「あの目見たか?うちの光坊ときたら随分と生意気だ。」

鶴丸は,こきこきと首を鳴らしながら障子を見遣った。大きな金色の瞳が不気味に光る。盃を傾けていた鶯丸が,愉快そうに口元を歪めた。

「"貴方は美しいが冷淡だ”,か。天下五剣が手こずっているとは僥倖だ。」
「・・あれは,俺でなくとも手こずる。」

鶯丸が言っているのは,三日月がなまえに贈った着物に描かれた蒼い紫陽花の花言葉だ。三日月は,目敏い奴め。と内心悪態をついた。

「三日月って初期刀でしょ?随分とちんたらしてるね。僕が,すぱすぱーっと咥え込ませちゃうよ?」
「兄者!主は鬼とは違うのだぞ!?それに,三日月から手順を踏まねばならぬと教わったばかりではないか!」
「千年も刀やってるとねぇ・・・大抵のことはどうでもよくなってくるんだよね」

髭切は,千年も刀やってる男しかいない場で説得力がなさすぎる台詞をしれっと吐いた。そして,手をひらひらさせて噛みつく膝丸を軽くあしらう。

「主にはああ言ったが・・一番の驚きは,"あれ”だよな?」

鶴丸が金色の瞳を細めて,意味ありげに皆を見る。三日月以外の男士は,くつくつと笑いを噛み殺した。

「あれには驚いた驚いた。初出陣で派手にやらかして手入れ部屋に入れられて。泣きそうな顔で刃の手入れをされて,何だかむず痒い感じはしたんだけどな。血で汚れた鞘や柄の金具まで擦られた時の感覚。・・わかるだろう?」
「毎回のことだが,あれは堪らんな。主が鍛刀嫌いで良かったと心底思う。今ある刀への愛着が溢れ出る,あの霊気を当てられた時の快感。茶が進んで仕方ない。」
「うんうん。名前はど忘れしたけど弟なんか,主に手入れされた後は,毎回厠に閉じこもるんだから。あんなに熱心に擦られたら,ね?主が潔癖症で良かったね。」
「あ,あ,兄者!膝丸だっ!それと,ぷらいばしーの侵害だぞ!!」

恍惚の表情で語る彼らを横目で見て,三日月は溜息をついた。彼らが語るのは,なまえの手入れについてだ。彼自身,彼女に手入れをされた時の感覚は,筆舌に尽くしがたいと思っている。自分という刀だけに向けられた愛情が,本体を通じて直接流れ込んでくるあの快感。余所の自分にそれとなく聞いて回ったが,どうやらうちの本丸だけのものらしい。
なまえは,鍛刀出来なくなったトラウマから,殊の外,今ある刀の手入れを大事にしていた。潔癖症も手伝って,鞘や柄に付いた汚れを完全に拭い去るまで手入れを終わらせない。また,刃に僅かな曇りがないかを確認するため,定期的にチェックすることも怠らなかった。

(まあ,俺のせいなのだが・・・)

トラウマの元凶である三日月は,自分以外の刀もあの快感を味わっていることが不快で仕方なかった。手入れを終え悦楽の表情を浮かべる刀を見ると,折りたくなる衝動に駆られる。しかし,あれがあるからこそ,癖が強すぎる刀達がなまえを慕っていることも事実。
手入れで味わう快感は,なまえとの情交に似ていた。閨での彼女は愛だの恋だの囁かない。唇を噛みしめて啼く,言葉など要らないあの瞬間に似ているからこそ,不快で仕方なかった。

「粟田口の短刀に聞いたんだが,あそこの長男,弟達の真似をして『貧血持ちだ』と言って膝枕で手入れを受けてるらしいぞ。ろいやる面して驚きだろ!?」

驚き好きに加えて,平安紳士らしく噂話好きの鶴丸の口は止まらない。盃を片手に身を乗り出して話し始めた。

「実は俺も試した。仰向けに寝て主の膝の上に頭を乗せると,俺の本体を弄る度に豊満な乳がゆさゆさと揺れるのが見える。あれを見ながら霊気が入って来るのを味わうのはオツなもんだ。粟田口の短刀は,何とかして長男と主をくっつけようとしているぞ。数の力だって息巻いてたからな。」

鶴丸の話を聞いた髭切は,ただでさえ大きい瞳を更に見開いた。隣の膝丸は口をあんぐりと開けている。

「主の膝枕良いよねえ。あれを味わったら主しか抱けないよ。まずいな,僕には弟が1振しかいないよ。うん,粟田口をすぱすぱ斬ってしまおう!」
「兄者!主に膝枕をさせていたのか?何故俺に教えてくれなかった!?卑怯なのは兄者だぞ!」

真顔の鶯丸が,ちょっと待ってくれ。と,右手の掌を皆に見せた。

「俺は主に頭を撫でるよう頼み,目眩の振りをして乳に顔を埋めたぞ。あれはなかなか楽しい。しかしだな,数の力でいったら俺は不利だ。唯一の兄弟である大包平がいないのだ。やはり,主を啼かせてでも探しに行くぞ。よし,俺の白べるとを主の首輪にして・・」

