神父風の男の名前はプッチというらしい。風、ではなく本当に神父だった。彼はディオの友人で共に暮らしているらしく、先程ディオから連絡を寄越されこうして迎えに来たらしい。最初は二人で暮らしているのかと驚いたが、どうやらそうではないらしい。所謂ルームシェアだと言う。珍しいなとも思ったが、外国じゃあ普通のことなのかもしれない。ちなみに私とディオが一晩過ごしたあの部屋はディオのセックスフレンド(プッチはそうは言わなかったが、要するにそうだと解釈する)のものだったらしい。セックスフレンドがいるような男に処女を捧げてしまった。上手く口説きやがって!とディオを責めたい気分ではあるが、危機感のなかった自分に非がない訳でもない。人生最大の過ちとして心に秘めておくと決めた。
ディオはプッチに私をそのルームシェアしている自宅に連れて行くよう頼んだそうだ。"アラキソウ"というところらしい。荒木荘、で合っているだろうか。ディオやプッチが住んでいるところなのだからそこそこ広くて綺麗な一戸建てを想像していたが、荘、と言われるとイメージが変わってくる。よくよく聞いてみると、そこではあまり帰ってこない人物も含め八人が生活しているらしい。かなりの大所帯だ。何故私がそこへ連れられるのかは分からない。プッチに聞いても上手くかわされてしまう。まさか"まわされて"しまうのではないか、という不安も無くはないが、先程の「大人しくしていれば何もしない」というプッチの言葉に嘘は無さそうだ。現に私は拘束される訳でもなく、ただ談笑しながら歩いているだけ。信用しすぎじゃあないかと思われてしまうかもしれないが、それ程プッチは善人の雰囲気を持っている。神父という職がそれを尚更引き立てているのかも知れない。
他愛ない話の中、プッチが君の"スタンド"を見せてくれないかと私に問い掛けてきた。彼はさも当たり前の様に聞いてきたが、私は"スタンド"とやらが何かを知らない。何か流行りもののアクセサリーとかだろうか。流行を追い掛けるタイプには見えないが…。私が困惑していると「私のはこれだ。流石に能力までは教えられないが」と彼が言う。しかし彼は只微笑むだけで、何も見せてくれてはいない。首を傾げると、プッチの顔は次第に怪訝そうな表情へと変わった。
「君は、スタンドを持っていないのかい?」
「はあ、残念ながら」
「ふむ…君の兄弟達は何も教えてくれなかったようだね」
「…兄達をご存知なんですか?」
「ああ、…ディオから聞いているよ。妹さん弟さんのこともね」
少し不信に思ったが、あの兄弟達である。知らぬところで有名になってても可笑しくはないだろう。
プッチからよくよく聞くと、ジョナサン以外の皆はその"スタンド"を持っているらしい。ジョナサンは持ってはいないが"見る"ことは可能だと言う。人によって見えたり見えなかったりするそれを幽霊の様だと言うとプッチはあながち間違いではないと笑った。笑顔を返すが、非常に現実味がない話である。プッチは少し電波系なのかもしれない。"スタンド"は恐らくプッチの中の妄想の産物ではなかろうか。もしくは神父である彼の目には先祖の霊だとか、守護霊なんかが見えているとか。後者にしても現実味は湧かないが、どちらにせよ、大して気に留めることでもないだろう。
"スタンド"の話を終えてすぐ、プッチはとある建物の前で足を止めた。「ここだよ」私は開いた口を閉じることが出来なかった。目の前に聳える"荒木荘"は、小さな木造の平屋、しかもドが付く程のぼろだったのだ。
*
「ごめんなさい、大したおもてなしはできないんですが…」
「ううん、お構い無く。それに丁度お茶が飲みたかったし」
私とプッチを出迎えてくれたのはそばかすが可愛らしいドッピオという男の子だった。やはりまたしても外国人。湯呑みでお茶を出してくれた彼は申し訳なさそうに目を伏せたが、私が首を横に振って言うと嬉しそうにはにかんだ。
プッチは此処に着くなり探し物があると私から離れ、ドッピオくんはキッチン(と言うより、台所かもしれない)に戻って行き、私一人になった。ちゃぶ台の上に置かれた湯呑みを握りながら、不躾ながら部屋の中をぐるりと見渡した。純和風な家の中は、狭い。兎に角狭い。この狭さで大の男が八人、まともに生活できているのだろうか。思わず首を傾げると、再びやってきたドッピオくんが私の横に腰を下ろした。やけに距離が近い。外国にはパーソナルスペースは存在しないのだろうか。
