ギフト

よくわからんパロ、頭空っぽにして読んでね



「くっっっっさい!!!」
「酷くね!?」

叫ぶ悪友から勢いよく離れて鼻を覆うとそんなに?なんの匂い?と腕辺りの匂いを嗅ぐ姿を見ながら眉を顰める。なんてことだ、というかどういうことだ。じわりと涙が浮かんで視界が悪いがそんなことはどうでもいい、嫌で仕方がないが鼻を覆う両手を退かして目の前の両肩を掴む。

「男の匂い!!!」
「へぇ!?あ、…あぁ!?」
「やっぱり!」

悪友ことユカリは半魔である。人間混じりは同族内でも色々な言葉が飛び交うが、そんなことは関係なく私はこの姉貴分が好きだった。血筋だけで私を選ばなかったし、容量の悪い私を見て笑いながら手を差し伸べてくれ、ぐずぐず泣く私の頭を豪快に撫でてくれるのが嬉しかった。本当の家族よりずっと家族だったのだ。同族でも異種族でも興味ないなーと好物の氷菓を食べながら話したのがほんの10年前だというのに!人間で言うところの半年だというのに!

「やー…その、番が出来たと…言いますか……?」
「そりゃそうだろうよ!そんなべったり匂いつけてたら番なことくらいわかる!!」
「い、良い子なんだよぅ…?」
「シャーラップ!!」
「自分で聞いておいて!?」


私たちの種族には番と呼ばれる関係がある。人間で言うところの婚姻相手だったりするのだが、まあ、生涯を添い遂げ共に死ぬ相手みたいなものだ。番が居ない人生なんて生きる意味がない、なんて愛の神が言ったせいで私たちは番が出来れば元の寿命なんて関係なく、相手の死と共に朽ちる。同族内なら、まだいい。時間の流れは同じだし頑丈だし流行病で儚く散るなんてこともないのだから。なのに!悪友は同族ではなく、異種族の!更に男なんかと!

「ケイちん本当に男嫌いだなぁ。」
「あんっな、性行為にしか女性の価値を考えずに下半身に脳が付随してるような低俗な生き物の何がいいのさ!愛を確かめるとか口先ばっかり!性行為を拒否すれば機嫌が悪くなって人格否定から始まり、だからと言って体を差し出すとその場限りの優しさ!吐き気がする!血筋目的で擦り寄る俗物の方が余程マシ!」
「ケイちんに言い寄る男本当クズばっかだもんなぁ…やー、でもラウレレ本当にいい子だよ?」
「最初はみんなお行儀よくしてるの!」


ソファに座って唇を尖らせているとユカリが困ったように笑う。それから隣に腰を下ろして背中を摩ってくれる、のは嬉しいけど…付随する男の匂いがすごく嫌。でもユカリが決めた番なら、ちゃんと受け入れたいとも思う。この匂いにもその内慣れるんだって、わかってはいるけども。膝を抱えて顔を埋めて深く息を吸い込み、同じ時間をかけて吐き出す。

「……どんな人なの、番。」
「傲慢で美しい男!」
「で。」
「……し、獅子…の血が、濃いめかなぁ…?」
「獅子ィ?」
「やー、向こうは先祖返り?らしいんだけど。」


曰く、ちょっと旅行してこよ!という思い付きで立ち寄った陸で出逢ったらしい。その地の長のような、そんな立ち位置らしい。そこでは種族や血筋に関わらず純粋な強さで頂点となる者を決めるらしい。わかりやすくていい。やれ血筋だ能力だ、そういうのばかり気にする種族であるからこそ純粋にそう思った。血筋だけなら上の下辺りに位置するが、私は人を纏めようだとか思わないし、そもそもそんな面倒なことはしたくない。無理ったら無理。こんなポンコツが長にでも祭り上げられてみろ、半年後には他所の種族に隷属を誓う羽目になるぞ。とか、そんなことはおいておくが。ユカリの番はそれはもう強いらしい。年に一度、その国では力試しが行われ、そこで頂点を手にした者が長となる、と。ユカリの番は十年間、頂点に座り続けている男で……うん?

