竜は彗星を見つける

ヌメラみたいじゃん、と思った。ユカリに並ぶと大きいけどルリナよりちっこいし、きょどきょどしてユカリから離れないのも、それでも逃げずに小さな背に隠れようとするその姿が岩陰に隠れようとするヌメラに重なった。可愛いなと、素直に思う。

「……ユカリィ…。」
「ほいほい、どったのけいちん。」

ピッタリとくっついて離れない姿はさながらベイビィポケモン。ユカリは慣れたように彼女の細っこい手首を掴んであっちこっちと連れ回していた。ワイルドエリアに近寄らないようにしているのは彼女にその資格を与えられていないからだろう。きっと彼女もバトルになればユカリのようになるんだろーなー、なんて、そんなことを思っていた。


が、新チャンピオンの悪友を紹介されて二週間。彼女がバトルをしているところは見たことない。相棒だというガオガエンと公園でのんびりランチをしているところは見たことがあるが、どちらかと言うと試合にのめり込むユカリの姿をスマホで撮影したりしているばかりである。更にはあの人畜無害の擬人化のようなヤローからすら逃げ、カブさんからも逃げる。ダンデなんて口を開いた瞬間ユカリへと飛びつくのだから、何から何までわからない。オレさまやネズから逃げるなら兎も角…オレさまデッカいし、ネズは見た目にインパクトあるしな。あの英雄サマが逃げられてる姿はちょっと面白いけど。ダンデも恋人の親友ということもあって気になるのだろうが悉く逃げられている。ユカリ不在の際にダンデの方向へとピッピ人形をフルスイング投球していたのはちょっとどうかと思ったけど。その後ユカリにも何か言われていたけど、でもそんなことより投げ付けた直後くらいからダンデからの逃走率が上がったのはオレさまの気のせいじゃない気がする。

とある日、カブさんと話しながら歩いているとユカリ待ちをしているであろう彼女の後ろ姿を見つけた。口元に手を置いて何かを喋っているみたいだけど、何を話してるかまではわからない。声をかけるべきか、でも多分逃げてくるだろうし会釈だけにしようと結論付けて隣を見ればカブさんまで何かを考える仕草を見せて、そのままひとつ頷いた。

「うん。」
「カブさん?」
「僕ちょっと行ってみるね!」
「は!?」

逃げられるんじゃ、と思ったオレさまを置いてカブさんが彼女に近寄り肩を叩く。ビクッと大きく肩を弾ませた彼女がBluetoothタイプのイヤホンを外して挙動不審になっているのが見えて、止めに行こうとすればつり目がちの彼女目がまん丸になって、パァッと顔が輝く。カブさんの両手を掴んで何かを話している。え、なになに?カブさんが何かしたんだろうけど全くわからなくて混乱しているとカブさんがこっちを向いて彼女に声を掛けてからオレさまを呼ぶ。とりあえず向かえば彼女はオレさまに気が付いてぺこりと頭を下げる。


「えっと?」
「そうかなぁと思っていたんだけど…やっぱり彼女、ガラル語がまだなんとなくしか分からないみたい。」
「へ?」
「僕もホウエンの方を使うのは久々だったから発音が不安だったけど良かったぁ。コッチなら大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございます。」

声意外と低いんだな、いつも叫ぶような助けを求めるような声しか上げないから素の声なんて初めて聞いた気がするなんて思ってたら彼女が慌てたようにスマホに何かを打ち込む。カブさんはその姿を微笑ましそうに見ていて、オレさまだけ置いてけぼりだ。と、思っていたら彼女がスマホを差し出して来る。一度受け取って画面を見れば翻訳アプリを通して見慣れた文字の、少しぐちゃっとした文章。

【逃げてごめんなさい、まだこちらの言葉には慣れがなくみんなが何を語るかわからない】

「そういう?」
「今までもユカリくんに翻訳してもらってたみたい。…ん?」

彼女がカブさんの服を引っ張って何かを伝えている。オレさまも耳を傾けてみるけれど、やっぱり何を言っているかわからない。そうか、彼女はいつもこんな気持ちだったのか。わからない言語が飛び交う中に一人でポツンといれば疎外感や恐怖心を感じるだろう。そりゃ、ユカリの後ろに隠れたくもなるか。


