「俺のことなど,すっかりお見限りなのですね。」

襖の前に正座し,握りしめた拳は変色するほど固く握られていた。キッとこちらを睨み付ける目は,痛々しい位に赤い。ファスナーを最上部まで閉じたジャージの胸や膝の辺りは,涙の染みが出来ている。一体,いつからここにいたのか。山姥切問題が解決したのも束の間,我が本丸最強の拗らせ男士・長谷部が登場した。ついに,私は破壊されるかもしれない。

「とりあえず,中に入って・・・」
「主っ!!それは主命ですか!?主命と仰せられれば何でも応じる長谷部は,もうここにはおりませんっ!!」

耳をつんざく様な大絶叫である。騒ぎを聞きつけた他の男士達が,こそこそと物陰から様子を伺ってくる。歌仙と目が合ったが逸らされた。山姥切の件で一肌脱いだというのに酷すぎるではないか。雅じゃない。“主命とあらば”と連呼する長谷部が,もう主命を聞かないという。自己否定するほど拗らせきっているようだ。

「主命じゃないよ。個人的なお願い,かな?」
「やはりっ!もう俺には主命を下す価値もないということですね!即刻,刀解して下さい!こんな屈辱,耐える自信がありません!」

ノンブレスで拗らせてきた。口を真一文字に結び,完全に臍を曲げてしまっているようだ。さて,どうしたものか。
ここまで,三日月・山姥切と拗らせ男士と対峙してきたが,同じ拗らせでもそれぞれ対処法は全く異なる。三日月は,基本放置。勝手に人の体をまさぐって機嫌を直すからである。山姥切は,話を聞いてチョコをあげればいい。一番難しいのは,この長谷部だ。ラスボス感が半端ない。

「中においで。」

固く握られた長谷部の拳に触れた。少しだけふやけた拳。そこに指をねじ込み,手を繋ぐ。
何とか部屋に招き入れ,私と長谷部は向かい合うように座った。すると,燭台切が,お茶とケーキを持ってきてくれた。そして,“頑張って”と口だけを動かし,ウインク一つをぶちかまして去っていった。
・・・ああ,結婚して下さい。

「主。今,燭台切と婚姻したいと思われたのではありませんか?」
「え,え,婚姻?何それ?さ,長谷部も一緒に食べよう。お茶が冷めちゃうよ。」
「結構です!何故,俺が燭台切ごときが作った甘味を食べねばならないのですか!?俺への当てつけですか!?俺には燭台切ごときが作った甘味で十分だと!そんなまどろっこしいことなどせず,さっさと俺を捨てて下さいよ!!」

ドキリ。まさか,燭台切と結婚したいとの胸の内を見透かされるとは。エスパー長谷部,恐るべし。ぽたぽたと藤色から涙が溢れだしていくのを見ながら,内心溜息をついた。
私には,単独で鍛刀した刀が一振りだけある。三日月の時はこんのすけがいた。他の刀は,ほぼ長谷部が付き添っている。三日月とすったもんだあったあの日。失意のどん底で鍛刀した刀こそ,目の前で号泣する長谷部なのだ。
この拗らせは,長谷部自前のものなのか,当時の私の精神状況のせいなのかはわからない。しかし,私は,鍛刀に至るエピソードのせいで,長谷部の拗らせには非常に弱かった。

「長谷部のことを刀解するわけないし,捨てるわけないでしょ。他の誰が,主お世話係やってくれるの?」

長谷部は,山姥切。と小さく唸った。そういうことかと笑いそうになったが,ここで笑ってはいけない。ここにいる男士は,程度は様々であるが,主である私からの愛情を欲している。薄暗い過去を持った男士は特に。加州の様に自分を愛してるのかとはっきり聞ける男士もいれば,そうでない男士もいる。ここでどうするか。審神者としての力量が試される場面だと個人的には思っている。
長谷部は,己が私のみの手によって鍛刀された唯一の刀であることを知っていた。私が己の拗らせに弱いことも。全部知った上で,こうして気持ちを確かめてくるのだ。私はそれを知った上で,あえて乗ってやる。どこまでが本気で,どこまでが打算なのか,判別が難しい。流石は長谷部,策士である。

「長谷部,あなたは私の特別だよ。」
「!!!・・・山姥切にも!仰っていたではありませんかっ!」
「そうだね,言ったよ。山姥切も特別だからね。だって,皆,特別だもん。」

長谷部は眉を寄せ,面白くないと不満そうな顔をした。私は,彼の目の前に座り,赤くなった目尻に僅かに残る涙を拭ってやった。藤色が,懇願するように私の目を覗き込む。

「他の皆は,刀解しろとか捨てろなんて言わないよ?それに比べて,長谷部は酷いね。私が一人で鍛刀した唯一の,特別な,刀なのに。それを手放せなんて。そこまで言うなら,今すぐ私と一緒に消えてしまおうか?」

すると間もなく,桜の花びらが雨のように降り注ぎ始めた。桜を降らし始めた張本人は,真っ赤な顔を俯かせている。小さな声が,主はずるいです。と言った。

「長谷部,あなたは私の特別だよ。もうチョコはないから,今日は一緒に飲もう?」

長谷部は嵐のように桜を飛ばすと,主のお部屋にある一番良い酒にして下さい。と図々しいお願いをしてきた。頭にこんもりと降り積もる桜を払いながら,勿論と言ってしまう私は,やっぱり彼の拗らせには弱いのだ。

13 主が歩けば拗らせに当たるB



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