「ほれ。」

万屋に着くなり,警部が喉が渇いたと言い出したので,ひとまずいつも行く茶屋に来た。席につくなり,三日月が手を差し出してくる。私は鞄からウェットティッシュを取り出し彼の手を拭いた。手袋嵌めてるんだから良いだろうと思うが,ご本人は拭かないと気が済まないらしい。
三日月は神経質で潔癖な刀だ。例えば,食事をする前には必ず私にウェットティッシュで手を拭かせる。そう言えば,小さい三日月の手も拭いた気がするが,あれは可愛かったな。目の前の彼には憎たらしさしかないが。

「みかづきは,どうしようもありませんねえ。なにが,『人も刀も大きいことはいいことだ』ですか。ずうたいだけおおきいあかご。あぁ〜おかしい。みかづきのちゃ,ぼくのへそでわかしてあげましょうか?」

そう言いながらも手を差し出す警部。どうやら自分の手も拭けということのようだ。世話が焼ける上,一言も二言も多い短刀だ。小さな手を拭くと,これでよーし!と警笛を吹かし始めた。隣の三日月は,警部を睨み付けている。

「警部っ!茶屋で警笛は禁止!あと,頼むから三日月を刺激しないで。マジで面倒臭いことになってるから。」
「はいはい,どうどう。」
「それ,馬!!やめてったら!!」
「うまのきげんをとるのはとくいなんですよ。みかづきのきげんをとることぐらい,おちゃのこさいさい!」

件の審神者の,お宅の今剣はどうなっているのかという台詞だが,激しく同意したい。本当にどうなっているのか。三日月はというと,完全に表情を消してオーラがどす黒い。すでに闇堕ちしているようなものだが,本当にしないか心配だ。

「三日月,何を頼んだの?」
「・・・みたらし団子だ。」
「だったら,ティッシュで串を持つ所を巻かなきゃ。手が汚れるでしょ?」
「あるじさま,ぼくもみたらしだんごをたのみましたよ。」

今度は鞄から普通のティッシュを取り出す。そして,彼らのみたらし団子の串にティッシュを巻いた。周りの視線が痛い。こんなことをしている審神者は,私だけだ。ああ,あれが例の三日月と今剣ね。というひそひそ話が聞こえてくる。逆の立場だったら,私は私に近づきたくない。
三日月は,当たり前のようにティッシュが綺麗に巻かれたみたらし団子に手をつける。そして,玉露を口に含むと顔をしかめた。

「何だ,このふざけた茶は・・・。味も香りもあったものではないな。興が削がれた。本丸に戻ったら,棚の一番右に置いてある黄色い茶筒に入った茶を煎れ直してくれ。蒸らし時間に気をつけろ。」

いつも頼んでる玉露にケチをつけ出す三日月。相当ご機嫌斜めのようだ。一体何があったというのか。煎れて欲しい茶のリクエストを事細かにした彼は,再び私にウエットティッシュで手を拭かせた。そして,茶屋の代金を置くと,こちらを見ることなく万屋の奧へ消えていった。

「わーい!おだんごおだんご!」

マイペースに団子を食べる警部を放っておけるはずもなく,溜息をついて抹茶に手を付ける。ふと,三日月が置いていった代金を数えた。きっかり警部の分だけが足りない。三条刀の陰湿な面を見てしまった。


浄化作戦を行う警部とは別行動を取ることにした。待ち合わせ時間を決め,警部と別れる。絶対に抜刀しないことを固く約束させた。早速,遠くから警部が鳴らす警笛の音と余所の三条刀の悲鳴が聞こえる。
私は,書籍売り場へ向かった。私の推し漫画家“あるじ”が“この絵図がすごい!”で1位を取ったのである。当然ことながら,私も1票投じさせてもらった。微力ながら貢献できたのである。実に感慨深い。1位受賞記念の懸賞プレゼントは絶対当選しなければならない。忠犬先生書き下ろしイラストのTシャツなのだ。

「こ,これは・・・!」

見本のTシャツを見て,私の全細胞が滾った。こちらに背を向ける審神者を抱き締める長谷部。審神者は,赤いブラとTバックという出で立ちだ。しかも,Tバックにはラインストーンが施されているという拘りぶり。紅爪先生のアイディアに違いない。センスが良すぎる。しかし,Tバックとは斬新だ。一体どこから着想を得たのだろうか。

「嘘でしょ!?長谷部,極の戦闘服姿じゃん!!」

厳しい戦いから帰還した長谷部と“夜戦”を交える前の場面か。審判者は勝負下着で出陣とは・・・。長谷部でなくとも滾る。審神者の尻肉に食い込む長谷部の手が美しすぎて辛い。って,ズボンが破れてソックスガーターがっ!!

