03
黒尾と別れ集合場所である体育館の入り口に行けば、すでに川西がいてベンチに座ってスマホをいじっていた。
「ごめん、お待たせ」
「おっそい。」
「ごめんて!」
謝りながら、並んで歩き出す。どうやら、宿舎に戻ってから少しだけ自由時間があるらしく、宿舎近くのカフェで待ち合わせをしたらしい。
「太一来るってさ」
「え、ホント?大丈夫なの?」
「多分ね」
「あんたも連絡すればいいじゃん、幼馴染に。」
「いや、奴がスマホを見るはずがない。」
「らしいわ。」
今も変わらず堅物幼馴染の姿が目に浮かぶ。あいつは絶対、バッグにスマホを入れたままにしているだろう。見るとしたら、‥部屋にいる時間に連絡が来た場合くらいだろう。
あいつはそういうやつだ。
ブハッと笑った川西は、やっぱ変わってないねー。とクスクス笑っている。
当たり前だ。私が見てきた15年間。子供の頃からあの天然と物事の考え方は全く変わってはいない。それは、恐ろしいほどに。
「ちょっと待って。太一に聞いてみる」
「何だよ、いいよ別に」
「よくないし、私が会いたい」
「何だそれ」
断られることを前提だからと、再度メッセージをうつ川西と、何回かの乗り換えを経て、私たちはあるファミレスにいた。
窓際のソファーに座ってメニューを眺めて待っていると、コンコンと窓を叩く音がして、顔をあげればジャージ姿の太一くんが無表情でひらひらと手を振っていた。驚いたことに、我が幼馴染と元クラスメートと共に。カオスかよ。
「太一、こっちー」
「ほんとに来たんだ」
「さすが、太一」
川西が入り口に溜まった集団に声をかけると、無表情で彼らが達が近づいてくる。嬉しそうに従兄弟に手を振る友人に、苦笑いを浮かべていると、いつの間にかその集団は目の前に来ていた。
「よっ、久しぶりだなー、町田」
「久しぶりー」
「町田先輩お久しぶりです、」
「うん、久しぶり。ごめんね、我儘言って」
「いえ。」
どことなく疲れている表情を浮かべている太一くんと、若利くん奥行ったら、と席を誘導する瀬見と、無言で腰を下ろす若利。なんともカオスな光景に苦笑いを向けながら、メニューを差し出した。
「若利は何か飲む?」
「水でいい」
「だよね」
相変わらず無表情で、どうせ長居するつもりではないのだろう、彼らは特に何かを頼むまでもなく、話しているだけだ。
「そうだ、準決勝進出おめでとう」
「おっ、サンキュー」
「久しぶりにあの応援歌歌ったわ」
「マジで、覚えてんの?」
「身に染み付いてたわ」
斜め前に座った瀬見は、相変わらず爽やかに笑っている。
「でも、最後の若利のスパイク痺れた」
そう言って若利を見れば、さも当たり前かのように、「そうか」とだけ言うだけで、特になんとも思ってはいないようだ。
準決勝なんて当たり前。そう本気で思っているのだから、恐ろしい。きっと今まで積み重ねてきた練習と自信がそうさせているのだろう。
その自信に満ちた姿に、私は何度も救われた。その背中に、守られつつもなんとかここまで歩いてこれたのだ。羨ましくて妬んだこともあったけど、それでも若利には頭が上がらない。
「おばさんは元気か。」
「うん、元気くらいしか取り得ないからね、あの人。」
「そうか。決勝も来るんだろ?」
現時点で若利の頭には、準決勝で負けるという考えはないのだろう。ごく普通に決勝という言葉を口にした彼をまっすぐ見つめ頷いた。
「もちろん行くよ」
「そうか」
どこか、何故が納得したように頷いた若利は水を一口飲んだ。これまで幾度となく彼の試合を見てきた、ここに来て最後のインターハイ、晴れ舞台に見に行かないわけがない。
「あのさ、町田、斜め前のボックスに座ってる赤い髪の人は知り合い?」
「‥は?どれ」
「あれ」
ふと川西の言葉に、太一くんと瀬見の間から覗いた斜め前の席には、おかっぱの子と…赤い髪の妖怪がニヤニヤしながら、背もたれに隠れてこっちを見ていた。
どこか面倒臭そうに、クルッと背もたれの陰から覗き込んだ太一くんは、体制を戻すとはぁと深いため息をついた。1人は私にも見覚えはある。
「天童さん…健二郎、何してんですか。」
そうあきれたように声をかけると、待ってましたと言わんばかりに、赤い紙が飛び出した。
「もー、健二郎のせいでバレちゃったじゃん!」
「天童さんのその髪のせいじゃないですか?」
「あんたら、暇なんすか」
ギャンギャン騒ぎながら近づいてくる元クラスメートにため息をつきながら、薄くなった烏龍茶を飲み切る。
そもそもその図体で、ボックス席に身を隠せると思ってたの?逆に驚くわ。
「衣織ちゃん、久しぶりー」
「おー」
「相変わらずテンションひっく!」
こいつは相変わらず謎のテンション。試合終わりで高いわけ?
「ちょっとそこどいてよ」と太一くんに詰め寄っている覚を尻目に、スマホで時間と確認する。
そろそろ16時になろうとしているところ。そろそろ時間だ、と思いバッグにスマホをしまう。
「瀬見、若利、そろそろ出よう」
「えー!せっかく衣織ちゃんと会えたんだからさー、もうちょっと居ようよー。」
「3年がそんなんじゃ示しがつかないでしょ、さっさと帰れ覚。」
「ヒドイ」
「ごめんね、今日は」
「気にすんな、ひさびさに話せてよかったわ。」
相変わらず爽やかイケメンと瀬見はそう言って笑みを浮かべた。
相変わらず辛辣。とメソメソ泣きマネをする覚にため息をつくと、川西を押し出して通路に出た。
「送る」
「いいよ、川西もあるし大丈夫」
私のバッグに伸びできた若利の手を押し返して、バッグを肩にかける。
「じゃあ、途中まで一緒に行こー。」
「だから、大丈っ」
ガバッと覚に肩を掴まれ、ほぼ引きずられながらファミレスを後にした。左肩にずっしりとなった覚りのてを払うこともできず、ヨタヨタしながら歩き出す。
まじ身長差を考えろ、しぬわ。
「烏野行ってから全然連絡くれないよね、」
「覚に連絡する用ないし」
「えー、俺と衣織ちゃんの仲じゃない。」
「どんな仲だよ」
「相変わらず連れないなー」
相変わらずヘラヘラしてんな、こいつ。はぁ、とため息をつきながらも、なんだか懐かしいこの空気が、中学時代に戻ったみたいで少し嬉しかった。
結局最寄りまで送ってくれら彼らに別れを告げ、私と川西はお世話になることになっている親戚の家に向かった。
「やっぱ牛島くんかっこよかった」
「へー、そう。」