アソビバ

未来の話


なるほど、忙しい。ぐりぐりと眉間に寄った皺を指の腹で伸ばしてすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含むとなんとも言えない味が舌に乗る。積み上がった書類を一枚摘んで目を通してまた美味しくもないコーヒーを飲み込む。よくあの人バトルタワーやりつつ出来たな、と思うが寧ろアッチは息抜きに使用していたんだろう。あそこはバトルジャンキーの溜まり場になっている気がする。悪友然り、悪友の妹分然り。優秀な秘書のお陰で勤務自体に無理はないが、慣れない作業も多く、なにより比較対象があの人となると酷く疲れるのだが。溢れた溜息を拾った相棒が心配そうにこちらを見ていたので手招きしてぎゅっと抱き着く。ふかふかの毛並みに癒されるが、最近散歩に連れて行けてないせいでおひさまの香りはしなくなっている。ストレスをかけたくはないから、休日には連れ出してやろう。

コンコン、とノックの音が聞こえたのでハルを撫でてやりボールに戻して応答すれば来客を伝える秘書の声。通してもらうと悪友がひょこりと顔を出した。

「よっ、委員長。」
「よっす、チャンピオン。」
「おちぽ〜、どうせ何も食ってないんしょ?飯持って来たぞ〜。」
「エッ!?もうそんな時間!?」

慌てて時計を見れば14時を少し回った頃で、頭を抱える。やってしまった。食事はきちんと摂れよと出勤前に恋人にも言われたというのに。私を見て悟ったのかユカリはケラケラ笑って紙袋を差し出してくれる。ホウエンのキッチンカーがあったからそこで買った、自分もまだだから一緒に食べようと笑う悪友に肩の力が抜けるのがわかる。

「あ、モモンジュースで良かった?」
「サンキュー。」
「見てみて!クランベリージュース!うまそうじゃね?」
「ユカリ好きそうだな。」


モモンジュースにストローを刺して飲むとコーヒーとのギャップでちょっとビックリした。あまい。ちらりと正面を見ればベリーの酸味にしぱしぱしてる悪友がいて、あまりの変わらなさについつい笑ってしまう。差し出されたホットドックはチリソースにたっぷりとチーズがかかっていて、一口齧れば肉汁たっぷりのブルストがバチリと音を立てる。うんまい。ユカリが上に掛かったキーマカレーを溢さないか心配なところではあるが。…部屋がカレー臭くならないことを祈る、後で換気しよう。


「どー?慣れて来た?」
「一応、オリーヴさんが調整してくれてるのもあってスケジュール自体は歴代に比べたら緩いと思うしね。ジムから回ってくる決済の確認とか…まあ、今はまだその辺だけだし。」
「シーズンまでには慣れるっしょ。」
「私の代でつまらなくなるのは避けたいから慣れてみせるわい。」
「今年は何もしなくてもじゃない?」
「まあ、ダンデさん出るしね。」
「ラウレレとやる公式戦!超楽しみ!」

キラキラと瞳を輝かせるユカリが本当に楽しみなんだと分かる。そりゃそうか、悪友の拗らせ加減はよく知っているし玉座を奪い返しに行くと宣言した彼女の恋人の発言に泣くほど喜んでいたのも知っている。ユカリたちの遊び場になってしまいそうなところではあるが、そこに牙を立てに行く自分の恋人を思い出せば随分と…三人だけの遊び場じゃないんだけどな。でもそこに嬉々として挑みに行くであろう年下の彼女や魔術師の一番弟子たちを思えば、そもそもあの場がトレーナーにとって王冠の取り合いであると同時に遊び場なのだろう。私はその気持ちが理解しきれないが、友人たちが楽しそうな顔をするのであればそこに力を尽くす十分な理由になる。


「……ユカリ、あのさ、」
「うん?」
「私、」

ガチャンッ!と大きな音が立って扉が開く。悲鳴を上げた私を背に庇うようにしてボールを片手に立ち上がるユカリ。やだ、カッコイイ。間違い無く私は今世界で一番安全な場所に居るぞ!勢いよく開いた扉から背の高い影が覗いて、私もボールを握り込んだ、が、ひょこりと顔を覗かせたのは見知った顔だった。