「キバナくんの発音は聞き取りやすいんだけど、声が遠くてわかりにくいみたい。」
「え、嘘!?」
「ごめんなさい…。」

聞いてみれば、ヤローは訛りが激しくわからない、オニオンは発音が弱く聞き取れない、ネズはそのどっちも。オレさまは声が遠いなどの理由からうまくコミュニケーションが取れなかったらしい。とりあえず身を屈めて少しでも距離を詰めてなるべく口を動かすように発音してみる。簡単な単語を並べるように意識するのも忘れずに。

「ダンデは?」
「えっと、声、大きい、怖い……合ってる?」
「ブハッ!」
「合っているよ、上手上手。」
「カブさんもそうだったりして。」
「うーん…そうかもしれない。」
「あと、男の人、ちょっと怖い…ごめんなさい。」
「そっかぁ、怖い思いさせてごめんな?」
「平気、もう二人怖くない。……それに、ユカリが守ってくれるから。」

ぎゅっとスマホを握り込んで笑う彼女を見てオレとカブさんが笑う。ガラルの新女王を騎士のように扱うとは。ロトムを介したメッセージならもう少しやりとりが楽かもしれない、と思い付いてカブさんを通しつつではあるが提案すれば彼女が頷いてくれたので連絡先を交換した。その時、ユカリがオレたちを見つけて走ってきたのでよぉ、と手を上げる。彼女の顔がパッと明るくなったけど、もうユカリの後ろには隠れない。

「けいちん、ごめーん!」
「カブさんとキバナさんが居てくれたから大丈夫だよ。」
「お、会話できたん?」
「カブさんが通訳してくれた!」
「ドラストは?」
「ドラス…キバナさんかな?目線合わせてくれたから聞き取れたよ。まだちょっと不安だけどなんとか汲み取ってくれてる。」
「おけおけ、良かったやん。」

ものっすごい勢いで往復する会話に全然ついてけないし聞き取れない。オレさまたちの名前が入ってたとは思うんだけど、往復が早すぎる。カブさんすらポカンとしていた。

「ごめんごめん、けいちんまだ練習中なんよ。」
「勉強はしてるもん…。」
「あ、そのアプリどう?」
「よき!」


聞いてみればイヤホンで聴いていたソレは聞き流すタイプの音声音源だった。オレさまたちからすれば幼児向けの教材だが、確かにこれくらいから始めるべきだろう。実際、オレさまも三人の使う言語は全く聞き取れなかったし意味もわからなかった。頑張ってんだなぁ、と小さな頭をひと撫ですれば彼女は肩を弾ませたのち困惑したようにオレさまとユカリの顔を交互に見た。ユカリもきょとんとしたけど一瞬でニヤァと笑う、さながらいじめっ子の顔だ。

「ほぉん?」
「ユカリ!!」
「あいあい。ドラスト〜、けいちん子供じゃないから。」
「あ、悪い。」

パッと手を離すとすすっとユカリの後ろに逃げてしまった。漸く慣れてくれたと思ったのに、何故か逆戻り。え?え?と困惑するオレを放置してユカリが彼女の髪を乱暴に撫で回す。それはもう相手がウィンディの時の勢いで。

「今日どこ行く〜?」
「んー…有名なとこは一頻り連れてって貰ったからなぁ。どうし……ビャッ!」
「ほえ?」
「ユーカリ!!」
「ラウレレ!」

ダンデがいつもの調子で走り寄ってくると同時に彼女が逃げた。ユカリの後ろから何故かカブさんの後ろへ。何故?と思っていたらユカリがダンデの方へ小走りで寄って行ったので、恐らく彼女の中で一番効率良くダンデから安全に距離を取ったのだろう。ダンデはそんな彼女を見て困ったように笑っていた。

「ハイ、ケイ。そろそろオレとも話して欲しいぜ。」
「やだ!こわい!」
「…ユーカリ、彼女はなんと?」
「怖いからやだって。」
「オレが!?」
「けいちんの心臓はバチュルの心臓よりちっこいからね!」

今にも泣き出しそうな顔でカブさんの背後に隠れてしまっている。ユカリの後ろだと完全に飛び出してるがカブさん相手なら多少は隠れられるみたいだな。

「ケイ、オレさまの後ろならダンデから綺麗サッパリ隠せるぜ?」

ほんのいたずらごころだ。来るとは到底思えなかったが、オレさま大きいぜ〜と両腕を広げてみる。ケイはカブさんの後ろに隠れたままダンデとオレさまを交互に見て、そのまますすっとオレさまの背中にくっついた。確かに隠れられてるけどマジか!呼んでおいてなんだけど、ビックリだぞ!