くりくりとした大きな目が私を見た。
「お姉さんはお名前、何て言うんですか?」
「名前だよ」
「名前さん、わあ、可愛いですね!名前さんはとっても愛らしいですからぴったりです」
「あはは、ありがとう」
「僕、プッチさんが名前さんと帰ってきたときびっくりしちゃいました。プッチさんが天国から天使を拐ってきちゃった!って」
照れた様に笑う彼から放たれる砂糖菓子さながらの言葉達に面食らってしまう。この子の将来は間違いなくディオである。今は純粋そうに見えても、間違いなく、ディオになる。もしかするとディオより質が悪い無自覚ディオになってしまうやも…ディオという単語を使いすぎて訳が分からなくなってしまった。尚も絶えず降ってくる甘いあられに苦笑いを返していると、後ろから襖の開く音がした。プッチだ。
「気にしなくていい、ドッピオはイタリア人だからね」
「ああ、そういう…」
イタリア人の一部は息を吐くように女の子を口説く、と聞いたことがある。ドッピオくんはその一部なのであろう。兎に角二人っきりを免れたことに胸を撫で下ろしながら振り返ると、プッチと、その背後に又もや外国人が立っていた。逞しい体に前衛的な服装。ドッピオくんと同じ桃色の髪の毛を長く垂らし、じとりと私を見下ろした。怖い。思わずドッピオくんに寄ると、彼は笑顔で手を握ってくれた。「僕の大好きなボスです、怖くないですよ」ボス?不可解な渾名に疑問を抱いたが、ちゃぶ台を挟んで目の前にそのボスが腰を下ろしてくれたお陰で聞き直すことは叶わなかった。
恐る恐る挨拶と共に自己紹介をすると案外普通に答えてくれた。彼の名前はディアボロ。ドッピオくんとの関係は濁されてしまったが、要するに兄弟の様なものだとプッチが教えてくれた。弟に自分をボスと呼ばせる兄。性格に難がありそうだ。
ドッピオくんとで私を挟む様にして腰を下ろしたプッチは、ちゃぶ台に例の探し物を置いた。それは古びた矢であった。弓と言っても日本の弓道で使うものではなく、矢尻に装飾が施された、ヴィンテージ好きな人間が涎を垂らしそうな代物であった。何故これを探していたのだろうか。プッチを見やると、彼は矢の柄の部分を撫でながら言った。
「これは、人間のスタンド能力を引き出すものだ。名前に使うようDIOに言われている」
「待て、この女スタンドを持っていないのか?」
「ああ。しかし間違いなくジョースターの血統ではあるよ」
ディアボロから出たスタンド、という言葉に目を丸くする。電波系が二人に増えてしまった。思わず眉を寄せてしまったが、プッチはお構い無しに矢を手に取った。彼は微笑んで矢尻を指先でなぞる。相変わらずその表情は"善人"であるが、私は自分の鼓動が大きくなっていくのを感じている。プッチから距離を取ろうと後退ると、ドッピオくんの腕が背後から腹へと回った。「痛い思いはさせたくないんですけど…」申し訳なさそうな声が耳元で聞こえる。何をされるかすっかり理解した私は逃げようともがくが、ドッピオくんの力は見た目によらず強かった。決して離さないと言わんばかりに抱き締められた腰が痛い。ディアボロを見たが、彼はちゃぶ台に頬杖をつき口角を上げて此方を見ていた。助けは望めない様である。
プッチが矢尻をそっと私の胸に当てる。心臓は激しく動いているのに何故か指先まで冷えた様な感覚がする。
「本当なら矢が選んだ人間を刺すんだが…大丈夫、素質がなくて死んでしまってもDIOの血で生き返らせてもらえばいい」
「名前さんが吸血鬼になったところもちょっぴり見てみたいなあ…」
恐ろしくて声が出なかった。私は可笑しな宗教団体に巻き込まれてしまったのだろうか?それともこの"荒木荘"は頭が可笑しい人間が集まっているのか?パニックになり荒い呼吸を繰り返す私の頬をプッチが宥める様に撫でる。手付きも、表情も優しいのに、彼の手にある矢は静かに私の胸へと沈んでいく。やけにスローモーションに感じた。
願わくば次の人生では、平々凡々な家庭に産まれたい。それから二度と見知らぬ男にはついていかない。ディオの件直後にも思った気がするが、結局馬鹿な私はこうなってしまったから。
喉の奥から何かが競り上がってくる。血液だ。視界が霞んで、そのままフェードアウトしていく。名前の短い人生が、幕を閉じた。
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