「ケイ!メシを食ってないと聞いたから持って来たぜ!…ん?ユーカリも居たのか!」
「ラウレレ!?」
「ホウエンのキッチンカーが下に居たから買って来たんだが…。」
「全く同じ物ォ!」
「スパイシードッグだぜ!」
「ケイー、ダーリンが美味そうなホットドッグ持って来たぜ〜。」
「なんでみんなして私にホットドッグ買ってくるの!?」

来客三人全員が片手に同じ袋を持ってやって来るってどういう状況なの?と、とりあえず叫ぶと三人はキョトンとしたまま全員で同じ方向に首を傾げる。

「けいちんが食わないからだよ。」
「ホウエンのキッチンカーが居たからだぜ!」
「息抜きさせてやろうと?」
「ばーーーーっか!!ありがとよ!!!」


と、いうわけで。正面にユカリ、その隣にダンデさん。私の隣にバナが腰を下ろしてホットドッグパーティが開催された。私用と用意されたものが悉く辛味を主張しているもので、みんな私の好みを反映してくれているのはとても嬉しかった。でも多いわ、三つも食えん。

「食い切れなかったらオレさまが食うから、食いたいの食いたいだけ食べな?」
「ありがと、バナ…。」
「ラウレレ、助けて。もういらない。」
「オレが食うぜ!」

行儀が悪いことこの上ないが、バナとダンデさんの買って来てくれた物を三分の一ずつ程食べてあとはバナにそっと託した。モモンジュースとラッシーとホットティーが目の前に並んでいることに関してはもう考えない。因みにダンデさんからラッシー、バナからホットティー。飲み物まで好きなものでありがたいけどこんなに飲めない。

「ユカリ…。」
「ん?あ、飲む飲む。」

クランベリージュースを飲み切ったユカリに半分以上残ったモモンジュースを差し出す。凄い勢いでなくなるな…。ラッシーもユカリの手が届く距離に置いてからホットティーを飲む。くしゃりと包み紙を丸めたバナとゴミを回収して四人でひと休憩。煙草を取り出して咥えてからハッとしたが、バナが窓を開けに行ってくれた。

「え、ここ吸っていいの?」
「なるべく喫煙所に行って欲しいって言われてるけど、吸っても大丈夫ってオリーヴさんに許可貰ってる。」
「じゃあ私も吸う。」
「ユーカリ。」
「はい、ラウレレ。」
「ごめん、バナ。煙くなるから窓際…、」
「オレさまにも一本ちょーだい。」
「…吸うっけ?」
「吸えるぜ?」

混乱しつつバナに煙草を差し出すと確かに慣れた手付きでジッポを擦る。火を付けたまま差し出されたので私の煙草にも火を付けて吸い込み、紫煙を吐き出す。

「バナもダンデさんも吸わないのかと思ってた。」
「ん?ああ、付き合いでな。普段はそんなに吸わないが、嗜み程度には吸えるぜ。」
「オレさまも似たようなモン。酒と煙草は紳士の嗜みって人も居るから。」

意外であるが、確かに喫煙所は情報交換には持って来いだ。部屋で吸う許可がおりてるのになるべく喫煙所にとオリーヴさんが言っていたのはそれを知っていたからだろう。普段関わりの薄いようなリーグの人たちとのコミュニケーションの場として使っている自覚は多少ある。


「んで?けいちんさっき何言いかけてたの?」
「あ、あー…ちょっと相談したかったんだけど……。」
「リーグ関係か?オレも相談に乗るぜ。」
「オレさまも力になれると思う、言ってみ?」
「やー、あのー……ううん、まあ、いいか…。」

灰皿に煙草を数度弾ませて長くなった灰を落とす。本当はユカリに助力して貰ってから通したかったけれど、どのみち大きなサプライズにはならなかっただろうし。

「肩書き関係なしのごちゃ混ぜトーナメント式のバトルが出来ないかなって模索してるところなの。この間バナがジムリで集まって非公式でバトルしまくってたって言ってたし……その、観客側ももっとみんなの試合見たいって要望来るんだよ。今はオフシーズンが長いでしょう?だから、夏くらいにちょっとしたのがあればいいなーって思……え、なに?こわいこわい、ちょ、なに!?」
「公式戦か!?」
「そ、その方向性で話を進めたいと思ってはいます!でも既存のデータでは今の所難しいらしいので実現したとてエキシビジョンの延長になるかと!」
「そうか…それなら」
「落ち着け、ダンデ。」

