本丸には日本酒が豊富にあった。何でも,神様はお酒が好きなんだとか。折角なので,稲荷寿司をつまみに親睦会を行うことにした。
「所詮ワタクシなど歯車の一つ。安月給に超過勤務にパワハラは当たり前。法律はワタクシを守ってやくれませんよ!・・・・ヒッ。」
酒の存在が手伝って,私達はすっかり仲良くなった。後輩が使えない,上司のパワハラ,妖怪ウォ○チのネコより自分の方がイケてる酒に飲まれたこんのすけの愚痴はとどまることを知らない。なるほど,管狐の世界も世知辛いらしい。
「あれ,そろそろ時間だっけ?」
「あーそう言えば。何だか,面倒くさくなってきましたねえ。」
鍛刀!鍛刀!とあれだけ張り切っていたのに,この管狐はもうどうでも良くなったらしい。1人と1匹は重い腰を上げ,鍛錬場へ向かった。鍛錬場へ向かう途中,千鳥足のこんのすけがこんなことを言った。
「初期刀と審神者は,互いに一番繋がりの深い関係になると言われています。ずっと支え合うのですから。審神者様が良き刀と巡り合いますように。」
鍛錬場へ入るや否や,息を呑んだ。鋭利な刃からは青白い光が滴り,艶めかしい曲線を描く。"完成された美”がそこにはあった。刀の形や放つ光の色は,まるで蒼い夜空に浮かぶ三日月のよう。美しいとはこのことだという確信を得られた感動と同時に,鍛刀できた喜びが湧き上がる。審神者として最低限の働きができたのであるから。目に涙の膜が張ると,刀はより一層光を放っているように見える。
この刀の名前は知らないが,初めて出会ったのがこの刀で良かった。
「・・・ああ,何とこの刀が・・・。審神者様,これはとんでもないことですよ!!」
「今夜は綺麗な月夜だから,庭でお迎えしようかな。この刀は月のように美しいから。」
刃に直接手が触れぬよう装束の袖で手のひらを覆い,そっと手にとった。慎重に庭へ持ち出し,恭しく刀を頭上に掲げ月にかざすとーーーーーー
「三日月宗近。打ち除けが多い故,三日月と呼ばれる。よろしくたのむ。」
突然,月を背にした美丈夫が目の前に現れた。蒼い狩衣が月夜に溶けていくよう。人の形を成した彼は,刀と同様に艶めかしく美しかった。まだ桜には早い時期なのに,美しい彼の周りには桜の花びらが飛び交う。目にはとろけるような笑みを浮かべているが,なぜか射貫かれてるように感じた。
「ーーー三日月様,願いをお聞き届け下さりまして誠にありがとうございます。この身が果てるまで,大事に致します。」
「ははは,そう堅苦しくするな。三日月でよい。しかし,我が主は,俺が月のように美しいなどと雅なことを言ってくれる。」
嬉しく思うぞ。と言うと,三日月は,私の腕を引き寄せて自身の懐に引き入れた。とっさのことで彼の本体を落としてしまったが,彼は意に介さない。
「なあ。俺が欲しくて仕方なかったのだろう?しかも,主の初めての相手ときたものだ。じじいも本気になるぞ。」
三日月の懐に引き込まれた後,顎を持ち上げられ見上げるような姿勢で視線を交わす。もう一つの月が浮かぶ瞳の奧には,チリチリとした炎が見えた気がした。桜吹雪の中,月がどんどん近づき視界が零になる直前,彼は言った。
「今度は,俺の願いを聞き届けてもらおうか」
02 春の夜の夢