
ALICE+