「けいちーん、そろそろラウレレに慣れようよ〜。バトルになんなきゃ怖くないよ〜?」
「ユーカリ?」
「フォローになってんのか、それ。」
「うーん、手強いね。」
「……だって…凄い勢いで来るんだもん…。」
「どゆこと?」
「前にピッピ人形投げたら片手で取られたんだけど…。」
「あれ対人用じゃねぇよ?」
「そのあと凄い笑顔で追いかけてきた……。」

なるほど、それは怖い。ダンデ的には遊ぼうと捉えた故の行動だったのだろうが、彼女からすれば来ないで欲しいのアピールだったのに追いかけられたのだ。ただでさえ怖いと思ってる相手にそんなことされたらめちゃくちゃ怖いだろうよ。

「ワンパチと同じようにしたつもりだったんだ…投げたら取っておいでというような…ケイなりのコミュニケーションかと…。」
「ラウレレいつから犬ポケモン?」
「どっちも可哀想に。」


腕の辺りからダンデをじっと見つめている彼女をそのままにしていればユカリがケラケラと笑いながら困った困ったと困ってない様子で言う。正直、面白いし笑いたいところではあるが両者被害者であるためなんとも笑いにくい。そんなことを考えていたらケイがオレさまのパーカーをぎゅっと握って、拙い言葉を並べていく。

「ユカリ、ダンデさん用があって来たんじゃないの。」
「あ、そうだ。ラウレレどしたの?」
「そうだった!ユーカリ!一昨日話していたヤツあるだろう!アレの戦略が思い付いたんだ!今からどうだ?」
「マジ!?……あ、でもけいちんが…。」
「私はいいから行っておいでよ、ご飯行こってだけだったし。」
「すまーん!助かる!」
「ケイも来るか?」
「?」
「アー…ケイも見に来る?って。」
「行かない。」

ダンデにもハロンの訛りがあるから聞き取りにくいのかもしれない、と間に入る。スゲー早かった。なんで!?みたいな顔してるダンデとユカリにケイは渋い顔で返す。

「貴重な二人の時間邪魔するほど図々しくないよ。あと二人が何話してるかわからないのに圧だけ強くてイヤ。」
「アッ、否定出来なぁい…。」
「ホテル戻るだけだから一人で平気だよ。」
「最近マスコミしつこいって言ってたべ?」
「まあ…気になるんでしょ、新生チャンピオンの過去。」
「そんなに聞きたいならこっちの言葉に合わせろよ、毎度毎度押し寄せて来て理解不能な言語で取り囲まれるコッチのこと考えたことあんのかよこのスカポンタンって笑顔で早口で捲し立ててたけど。」
「だってしつこかったんだもん。」

彼女はどうせなら練習してやると開き直ったのか聞き慣れた言葉で往復する。ちょいちょい聞き慣れない単語があるからこれはきっとホウエンの方の言葉か。それにしてもその映像、放映されなかったんだろうけどちょっと見てみてぇな。そんな気の強い彼女見たことないし、ヌメラの威嚇みたいで可愛い気がする。ところでスカポンタン?ってなに?良い意味ではなさそうだけど。ぼんやり聞いていたがそういや困ってるのか、と、ふと後ろを振り返って彼女を見れば首を傾げている。

「ホテルまで送ってこうか?」
「へ?」
「ドラストが送ってったら炎上しそう。」
「オレさま宝物庫の番人だから、チャンピオンの宝を守るだけだぜ。」
「……キバナさんの迷惑にならない、なら。」


お願いします、と続く言葉に大きく頷いてやれば気の抜けたような笑みで返される。人慣れしてないポケモンが懐いてくれたみたいで嬉しいな、勿論彼女は人間なんだけれど。とりあえず書類提出の間だけ待っていてもらい、送ることになった。戻って来たらケイがユカリの後ろでめちゃくちゃ肩掴んで、ユカリが痛い痛い!肩に食い込んでる!と叫んでいたのだが、オレさまが目を離した10分の間に何があったのか。

