「主っっっ!!!俺は腹を召します。いや,いっそのこと刀解して下さい。」
「・・・朝からどうしたの・・・」
朝餉中に切腹だ刀解だなどと騒ぎたてるこの男の名は,へし切長谷部。この世の終わりのような顔をした長谷部は,自身の本体と底にカエルが描かれたがま口を置いた。空っぽのがま口からは,無邪気なカエルの笑顔が見える。
「俺は,命に代えてでも財布を守り抜くようを主命を拝命しました。しかし,ーーー守れませんでした。よって,この命で償います。」
論理の飛躍が甚だしいが,"主命=命”の長谷部とはこういう男(刀)である。
「刀解は絶対しないし,切腹も許さない。長谷部はさ,死にたくなるほど私に仕えるのが嫌なわけ?忠義を尽くしてくれてるって思ってたけど,案外簡単に捨てるんだね・・・」
嘘くささ全開の泣き真似をしながら,ボリリとたくあんにかじり付いた。
「・・・!!!ああ,主っっっ〜!!!!この長谷部,頭の先からつま先まで貴方への忠義で出来ておりますぅぅぅ!!!」
ーーーお前,刀だろ。ご乱心召された長谷部を落ち着かせ,聞き取った説明はこうだ。"財布係”の職務を全うする長谷部は,“ある者”に財布をすっからかんにされたらしい。
「ヤツに『寝起きは玄米茶,食中は番茶,食後はほうじ茶,甘味には玉露か抹茶と決まっておる。しかし,安物はじじいの口に合わなくてなあ。なに,主には了承をとってる故,ちと財布を貸せ。』と言われ,財布を預けてしまいました・・・。」
「・・・・・。」
長谷部の私に対する盲信を逆手に,好き放題やる“ある者”。この前は甘味で長谷部は同じように騙されたはず。長谷部,しっかりしてくれよ。
「あの,主。俺,内職を始めようかなと。勿論,主命は全力で果たします。趣味と実益を兼ねたもので,困った時は家計の足しになるかなと・・・。」
「バカだなあ,長谷部は。やりたいことがあるなら応援するよ!家計のことは,私が何とかするからさ。何も気にせず趣味としてやりなさい。」
長谷部に趣味が出来たなんて嬉しいと言って,頭を撫でる。サラサラの髪が気持ちいい。あるじぃぃぃぃ・・・と涙目で私を見上げる長谷部は,犬よりも犬っぽい。
(こんのすけ"様”に,伏見の酒でも献上して土下座しよう。私の安すぎる土下座で政府からいくら引っ張れるかわからないが,土下座はタダだし。)
ペシッ!
突然,長谷部の頭を撫でる右手に鋭い痛みが走る。
「誰彼構わず男に触れるとは,主はよほど男に飢えているようだ。」
「・・・飢えてません。三日月のせいで,今月大ピンチなんですけど。節約のため,ペットボトルのお茶をなるべく飲んでって言ったよね?」
「あなや。主は本気で,あのような色を付けたにすぎない水を天下五剣に飲ませるつもりか?」
「なるべくって言ってるでしょ?毎月,三日月の茶葉代と甘味代が家計を圧迫してるんですけど。」
「主は酷い女子よなあ。茶と甘味はじじいの数少ない楽しみだぞ?あの頃は,俺が欲しいとねだって,啼いて,乞うたくせに。他に男が出来たら,茶をやるのも惜しむほどじじいは用済みというわけか。あな口惜しや。」
優雅に扇で口を隠す様は平安貴族そのものだが,いかんせん目つきが凶悪すぎる。パンと閉じた扇の先で私の顎に触れ,私の目をのぞき込む三日月。
「主。俺は,他の男とのすきんしっぷを許した覚えはないんだがな。男が欲しければ,今宵俺を閨に呼べ。伽もじじいの楽しみの一つだぞ?」
にっこりと音がしそうな笑みを置き土産に去って行く三日月。圧し斬る〜!!と長谷部の発狂する声が本丸に響く。カラカラになった喉を潤すため,お茶を一含みした。
もの凄く苦いのに,もの凄く甘かった。
03 苦くて甘いお茶の味