「十年?」
「十年。」
「なにした?」
「なんもしてない!無実!番になったのだって最近、3ヶ月くらい前。」
「ふうん?」
「それでさー、ケイちんさー。」
「いや、絶対いや。」
「なぁんで!」
「なーんで私がユカリの番に会いに行かなきゃいけないの!ヤダ!しかも男!!」
「行く価値あるって!ドラゴン族もいるんだよ!」

ピタリ、と声が止まる。ドラゴン族、私が…好きな…種族ではあるけども。彼らは穏やかで物腰も柔らかく、ノブレス・オブリージュを地で行く種族。いつだかに出会った、穏やかな人が頭を過ぎる。ロクな会話はしなかったが血筋だけは立派だがビビりでポンコツの私にも優しくしてくれたし、下半身が本体みたいな低俗に絡まれたところを助けてもらったことがある。周りにそれを言うとあの人を初恋だと騒がれるけど、そういうのじゃない。本当に、欠片もそうじゃない。あんな風に胸を張って生きたいという憧れと尊敬の一言に尽きる。彼のような人になりたいなと、それだけなのだ。決して恋情とかいうものじゃない、そんなもので彼の人柄を汚したくない。拗らせということ勿れ、一切の下心のない男なんて人生で片手に収まるくらいだぞ。

「ケイちんの言ってた人じゃないけどね。」
「あの人どこかに居着くのは好きじゃないって言ってたしね。ていうか、ドラゴン族の人が居るからって私がユカリの番に会いに行く理由にはならないでしょ。」
「相性いいと思うんだよなぁ、ケイちんとドラスト。」
「どらすと…?」

会議みたいな名前だな、と首を傾げているとハッとしたような様子で両手を振る。愛称なのかな。

「ドラゴンストームって呼ばれててさ、長いからドラストって呼んでる。」
「……ふうん?」
「その人の弟弟子らしいよ。」
「は!?」
「だから、ね!会ってみない?」

会いに行く、くらいなら……まあ…と頷きを返そうとしたが、ふとユカリの瞳を見るとマゼンダが揺れている、左右に。絶対何かを隠している。

「言い忘れてることあるなら聞くけど。」
「……そのぉ…番のとこの、国の……お偉いさんになっちゃった…?」
「は?」
「だからそのー…もうコッチ、戻って来れない。てへ。」
「さ、先に言えー!!」



と、いうわけで未開の地である。あの後説明不足を説教し、他の伝え忘れがないか再三確認したが、ないと言い切ったのでそれを信じることにする。無意味に悪友を疑いたくないし。王の配偶者という立ち位置になったので国外にぶらりと旅行くらいなら許されるが移住は余儀なくされたと。全く出歩けないならまだしもそれなりの自由はあるから別に移住はいいかと思っていたら故郷で帰りを待つ私の存在を思い出し、大急ぎで帰ってきたとのこと。あわよくばその国に移住して欲しいとまで言われたが、とりあえずは見てから考えるとだけ伝えて着いてきた次第。足を踏み入れて直ぐにわかった、ここは良い国だ。異種族だろうが関係なく生活していると聞いてはいたが、理解したのは今だと思う。凡ゆる種族に人間まで含まれているとは思っていなかった、完全に予想外だ。それでも、人間と魔族が寄り添い歩く姿なんて見ればこの国が如何に豊かな国かわかる。こう見れば、ユカリの番たる男も善人なのかもしれない…いや、聖人君子の善人だとユカリは厭うだろうからある程度エゴイストな面があるのだろうけれど。


