05

2戦2敗。たった2試合の練習試合は、烏野惨敗だった。
日向と影山の速攻で崩したまでは良かったけど、そこからじわりじわりと点数を取り返され、結果的に終わってみれば5点差がついての負けだった。

スパイクを打っても、コートに落とさなかった方が勝ち。そんなの当たれ前のことを、目に見えて感じた試合だった気がした。
それ程音駒のレシーブ力は強力だということだろう。


ストレッチが終わり、ネットを外し片付けが始まると、疲れたーとか、足重ーとか、いろんな声が聞こえてくる。
赤いジャージと黒いジャージが入り乱れ、モップをかけながら、ポールをかたしながら、楽しそうに話す彼らを見ていると、この短期間でバレーを通して、ニ校の部員の間に少なからず友情が芽生えていたのが分かった。


体育館のモップがけや得点板の片付けなど、体育館内のことは、両チーム部員に任せ私と清水はスクイズとジャグを洗い、音駒の1年生とともにボールを袋に入れ、カゴをたたむと、たたんだカゴを小脇に抱え、6個入りの袋を肩にかけた。


先程までの、「俺そっち持ちます」「大丈夫だよ」「いやでも‥」なんていう、運動部特有の仕事の奪い合いを制し、なんとかカゴとボールケースを勝ち取った私は、靴を履いて体育館の外に出る。

前には、同じように胸の前でバッテンを作るようにして、両肩にボールケースをかけた音駒の一年生がいて、その背中を追ってバスに向かう。

「町田さん!大丈夫ですか?」といちいち心配してくれる芝山くんに「大丈夫だから、前まで歩いて!」と声をかけながら、体育館の正面駐車場に止められたバスに向かう。
バス中央部下にあるに荷台に頭を突っ込んで、荷物を押し込む。

芝山くんと犬岡くんが、せっせと荷物を運んできてくれて、「これで最後です」と言って渡されたボールカゴを押し込むと、荷台から降りて膝のほこりを叩いていると、だいぶ大きな声で名前を呼ばれた。

「あ、あの町田さん!」
「んー?」

上半身を上げれば、音駒の一年生が2人組が立っていた。

「今日は本当にありがとうございました。」
「え?」

一際大きな声でそう言うと、ぺこりと頭を下げた。

「え、お?ど、どうしたの?」
「僕達一年だから、準備とかやらなきゃいけなくて、ボール出しとかも、交換でやってたんです。でも、今日は町田さんにやってもらって…あの、すごくいい練習ができました。だから…」

本当にありがとうございました。もう一度お礼を言ってペコっと礼をした芝山くんと犬岡くんに、慌てて自分と礼を返した。

こんなふうに真っ直ぐお礼を言われるなんて、今までなかったせいで、ポカンのしたまま咄嗟に何か返すことができなかった。
こういうの慣れてないから、ほんとどうすればいいかわかんないわ。

顔を見合わせ、ヘヘッと少し照れだような嬉しそうな笑みを浮かべた彼らの頭を、思わず撫でてしまった。
ほら、つい母性というか、この子の可愛さというか…、烏野一年にはない素直さというか。

「え?」と目を丸くして驚いた表情を浮かべた彼らに構わず、グシャグシャと頭を撫でる。

「インターハイ、頑張れよ!」
「は、はいっ!」

ヘヘッと笑った2人は、「じゃ僕達、中手伝ってきます!」と少し照れた表情を浮かべながら、再び体育館に走る姿を見送った。

その背中を眺めながら、日向とはまた違った無邪気な可愛さについ口が緩む。

バスの荷台を閉じ、自分も体育館に戻ろうと振り返れば、いつの間にか赤いジャージに身を包んた黒尾が、バスに寄りかかって、ニヤリと笑って立っていた。

「ちょっと、うちの一年にちょっかい出さないでくれます?」
「…黒尾、いつからそこに」
「あいつらの、ありがとうございました、からかな。」

‥初めからじゃねーか。

ニヤニヤと相変わらず嫌味な笑みを浮かべる彼をひと睨みすると、黒尾となんとなく並んで歩き出す。


「体育館は片付け終わりそう?」
「あぁ、だいたいな。」

なら、そろそろ終わりかー。疲れたなー。
両手を組んで前に伸ばし、首を左右に曲げると疲労した筋肉が少しほぐれたような気がした。

「つか臨時なんだって、澤村に聞いた」
「え?」
「マネージャー」
「あぁ、まぁ。」
「もう、やんねーの?」
「あー、多分ね。
清水のことだから、後任を探してるだろうし。」

対して仕事をしたわけではないが、臨時で十分だ、とにかくそう思った。誰かのサポートをする裏方というものは、こんなにも大変なのかと、身をもって感じた時間だった。

「そうだ、RINE教えて」
「…え?」

そう言って、ポケットからスマホを取り出した黒尾は、どこか気まずそうに首の後ろをかきながら、どことなく気まずそうにそう言った。

「今日が最後かもしれねーだろ。だから、嫌じゃなかったら連絡先とか交換してほしいんだけど…」
「ダメか?」と、少し不安げに私を見下ろす目をじっと見つめる。

なんというか、黒尾はもっとチャラチャラしてるやつだと思ってたけど、いや実際いつもしてるけど。
今目の前にいるこいつからは、そんなこと微塵も感じられなくて、告白でもなんでもない、ただ友達としての普通の会話のはずなのに、そのギャップに只々固まってしまった。

「あのー、町田さーん。
聞いてる?」
「あ、う、うん。いいよ。」
「マジで。あ、普通にRINEも電話もするけど」
「うん、大丈夫。」

なんだよ大丈夫って。柄にもなく焦ってしまった自分に悪態をつきながら、ポケットからスマホを取り出しす。

連絡先を交換すれば、友達欄に黒尾の名前が登録された。なんだか少し不思議な気持ちになりながらも、少し嬉しくてつい頬が緩んだ。

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