獅子は紫に溺れる

「あっという間だったよ、ユーカリがチャンピオンになるまで。」

そう言った男はコーヒーをのんびりと口にする。最近はユカリと一緒にこういう時間も楽しみたいからゆっくり飲むようにしているんだと着席して数分でされた言葉が頭を過って一人で納得し、倣うようにカップを手に取った。バナが食後に淹れてくれる紅茶のが美味しい気がするなぁ。なんて思いながら、過去の悪友を思い出す。

「ユカリは我慢出来ないから。」
「我慢、かい?」
「見たことないポケモンとか、その地方に存在する文化とか…そういうのに触れるとね、一番になりたくなっちゃうんだよ。勝利をもぎ取ることを我慢出来ないの。私が唯一チャレンジしたアローラの旅だって、一人でさっさと終わらせて私のチャレンジを手助けしてたくらい。私も詳しくは知らないけど、色んな地方で似たようなことしてた。道場破りかっての。」

ふむ、と顎に手を置き考える仕草。元無敗のチャンピオンは、何を思うのか。ソーサーにカップを置いてそれで?と切り出す。

「私に聞きたいことがあるからわざわざ引き留めたんでしょ?」
「ああ、ユーカリについてはキミが一番知っているだろうから。」
「ま、ンデデにとってのバナより付き合い長いですからね。」

好きな食べ物、好きな色…彼の興味は尽きないみたいであれは?これは?と次々に質問が飛んでくる。本人に聞けばいいのに、と思ったけれどアイツ自身が自分の好きな物や苦手な物を自覚してないこともあるのでなんとも言えないところではある。一口食べてからこれ嫌いだったわ…と私の皿に移植してるからな…いや、ユカリが食べれないものは大体私の好物だから良いし、私も偏食家なのでユカリには大変お世話になっているけれども。閑話休題、気まずそうにカップを指先で弄んだ男が意を結したように口を開く。

「それで、その…過去の、」
「おん?」
「彼女の、過去の…最愛のポケモンとはなんだろうか。」
「改まって聞くなよ、そんなこと!!身構え損だわ!!」

それこそ本人に聞け!バカタレ!!と思わず届いたばかりのスコーンをお綺麗な顔面に投げつけるところだったが流石にやめておいた。バナとユカリに怒られそうだし。そもそもゴシップにされたらたまったもんじゃない。私が一般人ということもあってバナは普段から気を遣ってくれているし…現チャンピオンの悪友ってことで色々取材は来たがそれを掃除してくれてるのは新旧チャンピオンなわけで、うん。落ち着きを取り戻す為にスコーンを切り分け口に含む。うまい。


「そうは言っても、あの子好きなポケモン多いから。」
「そうか…。」
「私が知ってる限りはドンカラスかな?ドンって名前の初代が結構付き合い長かった筈…どっかの地方で確かチャンピオンもぎ取ってたし。」
「ううん…。」
「好きなポケモンを何度か聞いたことあるけど、決められないってさめざめしてたからね。でも母国で手に入ったドンカラスのぬいぐるみ送ったら気が狂うほどに喜んでたから間違いはないと思うけど。」
「ガラルには…ヴッ……。」
「居ないねぇ、それでユカリもガラルに来るの迷ってたところあるし。」

物凄く驚いた顔、まあそれはそうか。我慢出来ないと先に言っておいて迷ったと言う発言は…あ、ションボリした。

「ま、あの子リザードンも好きだよ。」
「リザードンは格好良いからな。」
「妄信的かよ、コッワ。」
「……キミはどうして、アローラだけだったんだ?」
「ん?」
「なんというか、ユーカリと一緒に居たら必然的にキミも…と。」
「バナにも週刊誌にも聞かれたなぁ、それ。」


トレーナーを目指さなかったのは何故、と皆が口を揃える。そりゃそうだ、バトルジャンキーの悪友で常に一緒に居たと言えばみんなそう思うだろう。ナイフとフォークを皿に置いて紅茶を飲む。