「悪い、待たせた!……おわっ!?」
「……ユーカリ…。」
「うーん、和解への道のりが長い!」
「……なにごと?」
「いやー、ラウレレも頑張ってたんだよ?怯えさせないようにって一生懸命音量抑えてゆっくり、口を大きく動かして話してたし、けいちんも私の後ろから出て来てちょっとずつ距離を詰めてたんだけど…ばぎゅ、ンンッ、リザードン褒められたラウレレが音量調節しくった。」

オレさまの背後に飛びつく勢いでベッタリくっついて来たところを見ると相当怖かったらしい。なんというか、壊滅的にタイミングが悪いんだろうな、この二人。若干涙目だからダンデが悪いように見えるがこの場合はどっちも悪くないから災難である。多分、漸く話せるようになって自慢の相棒を褒められて嬉しかっただけなんだろうからダンデを責めるわけにもいかない。が、そんなことで一々怯えるなと女性相手に言うのも違う。つまり、両者が両者に慣れるしかないんだよな。


「けいちん、すっかりドラストに懐いたねぇ。」
「背水の陣的なところはある。」
「ラウレレが可哀想でしょ!」
「あとまあ、話してみたらキバナさんは怖くなかったから…。」
「オレも怖くないぜ!」
「ピエッ」
「学べ、ダンデ。」

まあ、ユカリ以外に引っ付いてるところを見たことがなかったから多少の優越感のようなものはあるが。ギュッとオレさまのパーカーを握る彼女の手をやんわり上から握り込んでやれば下がった眉尻が和らぐ。

「じゃ、オレさまケイのこと送って来るな。」
「頼んだ!」
「また帰って来る時連絡ちょうだいね。……あと…またね、ダンデさん。」
「!ああ、また!」
「フフッ、微笑ましー。」

オレさまの後ろからではあるものの、ばいばいと片手を振ったケイにダンデの目が輝く。ユカリも楽しそうに笑っていて、そんな二人は仲良く駆け出して行った。バトルしに行くとなるとテンションの上がり方がすごいよな、あの二人。気持ちは分かるけど。


「じゃ、行こっか。ユカリに用意されたホテルでいいんだよな?」
「はい、借りてるので。」
「いい物件ないのか?」
「あ…いえ。元々ユカリの様子見で長期滞在の予定じゃなかったから…あと二週間くらいで地元に帰るので、ユカリのとこでいいかなぁって。」
「…そうなんだ。」
「でも、今日キバナさんやカブさんと話せて、もう少しこっちに居るのもいいかなってちょっと思いました。」


帰るんだ、そりゃそうか。こっちに留まる理由なんてないもんな。引き留められてるんですけどねぇ、と笑う彼女は今日一日で随分慣れたものだ。隣を歩いているのが不思議なくらいだというのに。引き留めたいユカリにどんな風に返しているのか、少し気になった。

「でも滞在期間伸びるとは思いますよ。ユカリの熱意が凄いから。」
「フフッ、そしたらもう少しオレさまとも友好深めようぜ。ナックルの案内なら任せてよ。」
「ナックルの街並み好きだから是非。」
「…あ、メシまだなんだっけ?オレさまもまだ食ってないから、どう?」
「え、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって、言語練習もかねてさ。」
「じゃあ、エスコートお願いします?」

彼女の大丈夫?は多分色んな意味でなんだろうけど、気が付かなかったことにする。勿論、パパラッチには気をつけるけどそれはそれとして、今日を逃したらまた逃げられそうな気もするしどうせなら仲良くなっておきたいしな。馴染みの飲食店へと案内すれば、昼をとっくに過ぎたからか客は疎だ。ここが穴場ということもあるけれど。店員に案内されて奥の半個室へと二人で座って、メニューを見て首を捻る彼女に一つずつどんな料理か説明すれば満面の笑みで返される。うーん、やっぱりベイビィポケモン。二人分注文して待っている間にもまた言葉を交わす。他愛のない話も、バトルやポケモンの話が混ざらないから新鮮だ。聞いてみたら年上だったらしい彼女に敬語はいらないと言えば、困ったように笑って頷いてくれる。少しだけ、彼女に近づけた気がした。



「ありがとう、ご飯までご馳走様になっちゃって…。」
「誘ったのオレさまだから気にしないでよ。楽しかったぜ。」
「私も楽しかった。勉強にもなったし…また機会があればご飯行こうね。」
「今度はパブでも行こうぜ。」
「いいね!エール好きだよ!」

