「やめたほうがいいと僕は思う。腰巻き型のちょこなんて格好つかないよ。可愛くはーと型のちょこにしたら?」
「やっぱり・・・」

なまえは,燭台切に相談を持ち掛けていた。彼は内心呆れてはいたが,大事な主のために真剣に相談に乗っていた。燭台切は,なまえの頭をポンポンと優しく撫でて後ろから抱き締めた。そして,形の良い唇をなまえの耳元に寄せて囁いた。

「何だか妬けちゃうな。僕もちょこ欲しい。主のこと,ぐずぐずに溶かして全部綺麗に食べてあげるからね?」

去り際に燭台切は,なまえの髪にキスを落とした。この後,なまえの腰が砕け散ったのは言うまでもない。


「なぜ俺が行かなければならない!?この刃は,今代の主のためだけにあるのだぞ!!他の審神者に媚びを売るような真似など出来るか!」
「同士よ,落ち着きなさい。貴方わかってませんね。我々あるじは,婦人からの熱い支持で成り立っているのですよ?ばれんたいんいべんととして署名会をやるのは,大事なふぁんさーびすなのです。」

怒り狂う長谷部を冷静に宥めるこんのすけ。どうやら,長谷部は,バレンタインイベントにサイン会をやるようだ。加州が,紅い瞳をギラつかせて長谷部に食ってかかる。

「ここの所,主が毎日徹夜で鬼のように仕事してるのわかってる?あるじの署名会に行くためだよ。長谷部が行かなかったら,たぶん主死ぬよ。それでもいいわけ?主の愛を裏切るの??長谷部のくせに!」
「くっ!それは・・・」
「変装すればバレないって。俺達もきちんと援護するから!主にだけ丁寧に接すればいいよ。俺だって他の審神者なんか興味ないし。」


万屋の前に連なる長蛇の列の最後尾になまえはいた。おめかししたせいで遅れを取ってしまったのだ。なまえは,この日のために買った藤色の着物に身を包み,メイクはいつもの2倍も時間を掛けた。手には色紙と,この日会いに来たお目当ての人に渡すためのチョコを持っている。なまえの手作りだ。燭台切にはやめろと言われたが,なまえは諦めきれずこっそりとTバック型のチョコを1つだけ忍ばせた。勿論,色は赤だ。
長蛇の列は,なまえと同様,女性審神者で構成されていた。皆,キャッキャとお目当ての人に会えるのを楽しみにしている。

(緊張してきた・・・。忠犬先生って一体どんな方なんだろう。)

サイン会が始まり,会場へと案内された。遠目に見えた忠犬先生はどうやら男のようだ。彼が描く漫画の主人公である長谷部と同じ煤色の髪。きっちりと上品な和服を着込み,淡々とサインや写真撮影に応じている。中には抱きつくファンもいたが,紳士的に対応している。こんのすけ柄の仮面が付けられているため,残念ながら顔を見ることはできない。

(忠犬先生は,審神者だったんだ!!!)

列をなす女性審神者達もこぞって色めき立つ。自分達の仲間に憧れの忠犬先生がいると知れば無理もない。なまえもすっかり見惚れていた。顔は見えなくとも,絶対にいい男だと本能が告げている。高鳴る鼓動を抑えきれない。自分の順番が回ってくるのをドキドキしながら待ちわびた。


「あっ!主,可愛い〜!!あんなにおめかししちゃって。やっぱり主が一番!他の審神者がブスばっかだから余計目立つね♪」
「これは国が傾きますな。同士は大丈夫でしょうか?抱きつく醜女らを圧し斬らないか,ワタクシは心配ですぞ。」
「大丈夫!本体はしっかり預かってるばい!主,よかおなごね−!」

忠犬先生をサポートすべく,舞台裏からこんのすけらが様子を窺っていた。自分の主人を絶賛し,他のファンを扱き下ろしていることに全く気がついていない。言いたい放題である。