(ああ,忠犬先生!貴方というお方はっ!そうですか,そうですか!忠犬先生は私を殺そうとしていらっしゃると!どうぞ殺して下さい!私は,このTバックとソックスガーターで死ねます!!)

号泣しながら無事に応募を済ませた私は,漫画売場を偵察し始めた。あるじの漫画は,相変わらず平積みされ大人気だ。私は密かに,あるじは4人の審神者が描いているのではないかと思っている。演練で会ってるのかもと思うとドキドキだ。
しかし,あんな格好いい長谷部は実在するのだろうか。腰を圧し斬る殺し文句の連続。主バカと言われればそれまでだが,うちの長谷部も相当格好いいはず。

(そう言えば,長谷部にも“抜き身の刀”だなんだと言われたな・・・)

燭台切や薬研もおかしかったし,長谷部にも異常が生じていたのだろう。異常で良かったとすら思う。あれが本気だとしたら,今頃,私の腰は圧し斬られて粉々に砕け散って消えている。

「おっ!“三×さし”の新刊かあ。」

“燭×さし”を数冊購入した後,“三×さし”の新刊を手に取った。“三×さし”を読む度に複雑な気持ちになる。出てくる三日月は,どれも決まって穏やかで優しい。うちの三日月のような本は一冊もない。需要があるわけないから当然だ。漫画の三日月だったら,こうして万屋に来ている時も優しいのだろう。

(『はっはっは。ここにいたのか。じじいは,主と離れてしまって寂しかったぞ☆』とか言っちゃったりして。)
「おい。こんな所で油を売っておったか。早う茶屋へ参るぞ。」
「・・・・・・・・・・・。」


茶屋は,細い路地を抜けた先にあった。高級感がある建物で席は全て個室だという。いつの間にこんな店が出来たのか。案内された部屋は,黒い格子の窓が一つあり,襖や天井は朱色をベースに蝶や牡丹の花が描かれていた。薄暗い部屋には,これまた派手な絵が施された提灯が一つ置かれているだけだった。何とも淫靡な雰囲気だ。
座席に座った三日月は,うんざりした様子で,甲冑を外して蒼い狩衣を肩から脱いで腰に引っかけ,白い襦袢一枚を纏う姿になった。己の狩衣についたあの女性審神者の香水の香りがよっぽど気に入らないらしい。本当に神経質で潔癖な刀である。
三日月は,脇息を引き寄せて肘を起き,パチンパチンと扇を鳴らし始めた。悔しいが死ぬ程美しい。

(・・・・・?)

艶やかな蝶が描かれた朱色の壁に耳を付けると,キャッキャ騒ぐ男女の声が聞こえた。良く聞くと聞き覚えのある声だ。誰だろうと反芻して,脳に答えが弾き出された。この女は,小狐丸の件で猛クレームを付けてきた審神者だ。そして,相手の男は私に始末書を書くよう説教してきた政府の役人ではないか。
こいつら,デキてやがったのか!しかも審神者は現世に夫と子がいるはずだ。“私はそんな子育てはしていない”とか偉そうに説教してきたからだ。

「三日月!隣にいるヤツら,警部の件の審神者と政府の役人だよ!不倫してやがった!嵌められたんだよ!警部に報告しに行かなきゃ!!警部が言う通り,"つまらぬさにわ”だったんだよ!!神通力で片付けて貰わないとっ!!」
「ほう。脅す材料が出来たな。よきかな,よきかな。・・・が,俺はまだ嵌めてはおらぬぞ?」

パチンと扇を勢い良く閉じた三日月は,壁に手を付いて壁に耳を付ける私に覆いかぶさってきた。何だか嫌な予感しかしない。ここってまさか。と怖々呟くと,彼は本日初の笑みを見せた。

「俺達が気持ち良いことをする場所だ。」

15 焼け爛れた境界線A



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