「主,これを首に装備してくれ。」

鶯丸は,なまえの首にするりと指を滑らせた。チャリンと鈴を転がした音がする。不審に思ったなまえは,袋から手鏡を取り出して首の状態を確認した。毛穴という毛穴から嫌な汗が吹き出す。

「こ,れ・・・」
「装備品だ。万屋で作らせた特別なものでな。俺のこれと揃いだ。はは,愛らしいぞ。青い達磨のようだ。」
「それって,ドラ・・」

鶯丸は自分の名と同じ色の瞳を細めながら,トントンと腰に巻かれた白いベルトを指で叩く。なまえは早速,鶯丸と探索に出たことを激しく後悔した。彼女の首に巻かれた白ベルトと同じ白革の首輪。首輪の中心には金色の鈴が,でんと構えている。何が目的なのか。青い達磨が誉め言葉になると思っているのか。主人に首輪を付ける男士など,この鶯丸を置いて他にいないだろう。探索開始早々,強すぎる癖が猛威をふるう。

「燭台切が持たせてくれた飯を食おう。もう宿の手配をするか。茶を飲みながら食えるからな。」
「私,そっちの趣味ないんだよね・・・。念のため,何が目的で付けたのか教えてくれる?」
「拝命できかねる。行くぞ。」

鍛刀や出陣等の際には徹底的にリサーチを行うなまえ。しかし,今回は出来ていない。鶯丸が秘密裏に申請していたため,機会がなかったのだ。何度も大包平に関する情報提供を求めたが,何とかなるというだけ。鶯丸という刀は,聞いてもいないのに大包平の話をペラペラ喋るはず。しかし,なまえの本丸の鶯丸は一切話さない。ここでも,彼は癖の強さを発揮していた。

(情報がないのにどうやって大包平を探すのよ・・そもそもいるの?)

栄えた町中を歩いていると,一際豪華な宿を見つけた。鶯丸は躊躇うことなく,暖簾を掻き分け入っていく。慌てて中に入ると,彼はもう宿泊の手続を終えていた。案内された部屋は,離れの建物丸ごと1棟だった。茶室や露天風呂が完備されたそこ。潔癖症のなまえは,衛生状態の良さに安堵した。今回の遠征で一番気にしていた事柄だからである。しかし,政府から実費を支給されたとはいえ,あまりの豪華さに財布の中身が気になった。

「凄く豪華・・。もしかして,気を使わせちゃった?」
「安全確保のため,一定以上の質を備えた宿への宿泊は義務だった。ま,たまにはのんびりするといいさ。この宿は俺にとっても好都合だ。必要な設備が整っているからな。」
「良く飛び込みで泊まれたね。ところで必要な設備って?」
「『身分を明かせない二人の愛の逃避行』だと言ったら,すんなり案内して貰えた。」

なまえは首に掛けられた極お守りをぎゅっと握った。"どうか,この強すぎる癖からお守り下さい。”と念じながら。一方,鶯丸は大きな袋をガサガサ漁ると,色とりどりの茶筒をなまえの目前に並べて姿勢を正した。

「君と完全なる茶を完成させたい。」


鶯丸が必要としていた設備ーー茶室の中。期待に鶯色の瞳を輝かせる鶯丸と,白い首輪と極お守りの首飾りを装備した猟奇的にダサいなまえが,膝をつき合わせて向かい合う。

「三日月と完全なる茶を追求していたことがあったそうだな。」
「・・あいつの自己満足に付き合わされただけだから。」
「主が煎れてくれた茶を初めて飲んだ時は驚いた。こんな美味いものがあるのかと。茶屋で茶を飲んだ時は更に驚いた。やはり,主が煎れた茶は美味いのだと。俺が人の身を手に入れたのは,君が煎れた茶を飲むためだったのだ。」
「そんな,大袈裟な・・・」

ここまで褒められて良い気がしないわけがない。不本意な努力だったが,一応なまえの努力が認められたのだから。社畜は努力を認められることに弱い生き物。それに,"男士平等”をモットーとするなまえにとって,三日月とはやったのに鶯丸とはやらないというのは道理が通らない。語弊がある言い方ではあるが。

「三日月は追求する程度で満足する生半可な奴だが俺は違う。俺は完成させたいのだ。道は険しいが,この獣道を共に歩むと俺の手を取って欲しい。」
「・・・っ!あいつとの研究も相当厳しかったけど,それを超えるってこと!?・・よしっ,とことんやるか!!」
「流石は俺が見込んだ女だ。それでは始めようか。」

なまえとガッチリ握手した鶯丸は口角を上げると,大きな袋から取り出したノートを手渡した。


「玉露はね,一煎目はコクを楽しんで,二煎目はまろやかさを楽しむって言われてる。基本的には,お湯の温度は煎れる毎に上げていくの。茶葉の量はお好みで。」
「これはこれは。この玉露の茶葉はどうした?」
「余所の鶯丸から貰った物だけど?もしかしたら飲むかもと思って持って来たの。」