めちゃくちゃ前のめりに来られてビビり散らかす私をバナが宥めるように背を撫でてくれる。気を抜いたら泣きそうだったので助かったけれども。ユカリが煙草を灰皿に押し付けてラッシーに手を伸ばす。モモンジュースは飲み終わったらしい。

「確かに今のままだと非公式でやる方がいいよねー、めんどっちいから。」
「そうなのよ、ユカリが負けたとかってなった時とかにエキシビジョンだからって言ってもやっばり好き勝手言う人はいると思うし。」
「は?負けないが?」
「オレが勝つぜ!」
「……うーん、やっぱ難しいかぁ。」

冷めてしまう前にと紅茶を飲んだけど、少し遅かった。だいぶぬるくなってしまった…まあ、仕方ない。目の前でどっちが勝つかと争うカップルをぼんやり眺めていたらふと隣から視線を感じてそちらを見ればバナが真剣な目でコチラを見ていて、ドキリとした。トキメキというか、野生のポケモンを…バンギラスとか見つけた時の感覚に近いけど。

「ケイはなんでソレやろうと思ったの?」
「…まあ、要望が多いってのもあるけど……みんな、バトルが好きだから。」
「え?」
「バナとかユカリとかダンデさんとか、みんなが笑顔になれるならやってみたいなーって。とは言ってもやっぱ難しいだろうけどね、オリーヴさんにも止められてるし。」
「オレらの為なの?」
「みんなの為っていうか、楽しく遊ぶ場を提供するのが私の仕事じゃない?」

とはいえ、課題しかない。現実的とは言い難いようなものだ。前任であるダンデさんのガラルスタートーナメントとの差別化は出来るが、逆にタッグじゃないことが鬼門だ。ここでの優勝者がチャンピオンであれば問題はないが、それ以外が優勝した場合にチャンピオンへの評判や立場は一気に苦しいものとなる。勿論、ユカリはそう簡単に負けるような女ではないが…そして一度きりの開催ならなんとかなっても継続が目的なら未来のチャンピオンへの負担になることは避けたい。きっとダンデさんはこういったものを加味してタッグ式にしたんだろうし…やっぱり無理か?いやでも、ううん…諦めきれない。

みんなバトルが好きなのだ。数多く、色んな人とバトルしてそして勝ちたい。そしてそれを観ることを楽しみにしている人間が沢山いる。流されるように就任したのは事実だが、折角なら好きな人たちに楽しんでもらいたい。


「ありがとな、オレらのこと考えてくれて。」

ぎゅ、と大きな体に包まれてこめかみや頬へと口付けが落とされる。優しい声と、髪を撫でる手付きに若干泣きそうになったがなんとか堪えて。バナは気の抜けたような、柔らかな笑みを浮かべて私の頬を撫でる。大きな手に撫でられる気持ちよさに目を細めていたが、ふと親友カップルの存在を思い出してハッとして大慌てで距離を取ろうとしたが完全にホールドされていることに気が付いた。膝上に乗ってないだけじゃないか!

「ユカリとダンデさん居るからやめい…!」
「あ、お気になさらず!」
「だってよ?」
「やだやだやだ!そこに上司が居るじゃん!!」
「今はキミが上司だぜ!オレもユーカリを膝に乗せれば気にならないか?」
「張り合うな!?やめて!ラウレレ!?」
「委員長室をカオスにすな!」



ぎゃあぎゃあと騒いでいたら無事全員纏めて有能秘書にブチギレられた。それはそう。兎にも角にも、大好きな人たちが大好きなことをして笑顔になる為にも模索しなくては。みんなで強く、そして最高のバトルを。その地盤は私が作るから、キミたちは笑ってたくさん遊んでくれたらそれでいい。きっとその笑顔を見て、また夢追う少年少女が増えるだろう。そうすればきっと、夢が叶うから。