呆れた顔をした鶴丸が,待て待て。と,鶯丸の真似をして右手の掌を皆に見せた。

「そんな事を言ったら,兄弟がいない俺はどうする?懇意にしてたはずの光坊があれだ。今すぐ穴に落として仕込んじまうか!三日月は兄弟がいて良いよな。」
「・・今剣と石切丸に浄化されそうになっているのにどこが良いのだ。小狐丸は,隙あらば主の閨に潜り込もうとしているぞ。」

三日月は,全く表情を変えない己をこれほど良いと思った日はない。現在,腹わたが煮えくり返ってどうにもならない状況なのだ。他の男士が手入れの際に,なまえに膝枕などをして貰っているという話は初耳だったからだ。

(なまえのやつ!)

当然,彼は一度もなかった。どこが汚れているか指摘しながら,なまえが目を皿にして手入れをするのを満足気に眺めていただけ。お互いの潔癖症が裏目に出たとは。眺めるだけで満足していた自分にも腹が立つ。
彼は,向上心の高さを自負していた。情報化社会に対応しようと様々な事柄にアンテナを張っていたし,なまえとの情事のために現代の閨事の研究も欠かさない。ある日,なまえがぼそりと"向上心の高さだけは尊敬する”と言った。俺が抱く女の目は腐っていなかったと安堵したものだ。

(面倒な奴らに目を付けられおって・・・)

まさか,己が一番遅れを取っていたとは夢にも思わず,厚かましすぎる上に気位が高すぎる天下五剣の腹わたは沸騰寸前だ。閨で組み敷いて弄くり回しているといった不都合な事実は,頭からすっぽり抜け落ちていた。

「ここの奴らは,揃いも揃って驚きの腹黒さだ。この事を誰も主に言っていないだろう?可愛いふりした短刀だって,忠臣面した長谷部だって,みーんな本当は舌なめずりして主を堕とそうとしてるんだからな。」

鶴丸の顔に,なまえが新雪のように白くて綺麗と喩えた笑みはない。ぎらぎらと光りながらもどこか仄暗さを秘めた金色は,彼女には決して見せることのない彼の本性だ。

「主,早く帰ってこないかな?ここで咥え込ませるつもりなんだけど。」
「ここで,とは!?兄者は,主を皆と共有するつもりでいたのか!?」
「大丈夫大丈夫。源氏物語の浮舟だって,薫と匂宮に挟まれていただろう?何人増えようが教育内容は同じ。あの子はね,うんと育つよ。源氏の重宝の僕の勘。」
「いいものじゃないか。皆で囲うのも。俺も参加しよう。他人がなんて言うかなんかどうでもいい。」
「俺も乗った!皆で仕込むのもオツだな。」

三日月はふと思った。なまえはどんな気持ちで自分に抱かれているのかと。彼女は知っているはずだ。騙されて真名も体も捧げてしまったことを。なぜなら,あの日,こんのすけとの会話中に彼女の気配を感じたから。あの日以降,自分に向けられる警戒心も事実を知ってのことだろう。では,惚れた弱みかと言えばそうではない。なまえから恋心を打ち明けられたことも,恋仲になろうと求められたこともないのだ。

(愛と執着は違う,か・・・)

唯一本心を知れたのは,"好きでもないのに抱くのは不毛だ”というあの言葉だけ。なまえは,互いの気持ちを確認することを避けているようだ。しかしそれは彼も同じ。後朝の文を送ってはいるが。
人の女とは,男から好きだの愛だの囁かれることを好むと知識として知っている。なまえも同じなのだろうか。この本丸の刀達は幾らでも愛を囁くだろう。その時,なまえは体を開いてしまうのだろうか。
確かな事は,なまえとは憐れな女だという事。三日月に騙され,真名を取られて抱かれた。美しい皮を被った獣のような付喪神達が,虎視眈々と自らのもとへ堕ちてくるのを待っている。この本丸は,彼女の城でもあり,彼女を永久に閉じ込める箱庭なのだ。

(・・・俺だけのものだ)

泣き喚こうが何しようが,三日月は,なまえを手放してやる気など一切ない。あの日手に入れた,己だけのものなのだから。ただ,他の男に翻弄される様を見てみたいという欲もある。理性と快楽の狭間で啼き濡れるあの体に溺れた男の前で,お前は俺のものだとなまえを抱き潰してやりたい。なまえが顕現させた三日月宗近とは,この本丸で最も歪な感情を持った美しい皮を被る獣なのだ。

「お待たせ。ピーポ君のクッキー出来たよ!1つだけスーパーピーポ君が入ってます。見つけた者には褒美をあげよう!」

何も知らないなまえが,手くずねを引く獣の集いに戻ってきた。彼らは一斉に,なまえが愛してくれる美しい笑みを獣の顔に貼り付けた。

「「「「「   お帰り。  」」」」」

19 嘘つきの箱庭B



戻る