「んで。」
「そろそろ合流するから、そこのカフェ入ろ!」
「あーい。」

手を引かれてカフェに入る。ふんわりとした焼き菓子の香りと紅茶の香り。なるほど、紅茶が好まれる土地か。私も紅茶は好きだから悪くないな。ユカリが店員といくつかの言葉を交わすと店員と思しき半獣の女性に席をと奥の個室へと案内された。なるほど、王が来るならテラス席とかは向いてないものな。先に飲み物だけは頼んでしまおうかと私はアッサムを、ユカリはアイスのカフェラテを注文した。甘味を足しているのをぼんやり眺めながらミルクを加えた紅茶を含む。空調が効いていて私は少し肌寒い気がしないでもないが、ユカリは暑そうだった。くだらない話をしていたら個室の戸がノックされ、待ち人が来たことを察する。カップをソーサーに置いてジッと扉を見つめると鮮やかな紫が揺れる。シトリンのような瞳が私を見て丸くなり、そうして隣に座るユカリを視界に入れると煮詰めた蜂蜜みたいに、どろりと蕩ける。

「ユーカリ!」
「ラウレレ迷子にならなかった?」
「ああ、その辺にいたネズに案内を頼んだからな!」
「おれはその辺には居なかったですけどね。」

おっきな人の後ろから顔色の悪い男が顔を覗かせる。道案内をしたらしい人は聞いたことない名前だ。とりあえずシトリンの方がユカリの番なことは分かった、ネズと呼ばれるその男の見た目から夜に生きる種族なのは分かったけれどそれ以外の情報はない。というか、男!反射的にユカリの腕に抱き着き、それでも入口付近の二人から視線を外さない。少なくとも、このシトリン野郎はユカリを奪った男である。いや、そもそもユカリは私のではないけれど。

「えーと…そちらのレディは?」
「前に話したケイちん、かーわいい妹!」
「似てないですね。」
「血の繋がりはないからねー。ほら、ケイちん。ラウレレとネズニキだよ。」
「ダンデだぜ!」
「………ケイです。」
「気のせいじゃなければ物凄くオレを睨んでないか?」
「ユカリの、番。獅子の血。」

ピクリ、とダンデが動きを止める。ユカリが首を傾げたまま私とダンデを交互に見るのを視界の端で捉えたけれど、その腕を抱き寄せてジッと見つめる。何が先祖返りだ、大嘘つきめ。

「ユカリ、この人先祖返りじゃない。正真正銘、獅子だ。」
「うそぉ!?」
「…なにをもってそう思ったのか聞いても?」
「匂い、もあるけど…見れば分かる。」
「ダンデ。」

待て、動くなと蝙蝠男が言う。制止してくれるのは有難いが、依然どちらも私からすれば味方と判断は出来ない。さて、この地であれば態々先祖返りなんて言わなくてもいい筈で、だからこそこの男が何故偽りを告げているのかがわからない。獅子の血を引くものであると、そう言っても良いはずなのに。わからないからこそ恐ろしい、ユカリをどうするつもりなのだろう。番になったのは、なんで?幾つかの考えは浮かぶ、その中で一つ、これであれと思うものがある。それ以外ならユカリを連れてこの場から逃げるつもりだけど。


「家族はみんな、羊だ。」
「は?」
「オレだけが獅子の血を持つ。母の不貞を疑われるのは嫌だし、出自に下手な勘ぐりをされたくない…だから、先祖返りだと公表しているんだぜ。」
「………なるほど。」
「納得するのか?」
「先祖返りじゃない、君の母の不貞でもない。……多分、キミの、祖父のどちらかが獅子の血を持つ人間だ。祖父が獅子の血混じりなことはきっと誰も知らない、本人が知ってるかもわからないくらい…薄いものだよ。」
「そうなのか?」
「多分だけど、そう。キミの家族を直接見たわけじゃないから断定は出来ないけど…。」
「その人なんでそんなことが分かるんです?」
「ケイちんのギフトみたいな感じ。」
「ギフト持ちか!」


