「異常は生じないとこんのすけから聞いたはずだが?」
「髭切も膝丸も鶴丸も折れるって。長谷部はもう・・折れたって!」

宿に戻ったなまえ達は,早速どら焼き作りを始めた。餡は買ったので生地を焼くだけ。茶葉を量っていた鶯丸は大きな溜息をついた。

「長谷部が大袈裟なのはいつもの事だ。第一,折れたら口がきけるわけないだろう?・・・髭切達は何と?」
「手入れをしろって。あと,胸が何とかって・・。私の心臓と何か関係があるのかも!」
「・・・放っておけばいいさ。本当に折れるなら,政府に帰還を命じられているはずだ。」

あいつらめ。鶯丸は内心舌打ちをした。先のじじい太刀の茶会で,彼が得意気に話したことを髭切達は真似しようとしているのだ。ちらりとなまえを見ると,思い詰めた表情でどら焼きの生地を焼いている。男士は皆,彼女を"刀を駄目にする審神者”と影で言っているが,その通りだなと鶯丸は心底思った。

「何としても大包平を見つけないと!本当にいるのかな?さっき会った審神者の方に聞けば良かった!」
「・・主。仲良くやれそうか?」
「あの審神者の方と?三日月に恨みを持つ点では共通してるからね。真面目そうだし仲良くなれると思うよ。」

焼けた生地の間に餡を挟みながら話すなまえを見て,鶯丸は柔らかい笑みを浮かべた。


「俺は承服出来かねる。あれが茶だというのか?」

なまえ達は,夕餉で出された豪華な懐石料理に舌鼓を打っていた。話題は当然,茶について。三日月の寝起きに飲む茶が玄米茶であることを巡って,鶯丸が突然いきり立った。

「ごめん,私が勧めたんだよね。寝起きに煎茶を飲むと胸焼けがするっていうから・・・」
「君達は玄米茶が茶だというのか?」
「茶葉を使った物のみを茶だというなら玄米茶は茶ではないね。玄米は穀物だから,うん。三日月がどう考えてるのかは知らないけど。」

なまえの返答に大きく頷いた鶯丸は,鯛の刺身に箸を伸ばす。なまえは自分の返答が正解だったことに安堵した。

「三日月って,カレーには麦茶だって言うんだよ?冷やし緑茶を出したら,グチグチ文句言われたことがあってさ。緑茶の苦みとスパイスは,ジャンケンで言うとチョキ同士なんだって。意味不明でしょ?」
「やれやれ・・本当に生半可な奴だな。麦茶も茶ではないだろうが!ちなみに,俺は烏龍茶だ。」
「え。中国茶なんだ・・」


夕餉後,茶の研究を再開する前になまえは湯に浸かっていた。露天風呂から見上げる夜空に瞬く幾千の星が男士達の笑顔に見える。彼らの下心に全く気がつかない彼女の胸は,今にも張り裂けそうだった。

「しゃんぷーしてくれ。」

びくりと肩をふるわせたなまえが振り返ると,腰にバスタオルを巻いた鶯丸が立っていた。湯煙の中に佇む均整の取れた美しい体。所謂,細マッチョ。意外にも広い肩幅。バスタオルは臍より下の際どい位置で巻かれ,腹斜筋のラインが見えている。兎に角エロすぎる。

「来ちゃだめ!!」
「顕現した頃,皆は主にしゃんぷーして貰っていたのに。そうか,主は俺が嫌いか・・・」
「えっ!鶯丸にシャンプーの仕方教えなかったっけ!?ごめん!!」
「うっ・・・,心配しないでも大丈夫」
「やります!やらせて下さい!!」

背を向けて差し出されたバスタオルを大急ぎで受け取り,露天風呂から飛び出るなまえ。シャンプーの仕方を教えて貰ってないなど大嘘だ。目の前の鏡に写るなまえの肢体。目を細めて眺める鶯丸の唇が弧を描いた。


明日は帰還する日なのに,肝心の大包平の消息は掴めない。それにもかかわらず,目の前の鶯丸は茶の事ばかりで大包平の話は一切しないのだ。何の為に政府へ申請したのか,なまえは不思議で仕方なかった。何故一緒の布団に入っていたのかも未だ聞けず仕舞い。