それじゃあ、とホテルに戻ろうとした彼女の手首を掴んだのは反射か、それとも。ケイは目を丸くして意図を測っているみたいだ。とはいえオレさまもなんでこんなことをしたのかわからなくて、それでも離すのがなんだか惜しい。なにか言い訳をと思うのにこんな時には全然口も頭も回らない。

「キバナさん?」
「あ、えーっと…あとで連絡、するな。」
「うん、都合良い時でいいけど…どうしたの?」
「なんだろ?」
「はは、なにそれ。」

いつまでも掴んだままでいるオレさまにどうしていいかわからない様子だが、オレさまも困惑してるのが分かっているのか無理に解いたり逃げたりはしない。落ち着くまで待つよ、と随分と柔らかく返されてしまって、気恥ずかしい。どうしようかと考えてあればロトムに呼ばれて、そろそろジムに戻らなくてはいけない時間だと伝えられる。舌打ちしそうになるのを堪え、拘束を解く。

「ごめん、急に女性に触れるのはマナー違反だったな。」
「ビックリしただけだから大丈夫だよ。」
「なんか一日で一気に距離詰めたから、かも。」
「ええ?私ここでバイバイしたらまた距離取る女だと思われてる?」
「……ちょっとだけ。」
「キバナさんは守ってくれる人って分かったから、もう逃げないよ。流石宝物庫の番人だよね、隠れた時の安心感凄かったもん。ユカリの背中にばっかり逃げてたけど、今度からはキバナさんの後ろに隠れちゃうかも。」
「良いヤツらばっかだから逃げないでやって?」
「対策ってやつかぁ。」


このまま引き留め続けるのが良くないことだと頭では理解しているが、どうにもまたなが言えない。どうにかもう少し話せないものかと頭を回すけれど、上手く口実が作れそうにもないし、ジムに戻らなきゃいけない。言葉に詰まるオレさまにケイが少し考え込むように唸って、そして下から覗き込まれた。

「……えーと、迷惑じゃなければ、なんだけど…。」
「ん?」
「今夜、飲みに行く?」
「…平気なの?」
「多分ユカリはダンデさんと白熱し過ぎて今夜帰って来ないだろうから大丈夫。まだ私は話したいことあるけどキバナさんはもう仕事戻らなきゃでしょ?…今夜なら日が空かないから逃げられるかもって心配ないだろうし。」
「……仕事終わったら連絡するよ。ここまで迎えに来るから、待っててくれるか?」
「うん、まだ土地勘もないから迎えに来てくれたら嬉しい。」


気を遣われたのだろうというのは分かったけれど、伝えられた言葉に思わず口元が緩む。ケイはそんなオレさまを見て笑って、ハイ、と小指を差し出してくる。

「コッチの約束に使われるんだ。」
「え、こう?」
「そうそう。」

同じように他の指を握り込んで小指を出せば彼女の指がきゅっと絡まる。同じように返せば満足気な表情。ぱっと離れた指を今度は掴む間もなく彼女が数歩離れて、また後で!と手を振る。数時間後には会うのだから、またねじゃなくてまた後で、なんだろう。ホテルへ入った彼女の背中を見送り、立てたまま小指に顔を向ければカッと顔に熱が集まるのを自覚してそのまま座り込む。なんだあれ、可愛い。これがポケモンに抱く感情ではないことに気が付くのなんてあっという間だ。


「オレさまが惚れるのかよ…!」


今夜どんな顔して会えばいいんだ、と思うけれど。彼女の騎士にだってどんな顔をすればいいのかわからない。落ち着きを取り戻すように深く呼吸を繰り返して立ち上がり、兎にも角にもナックル方面へと歩みを進める。頭の中はぐしゃぐしゃだが、なんとか切り替えなくては。というか、この地を出るつもりの相手に。ああ、ダメだ。切り替えられる気がしねぇ!

「…負け戦なんてしねぇからな。」

今夜から口説くのも視野に入れておこう。ガラルに残って欲しいなら、オレさまが彼女の残る理由になればいい。そう言い聞かせることくらいしか今は出来ないが、それでいい。少なくとも触れ合うことを許してくれたのだから勝機はゼロではないのだから。さっさと終わらせて迎えに行こう、まずはそこから。