ギフトってなんぞや、と思っていたらどうやら生まれ持った能力のことらしい。成る程、この地には様々な種族が居るからあって当然の物ではなく与えられた贈り物なのか。それを聞いたダンデがパアッと明るくなって私に近寄ってくるが、めちゃくちゃ怖いので来ないで欲しい。ユカリの背に隠れたいが、それも間に合わなかった。

「ケイと言ったな!」
「ヴッ……ユカリの番、距離感がおかしい…。」
「ダンデだぜ!」
「この距離感でそんな大声出さんでも聞こえるわい…なんだよぅ、怖いこの人。」
「とりあえずユーカリと離れてくれ、嫉妬で殺しそうだからな!」
「明るい声音と表情で恐ろしいこと言うな!」

この獅子怖い!ただでさえ男という時点で好感度は低いのに!兎も角、連れて逃げる必要もなさそうだしこんな落ち着いたカフェを血生臭くもしたくないので大人しくユカリから離れる。冷えた紅茶をひと口含んでから、それどころではなかったが気になる存在を思い出し視界に入れる。

「そっちの…蝙蝠の人は?ユカリの番じゃないならナニ?」
「ネズだぜ!」
「ネズニキはこう…ラウレレのお守り?みたいな?」
「適当な説明やめろ。……おれは別に、昔は城勤めしてましたけど、今はただのアーティストですよ。ダンデのお守りはおれじゃなくキバナでしょう。」
「………キバナ、ってドラゴン族か。」
「そうそう。」

ふうん、とそこで終わる。とりあえずキバナと呼ばれるドラゴン族がこの獅子のお守りをしていることは理解した。その役目があるならこの場にいるべきだとは思うが…自国ではないから基準が違うのかもしれない。それにしたってアーティストをとっ捕まえて道案内させる王ってなんだ?とはなるけど。

「ところでなんでおれたちこんな警戒されてんです?」
「ケイちん男嫌いなんよ。」
「先に言え、先に。」
「ユカリの番なら別に…男は嫌いだけど、番になるくらいなんだから本当にユカリのこと愛してるんだろうし……男も圧が強いヤツも声がデカいヤツも嫌いだけど。」
「ダンデ、今すぐ城に帰りますよ。おまえとの相性が悪すぎる。」
「城に戻るならユーカリも連れて帰るぜ。」
「そんなことしたら彼女が困るでしょう。」
「ギフト持ちなんだ、どこでも歓迎されるぜ。」

騒ぐ男二人にどうしたものかとユカリに視線を向けると慣れてるからか特に気にしてない様子でカフェオレを飲んでいた。私の扱いに関してはネズの方が良くしてくれそうである。とりあえず未知の土地に放牧しようとするのは止めてほしい、さっさと帰るから。ユカリは移住をと提案してくれたし自国に執着もないがだからと言って住み慣れた土地から意味もなく離れる必要もない。紅茶を飲み切ったら軽く見て回って帰りを、と思ったところでぞわりと肌が粟立つ。柔らかく甘い、匂い。こんなの嗅いだことがない、というか、これなんの匂い?ユカリたちは何も気が付いてないみたいな反応。可笑しい、ユカリは鼻が効くのに何の反応もない?


「ダンデごらぁ!やっと見つ、け…。」

個室の扉が勢い良く開いてそこからアクアブルーの瞳が、私を見る。大きな体はすらりとしていて、大きいというか長い、みたいな印象。さっきから意識を持っていかれる匂いは彼からして、頭が揺れる。はく、と口を開閉させ見つめ合ったまま二人して動かないでいれば周りが首を傾げる。どうした?と問い掛けを投げる獅子王にも、心配そうな悪友にも返事が出来そうにない。

「番、だ。」
「は!?」
「待って、可笑しい、こんな…!」

運命の番、比翼連理、共鳴者。色んな呼び方があるけれど、詰まるところ本能で選ぶ番だ。月日を重ね愛情を確認するのではなく、脳みそを掻き混ぜるように、揺さぶるように今までの価値観のこれからの人生計画も全て投げ出す程の圧倒的な存在。今すぐにでもその胸の中に飛び込みたい衝動を抑え込んで、意識して深く呼吸を繰り返す。その度鼻腔を擽ぐる甘い匂いにくらくらした。この運命は相互性で、一般的には同族同士だ。積み重ねた歴史の中で多種族が混ざり合った結果、別種族でも運命の相手になり得るだとか、そもそも愛の神は種族に重きを置いてないなど色々な意見があるがそこは割愛する。