次第になまえの順番が近づいてきた。なまえは,こっそりと鏡で口紅がよれていないかを確認した。この口紅も今日のために買った。爛れた関係の刀がいても,なまえにはしっかり乙女心があったのである。

「忠犬先生っ!私を抱いて〜っっ!!!!」

なまえの前にいた女性審神者が号泣しながら抱きつく。あろうことか,忠犬先生にキスしようとしているではないか。彼は,へばり付いた女性審神者を引き剥がしサインに応じた。ふと見ると,彼の横にはチョコの山が出来上がっている。なまえは,自分のチョコを受け入れて貰えるか不安になる。そうこうしていると,ついになまえの番が回ってきてしまった。

「忠犬,先生・・・。今日は,あの,お会いできて光栄です・・。ご免なさい,緊張しちゃって。」
「・・・っ,ありがとうございます。緊張なさらないで。」
(主っ!!!俺です,長谷部ですよ!!ああっ!何とお美しいのですかっ!)

目の前に忠犬先生は,気品のある佇まいをしていた。袖から出る手は血管が浮き出て実に色っぽい。なまえは,己が生娘をとうに卒業した身であることを忘れ,生娘のようにときめいた。

「お着物素敵ですね。藤色がとても良くお似合いです・・・」
(主,それは俺の色ですね?俺の色に染まりたいと!?ああっ!いくらでも染めて差し上げますよ!)
「えっ!あ,ありがとうございます。先生もお着物とても良くお似合いです。すっかり見惚れてしまいました。」

頬を赤らめ俯くなまえ。本丸では絶対に見ることのできない表情だ。ぽってりとした唇はツヤを纏い,男を誘う武器と化している。忠犬先生,もとい長谷部はもう折れても良いと思った。なまえから差し出された色紙に涙ながらにサインをする。

「先生。これ,私が作ったチョコです。受け取って頂けますか?他の先生方の分も作ったので,お渡し頂けたら・・・」
「・・・・・・。ありがとうございます。必ず渡しますね。」
(夜鍋して作っていらしたのは俺へのちょこだったのですねっ!ああっ主!主の思い遣りが,身に沁みます!)


「主っ!やっぱり俺達のこと愛してくれてたんだねっ!嬉しいよ主!やっぱり他のブス共とは全然違う!」
「・・・心が洗われますなあ。同士もさぞ癒やされていることでしょう。醜女らに散々引っ付かれたのですから。」
「こら嬉しかねー!」

まさかサイン会に登場しない自分達の分までチョコが用意されていたとは思いもせず,こんのすけらは感無量だった。それが余計に他の審神者への攻撃の度合いを高めていく。

「先生・・。お写真よろしいでしょうか?」
「・・・もちろん。」
(主,この長谷部一生のお願いです。撮った写真を俺にも下さい,絶対下さい。)

なまえは,万屋の店員にカメラを渡した。並んでみると,忠犬先生は背が高く和服越しでも男を感じさせる体だ。香の良い香りもする。他のファンが抱きつきたくなる気持ちは非常にわかる,痛いほど。
こんなチャンスは二度とない。なまえは,生娘をとうに卒業したその知識と経験を総動員し勝負に出た。
こちらを見下ろす忠犬先生の仮面をじっと見た後,ほうっと小さな溜息をついてその厚い胸板に手を当てる。そして,ゆっくり体を預けるように胸板にもたれ掛かった。丹念に仕上げた睫毛がふるふると揺れる。

「私のことも・・抱いて下さい。先生に抱かれた思い出が欲しいのです。・・・いけませんか?」

最後にもう一度,忠犬先生を見上げた。すると,彼の仮面がどんどん近づいてくるではないか。なまえは勝利を確信した。なまえは,誘うように忠犬先生の首に触れる。
触れた直後,仮面越しのキスが唇に落とされた。

「「「これは売れるっ!!!」」」

バレンタインデーキス



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