燭台切お手製の重箱をつつきながら,なまえと鶯丸は研究に没頭した。大好物の梅干し入りお握りを頬張るなまえ。茶室の畳に這いつくばって,秤で茶葉の重さを量ると,耳に挟んでいたペンでノートに何やら書き込む。社畜根性が災いして研究に没頭する余り,遠征の本来の目的は忘却の彼方へと消えた。鶯丸は,余所の自分が贈った金色の袋に入った茶葉を手に取ると,目を鋭くした。

「最も入手困難な最高級の玉露だぞ。・・ほう?一騎打ちか。引き受けたッ!」

なまえは,鶯丸の癖の強さを相当警戒していた。先のじじい太刀の茶会でも痛感したし,現在進行形で痛感している。しかし,飄々としている彼にも可愛い所があって微笑ましかった。手入れ部屋で頭を撫でろと甘えたり。なまえは,彼にもプライドがあるだろうからと皆には内緒にしていた。

(へへっ。私しか知らない鶯丸の可愛い所が増えたな。)

先の茶会で,鶯丸が頭を撫でるよう頼んだ魂胆を得意気に暴露していた事など知らないなまえ。鶯丸もご多分に漏れず,狡猾という平安じじい太刀の特徴を装備していた。まんまと彼の策に嵌まった憐れななまえ。

「茶菓子が必要だ。茶菓子がある場合の完全なる茶も完成させなくては。」
「それはそうだけど。この辺に甘味売っている店あるの?」
「ここには厨もあるのだから作ればいいさ。俺はどら焼きが食べたい。」

青い達磨とどら焼き。苦笑いを浮かべたなまえは,一瞬だけ自分の首輪に触れた。


「ちょっと待ってよ!!これは流石にどうかと・・・」
「愛の逃避行だからな。まあよろしく頼む。」
「頼むって・・何を。」

夕餉を取り,露天風呂で研究の疲れを洗い流して部屋に戻ると,仲居から閨の準備が整ったと言われた。ピタリとくっ付けられた布団が2組。枕元には,ご丁寧にちり紙と屑籠まで用意されている。慌てて布団を引き離すなまえを余所に,浴衣姿の鶯丸は大きな袋をガサガサ漁っていた。

「主,月の物は来たか?」
「え?いや,来てないけど・・・」

そうか。と言うと,鶯丸はまた袋を漁りだす。いきなりの質問に驚いたが,体調を気遣ってくれているのだとなまえは判断した。

「湯浴みも済ませたし研究を再開しよう。その前に,獣道を共に歩む主に見て貰いたいものがある。俺の宝だ。」

艶のある笑みを浮かべた鶯丸は,抹茶色のポケット式のクリアファイルを差し出した。自分にお宝を見せようと,態々持って来てくれた彼の無邪気さを嬉しく思った。しかし,表紙を捲った瞬間,なまえは絶望の底へ叩き付けられる。

「・・・な,ぜ・・・・」
「やれやれ。ちょっと刺激が強かったかな?」
「・・・こんな物。というか,どうして白ベルト・・・」
「ああ。俺が勝手に描き加えた。それがあるとな,ぐっと臨場感が増してイイんだ。どう見ても,俺が君の乳を吸っているようにしか見えないだろう?」

鶯丸の宝とは,あの忌々しき三日月作の鶯春画だったのだ。しかし,なまえが驚いたのはそこではない。彼の宝には,原作にはあるはずのない物が描き加えられていたのだ。そう,下ぶくれマロ眉女の乳首を啄む鶯の胴に白ベルトが巻かれていたのである。

「俺がって・・。鳥がベルト巻いてるっておかしいでしょう・・・?」
「ん?そうか?」

どう考えでもおかしいのだが,鶯丸はピンと来ていないようだ。彼はページを捲ると,クリアファイルをまた差し出してきた。

「何なの・・これ,嘘・・上手い,」
「イイだろう?これも俺が勝手に書き加えた。どう見ても,君が俺の・・・な?」

三日月の最新作だった。だが,女の鉢巻きと下着は鶯色に塗り潰され,女の舌が這う刀は鶯丸の本体に変わっていた。三日月と同様,そのハイレベルな画力を漫画オタクのなまえも認めざるを得ない。しかし,自分好みの春画にしようという執念はどこから来るのか。常軌を逸している。

「内緒だぞ?」

鶯丸は,人差し指の先を唇に付け,長い前髪から覗く瞳を閉じてウインクした。腰が砕ける様な色気。しかしだ。彼にとって最も内緒にしなければならないのはなまえのはず。"アレンジした春画でお前をおかずにヌイてる”と本人に正々堂々宣言しておいて,一体誰に内緒にしろというのだろうか。

(なまえ,今こそ平常心だ。とにかく研究の続きをしよう・・・)

この状況に追い込まれても,なまえは研究を続ける気でいた。なまえの社畜根性は病の領域に入っていると言って良い。しかし,だからこそ決して腐ることなく,あの三日月との生活で,鉄クズだけを作る鍛刀を続けてこられたのだ。なまえの社畜根性は,時に彼女を苦しめ,時に彼女の涙を拭って寄り添ってきた。

「これでもう,主は俺の握り飯をぺっ,とはできんぞ?」

徹頭徹尾,何を言っているのかわからない。なまえは深い溜息を付く。鶯丸が付けた首輪の鈴がチリンと鳴った。

茶と大包平への道は1日にしてならずA



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