「闘争心がないんだよねぇ、私。ポケモンは可愛いし、バトルに勝てた時のアドレナリンの出具合は確かに癖になるものがある。それでも一番強くなりたいとは思わなかったし、そこに情熱を注げる程私は頓着がなかったんだ。元々自分でやるより人がやってるのを見るのが好きな性質だし。三人みたいな闘争心も絶対に勝つって執着もない。」
「……勿体無いな。」
「その分、私は別のところに楽しみを見出してるからいーの!それより、もう用事ないなら私は出るよ。」
「まあ、待つんだ。」

ガッツリと圧を掛けられる。なに、これ以上何を聞きたいんだ。この数十分で随分と色々聞き出されたぞ。バトルの戦略なんて私に聞くだけ無駄なんだから、この男に引き留められる理由はもうないはずなんだけど。

「本題がまだだ。」
「はい?」
「確認だ、ケイはバトルにそこまで興味はない。」
「あい。」
「じゃあ、オレの惚気を聞いてくれ!」

は?と空いた口が塞がらない。が、言葉を紡ぐ前にニッコニコの笑顔を浮かべてメニュー表を再度差し出してくる。ここはオレの奢りだから、と言葉付きだが…いや待って、バトルに興味ないことと惚気がどう繋がる?

「オレも惚気とやらが話したいんだが、オレの周りはバトルが好きなタイプが多い。話すより先にポケモンバトルになってしまうが、キミはそうじゃない。しかもユーカリについて詳しい。オレの惚気相手にピッタリだとは思わないか?」
「思わない!帰りたい!バナ呼んで!」
「そう言わず。」


それからはもう怒涛の惚気祭りだった。ストレートティーが甘ったるく感じてブラックコーヒーに切り替えたけど無駄、めちゃくちゃ惚気るやんけ。

「ユーカリは格好悪いオレのことも愛してくれるんだ。オレはチャンピオンとして…というか、トレーナーとしては自信があるが私生活は自信がない。予定のない日は起きれないし、半分寝ながらトーストを食べてしまう。でもそんなオレを見てもユーカリは可愛いと愛でてくれるんだぜ!」
「ワァ、それユカリからも可愛いって聞いたなァ…。」
「そうなのか?ああ、彼女はオレの焼いた硬すぎるクッキーも食べてくれるんだ!硬いクッキーの方が好きだからと笑顔で!」
「アイツ歯応えあるもの好きだからネェ…。」
「寝起きに淹れてくれるコーヒーが最近の楽しみで、眠る前もそのことを思い出すと幸せな気持ちで眠れるんだ!」
「ユカリの淹れてくれるココアも美味しいヨォ…。」
「そうか!今度頼んでみよう!そうそう、オレはピアスを開けていないから、そこは揃いに出来ない…何かいい物はあるか?」
「キミ人前に出るのが仕事だから勝手にピアス開けちゃダメだよ。指輪とか…あー、首輪みたいな意味もあるからネックレスもいいかもォ…。」
「ネックレスならオレも出来るな!あと、暑がりなのはオレも一緒だが、薄着でうろうろするから最初は目のやり場に困った。昔からああなのか?」
「よく冷房で冷えた私の足で涼取ってたから、それなくて脱ぐに至ってるのかなァ…。」


圧が、圧が凄い。キミ私相手にそんな言葉数多かったっけ?と聞きたくなるレベルだ。悪友のことが大好きなのはこちらとしても嬉しいことではあるが、この圧の強さはどうにかならんもんでしょうか。誰でもいいから助けて欲しい。なんかもうさっきからスマホが凄くチカチカしてるから多分バナが終わったんだろうけど、確認することが出来ない。

「……彼女は、いいよなぁ…。」
「いやそんな噛み締めるように言わないで…。」
「オレにとって最高のパートナーだと思うんだ。同じようにポケモンとバトルを愛している、オレのダメなところも愛してくれてオレがしたいことの後押しもしてくれる。バトルだっていつも全然読ませないんだ、ギリギリの勝負をしているともう彼女しか見えないし彼女のことしか考えられない…。」
「ああ、うん……お似合いだよ、キミたち…。」
「……新しい地方への許可が出れば、ガラルを出てしまうのだろうか。」

