02

「川西ー、ちょっと飲み物買って来てもいい?」
「じゃ私はトイレ行ってこよー」
「とりあえず入り口集合でいい?」
「おけ。」

そう言って、階段を降りきった場所で川西と別れ、朝通ってきたメイン通路に面した休憩所のような場所に向かった。
あそこなら自動販売機があったはず。


隣のコートの試合開始が重なったのか、朝のような人はおらず、試合を待つ学生や試合が終わった学生の集団が、ポツリポツリと廊下の端っこに固まってミーティングをしている。その中には、涙を流す生徒もちらほら伺えた。

そんな道を通り抜け、静かになった休憩所の、壁際に並んだ自販機の前で、1人紅茶にするかコーラにするか悩んでいた。

「町田…?」

東京のしかもこんな限られた場所で、川西以外に名前を呼ばれるなんて思いもしなかった私は、不審に思いながらもゆっくりと振り返った。

その先にいたのは、制服を着た黒尾でスクールバッグを肩にかけ、ポケットに手を突っ込んだまま、目を丸くして固まってこっちを見ている。

「え、黒尾?」

一瞬誰なのかわからなかった。
なんというか、あの髪型見てようやく認識して、ゆっくりと手を胸元まで持ってくると、ひらひらと手を振った。

ここで逃げるわけにもいかず、ぼんやりと黒尾を眺めているうちに、珍しく驚いた表情を浮かべた黒尾は、ずんずんと大股で近づいて着たと思えば、目の前でピタリと止まりこっちを見下ろしていた。

「…何で東京に?」
「応援で」
「…なんだよ、言えよ。こっち来るって。」
「いや、夏休みだし清水が東京で合宿があるって言ってたから、音駒も参加してると思って」
「そうだけどさー、そうだけどー。」

はぁと額に手を当てながら小さくため息をついた黒尾は、チラッと私を見ながら「それでも連絡してくれてもよくね?」とぼそりと呟いた。

「ご、ごめん…?」

んん!?な、何だ今の。いきなりドクドクと血液が全身をめぐるような、苦しさが襲ってくる。それを誤魔化すように、お金を入れたままになっていた自販機のボタンを押す。
テキトーに押したせいで、ガコンと出てきたのはレモンウォーター。

これじゃない!もう一度お金を入れなおし、冷たいミルクティーを押した。

振り返るとそこに黒尾はいなくて、辺りを見渡せば、
近くのベンチに腰を下ろし、ぼんやりと天井を方を眺めていた。


そんな彼が座る椅子の前で立ち止まり、顔を上げた黒尾に向かって、先ほど間違って押したレモンウォーターを差し出す。

「え?」
「間違って買ったから、あげる」
「おー、サンキュ…」

黒尾の隣に腰を下ろすと、フタを開けると一口飲む。彼の真似をして、背もたれに寄りかかりだらんと足を伸ばした。並んだ足の長さに、少し悔しさを覚えながら、ぼんやりと斜め上を見上げる。


「どこで見てんの?」
「んーもう帰るところ。黒尾は?」
「俺はこれから」
「ふーん。あれ、そう言えば合宿は?」
「あー昨日まで。烏野の奴らはもう帰ったぞ」
「マジか。」

あとで清水に連絡しよう。

「どこの試合見にきたの?」

そう言って、一度しまったトーナメント表をバッグから取り出し、さっきの試合でシワシワになったトーナメント表を開く。わかりやすいように白鳥沢のところに、赤く引かれた線ににやけながら広げる。

「狢坂対稲荷崎」
「むじ…?」
「狢坂…あー、これだな」

…狢坂対稲荷崎。そう言って指さされた先に書かれた校名は、今日最後の試合予定の高校だ。
そして、ここの勝った方が、明日の白鳥沢の準決勝の相手になる。
マジか、この試合もちょっと見たいなぁ。

「んで、こっちいつ来たの?」
「んー、昨日」
「マジか、いつまでこっちにいるわけ?」
「明明後日くらいかなー。
東京観光でもして、帰ろっかなーって」
「へぇ」

いつの間にか途切れてしまった会話に気まずさを覚えることなく、ふと隣を見ると、ひざに肘をついて手に頬を乗せて、こっちを見上げていた黒尾に、負けじと肘掛けに手をついて同じ姿勢で見る。すると、思っても見なかった行動だったのか、目を丸くして珍しく驚いた表情を見せた黒尾に、ククッと小さく笑った。

ブブッとポケットに入れていたスマホが鳴った。
どうやらその相手は、川西で入り口のベンチにいるからとのことだった。

「じゃ、帰るね」
「あ、あぁ。」

バッグを肩にかけ立ちあがる。

「今度烏野に来る時は連絡してね」
「そっちもな。」


そう言ってから黒尾も、スクールバッグを肩にかけポケットに手を突っ込むと、ニヤリと微笑んだ。

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