「アー…ちょっと、いいですか。」
「どったの、ネズニキ。」
「番ってそんな情緒ぐっちゃぐちゃになるもんです?おれ、ここまで垂れ流しになった記憶ねぇんですが。」
「うーん、私にはわかんない。」
「……ユカリは純血じゃないから、鈍いんだと思う。私もその人も純血で…種族的に、多分……。」


抗えない程の甘美な存在。本能があの男は私のものだと、私はあの男のものだと叫ぶ。口元を抑えているのは多分、噛み付く衝動を堪える為だろう。ドラゴンや獅子はその牙を立て、番とする。牙を持った種族は大体そうなのである。私やユカリはそういった行動はない。誓いの言葉を立て愛の女神が良しとすれば番が成立するので不要だ。……彼、は…私に迫って来ない。今すぐにでも私の首に牙を突き立てたいだろうに、その衝動を抑え込んでいる。なのに噛んで、なんて浅ましい考えが頭を占める。今どれだけ足掻こうが、私たちはもう出逢ってしまった。番が成立しなかった場合、どちらかが死ぬまで運命からは逃れられない。でも運命と番なかったら、急速に弱るのも事実。

「ケイちん?」
「ごめん、ちょっと、あの人…借りる。」
「オレたちが出よう、この部屋を使って良いぜ。」
「待てダンデ、オレさまこのままだとあの子に…。」
「ソレは抗うだけ無駄だと思うがな。先に城に戻ってる…と言いたいところだが、今日は終わりでいいぜ。」
「悪い、どっかで埋め合わせする。」


あわあわしてるユカリの腕を取り立ち上がらせたかと思えば腰を抱いて退室していく。最後に私たちを一瞥したネズが彼の耳元に何かを吹き込んでいたが内容までは分からなかった。1メートル弱の距離を、詰めてくる。後ずさるなんて選択肢は私の空っぽの頭にはもうなくて、熱の籠ったアクアブルーを見つめることしか出来ない。あっという間に抱き上げられ、さっきまでユカリとダンデが座ってたソファ席に転がされたけど、やっぱり抵抗なんて出来ない。はやく、と急かしそうになるのを飲み込むので精一杯。髪を払って晒された素肌に指が触れるだけでビリビリした。体の内側から溶かされるみたい。そうして首元に、彼の牙が食い込んだ。その頭を抱き込んで小さく喘ぐことしか出来なくて、それでも頭の中は幸福で満ちる。砂漠でひと掬いの水を得たみたいな、そんな乾きと飢えがスッカリと消え失せてしまうような。彼は何度も私の首に牙を立てた。まるで何千の時を離れた恋人を求めるみたいに、首筋に感じるのが痛みなのか快感なのか、もう私にはわからなかった。


どれくらい、そうしていたのか。はっとした頃にはもうお互い肩で息をしていたし、私は涙が滲んでいたし彼は…高揚した瞳を向けてくる。それでも番ったことがわかったからか、それ以上を求めることはなく寧ろ起き上がる手助けまでしてくれる。そういえばお互いきちんと自己紹介もしてない。彼がドラゴンストームと呼ばれるドラゴン族で、獅子王の騎士をしていることと名前くらいしか知らない。でも彼もまた、ユカリの妹であり悪友の純血の魔族ということくらいしか知らないだろうけど。

「すまない、女性に手荒なマネを。」
「…や、私みたいなのでも理性吹き飛ぶんだ。気高いドラゴンで誇り高い騎士であれど、アレの衝動は規格外だよ。」
「そう言って貰えると助かるが、やはりそこは紳士的にしたかったのが本音だな。」
「大丈夫、跡は残るようになってるだろうけど傷自体はすぐ塞がる。」