聞きたかったのはそこか。今でこそガラルのチャンピオンだが、各地方を道場破りが如く荒らし回った破天荒な女がどこかに行ってしまわないか、不安らしい。そういうのは本人の口から聞いた方がいいと思うけどなぁ、と思いながらも悪友の大切な人だ。少しくらいは助力してやるべきか。

「新しい地方には行きたがるとは思うよ。」
「……そうか、キミが言うならそうなんだろう。」
「でも、此処に帰って来る。前は私が居るからホウエンに帰って来てたけど、今はンデデが居るからガラルに帰って来るよ。だからチャンピオンの座を返上しないでいるんだろうしね。」
「……そうか。」

珍しい顔だ。多分、大衆向けじゃなくてユカリが相手の時に見せる笑顔だろうなぁと思って、そっと目を逸らした。私が見るべきモンじゃなさそうだし。さて、今度こそひと段落だろう。せめてバナに連絡しようとスマホを手にした瞬間、後ろから凄い勢いで長い腕包まれた。嗅ぎ慣れたシトラスと、少し砂ぼこりの匂いが誰のものかなんて振り返らなくてもわかるから回された腕に片手を置いた。

「ダンデェ!」
「キバナじゃないか!」
「オレさまのニンフィアちゃん返せ、コラァ!!」

ガッツリ後ろからドデカい男にホールドされたままなのも、すぐ近くで威嚇するかのような声を出すのもまだ良い。そんなことよりニンフィアちゃんってなんすかね。

「ニンフィア?ケイが?」
「ニンフィア…リボンのような触覚から敵意を消す波動を発して争いをやめさせる…え、これ私なん?」
「ケイの前だとバトルしようぜ!ってならねぇじゃん?」
「それは私がバトルをしない人だからでは…。」
「あとまあ、フェアリーなのもあるし…一番はアレだろ、なつき進化。」
「ああ!」

持ったままのスマホで検索して読み上げる、よくわからん。でも私がわからんまま話が進む、助けてユカリ。

「ガラルにきて一月近くはオレさまたち避けられまくってたろ?漸く会ったと思ったらユカリの後ろに隠れてたし!」
「確かにそうだな、オレやキバナ…あの人畜無害のカブさんまで最初は徹底的に顔を合わせないようにしていた。」

めちゃくちゃ探偵顔してるけどただの人見知りと男性恐怖症(治りかけ)です。あとガラルの言葉がよーわからんからユカリに翻訳してもらってただけです。カブさんは同じ言語使えたからまだ早々にコミュニケーションが取れたけどキミたちは訛りがあったり早口だったりで全然聞き取れなかったんだよ!

「オレさまに有利なフェアリータイプだしな、特攻も特攻だろ?」
「更に特性でキバナにメロメロボディってことか!」
「そう!」

やってられるか、と盛り上がる二人を放置してユカリになんかあったら連絡してきてくり〜と緩すぎる伝言と共に預かったタワーの番号を打ち込み、そっと電話をかけた。

「もしもし、あのユカリ居ますか?はい、チャンピオンの…ケイが助けて欲しいって言ってるって伝えてください……。」


その後、なんか盛り上がり始めて何故か野良バトルしそうになったタイミングで到着したユカリにホウエンに帰るゥ……と泣きつき、男二人が私を泣かしたと勘違いしたユカリによる無慈悲なバトルがあり、無事纏めて仲良くネットニュースになったのだった。私の顔は映ってなかったけど。一般人バンザイ。


数ヶ月後、ユカリにより私がニンフィアからアローラキュウコンになるのはまた別の話である。もう好きにやってくれ。そして、多忙なはずのバトルタワーオーナーに呼び出されては甘ったるいブラックコーヒーを飲む日々が続くのも、また別の話。