あれだけ噛まれたのだから出血してるだろうけど、痛みもない。大嫌いな男だというのに嫌悪感もない、愛の女神怖いな。彼の指先が傷の辺りを撫でるとゾクゾクして細く息が漏れる。お互い多分、考えてることは一緒だが…一旦、とりあえず一旦少し距離を空ける。それが拳二つ分であっても一旦冷静に話をしようの意思表示である。

「改めて、キバナだ。この国の騎士であり門番でもある。気高きドラゴンの血を繋ぐ男だ。」
「ケイです。血の繋がりはないけどユカリの妹、魔族の中では結構ちゃんとした血筋ではあるよ。」
「……母国に思い入れや後悔は?」
「なにも。家族ただ血を繋いだだけの薄っぺらい関係で国は大嫌いな男ばかり。友人や家族…そういう後悔に繋がりそうな関係性はユカリだけだから。」
「じゃあ、オレさまの巣に連れて帰っても?」
「……うん。連れてって、欲しい。」

差し出された大きな掌に手を重ねるとあっという間に彼の腕の中だ。態々抱き上げなくても歩けると言いたいところではあるが若干腰は抜けているし、匂いが…番ってなんでこんないい匂いするんだ。文句を言いたいところではあるがこの匂いは私しかわからない。他の人間は当然としてキバナ本人も知らないのだから文句の言いようがないのだけれど。


そのまま巣でそれはもう知能を投げ捨てたようなことになったが、昼くらいには起きれた。乾いたスポンジに水を垂らしたみたいな、そんな感覚だが一先ず彼を求める衝動は治ったらしい。身体中そこかしこが悲鳴を上げているが多幸感と満ち足りた感覚があるから気にはならない。彼はもうとっくに起きていて甲斐甲斐しく私の世話を焼いた。手ずから食事を摂らせ、暖かいタオルで体を拭き、甘く暖かい紅茶を差し出す姿に少しだけ笑みが溢れた。

「城に行かなくていいの?」
「番とどっちが優先かなんて質問を投げ掛けるバカは居ないと思うぜ?」
「ううん……キバナがいいなら、いいけど。」
「オレさまも飢えてたみたい。ケイさえ良ければこうして身を任せて欲しい、オレらみたいなのはそういうのが必要なんだ。」
「それは、全然良いんだけど……ユカリに説明しなきゃ…。キバナも身近な人には説明しといた方がいい。ネズとか、わかってなさそうだった。今後も付き合いがあるなら話しておいて損はないよ。」
「んー、明日話すよ。今日は二人だけで居ような。」


ちゅ、と軽いリップ音と共に額に口付けが落とされる。昨日からなんとなく思っていたけれどキバナは隙間なく引っ付いて気紛れに唇を触れさせていたいタイプらしい。これっぽっちも嫌じゃないし、寧ろそうあることが当然だとすら思ってしまうのでやはり本能で選ぶ番とやらは恐ろしい。タブレットを手に取ったキバナの胸元に背を預け二人で通販サイトを見る。どうやら私の服から何から全て自分の手で飾りたいらしい。ドラゴンが美しい物を集めるのは己の番を更に美しく飾る為だとか、なんとか。普段着からこれはいつ着るんだと思うようなドレス、一人がひと月で稼ぐ金額の宝石なんかまで選び始めたがこれはどう止めたらいいのだろうか。男の甲斐性とかいう次元ではないんだけれど…。

「そういえば…ダンデってさ、」
「うん?」
「────────」
「……ソレ、絶対他のヤツに言っちゃダメだからな?」
「はあい。」


ギフト持ちおっかねぇなと漏らすキバナに小さく笑って大きな手に一つ、口付けを落とす。さてさて、これから先どうなることやら。ユカリに詰められませんようにと願いながら褐色の肌に指を滑らせた。