「絶対に大包平見つけようね?お休み!」

この日も遅くまで続いた完全なる茶を完成を目指す研究。ひたすら励んだこともあり,相当な種類の茶葉について研究が進んだ。研究を通じ,なまえは,鶯丸が割とあっさりめを好むことを知る。明日は必ず大包平を見つけなければならない。決意を新たに目を閉じた。うつらうつらしていると,なまえの体が重みのある温かいものに包まれる。とても心地良い。しかし,耳にぬめる感触がした途端,なまえの意識は急速に引き戻された。

「な・・何,してるの」
「合理的な夜這いだ。月の物は来ていないか確認したし,愛の逃避行だからよろしく頼むと言ったぞ?」

癖が強すぎるにも程がある。さて一発という時に,"合理的な夜這い”などと女の股が乾く様なワードを持ち出すとは。夜這いするのでよろしく頼むという意味だったとは。

「待って。私達そういう関係じゃないし,・・三日月から手順を踏めって言われたでしょ?」

何が悲しくて,自分に無体を働くじじいの台詞を持ち出しているのか。そもそもなまえの台詞なのに。

「何を今更。宝を見せた仲だろう?安心して股を濡らせ。俺の握り飯しか食えん体にしてやる。」
「は!?」
「喜べ。具は梅干しだ。」
「まさか,梅と鶯・・・」

鶯丸は,なまえの足の間に腰を挟み込むと逃げられないように体勢を固定した。目を細め,ふにふにと指で彼女の唇を摘まむ。なまえは首を左右に激しく振った。チャリンチャリンと首輪の鈴が忙しなく鳴る。

「共寝をして今宵で2日目。明日本丸に戻ったら,燭台切に餅の用意を頼まねば。俺の計画通りだな。」
「待った!もしかして,2日目って昨日はヤッ・・」

意地の悪い笑みを浮かべた鶯丸。さあ?と言うと,なまえの首に顔を沈める。合わせの中に手を入れ鎖骨をするりと撫でると,何か呪文の様な言葉を呟いて首輪の鈴を指で弾こうとした。このままでは脳天に五寸釘がブチ込まれると思ったその時。庭から闇を切り裂くような大声が聞こえた。なまえは布団を飛び出し,庭に面した障子を開ける。

「おいお前!探したぞ!!俺を放っておくなんて,どうかしているのではないか!?」
「審神者さん,何で・・・どうして,ここに?」

昼間に会った赤髪の男が,ハンカチが巻かれた木箱と風呂敷を持って立っている。なまえに審神者さんと声を掛けられると,バツの悪そうな顔をした。

「何大声出してるんだ。耳が痛くて仕方ない。主,そこにいるのが大包平だ。」
「大包,平・・・嘘でしょ!?審神者だって!お茶だって!鶯丸,知ってて一緒にお茶したの!?」

なまえが絶叫するのも無理はない。自分が審神者だと信じてお茶をした男が,探していた大包平だったとは。こんな間抜けな話はないだろう。

「大包平が馬鹿やってそうだなーと思っていたが,ここまで馬鹿だとは。自分が審神者だと嘘を付くなんて。」
「バカと言う方がバカだ!!・・・名乗る機を逸しただけだ!」

なまえは,大包平との出会いの場面を思い出していた。そこである違和感に気づく。

「どうして顕現・・私は何も・・」
「・・いや,俺を顕現したのはお前だ。俺を頭の下に敷いて,早く来いと念じたではないか!!」
「あれで顕現しちゃったの!?何か,申し訳ございません・・」

大包平は,ハンカチが巻かれた木箱と風呂敷をむんずとなまえに突き出した。本体を枕にして寝転んだまま付喪神を降ろしてしまうとは。罰当たり極まりない行為だが,大包平は全く気にしていないようだ。

「本当に馬鹿だな。しかも空気を読めないときた。こんなの連れて帰らなくていいと思うがね。主,他の大包平を探そう。」
「おいっ!!!お前らは俺を探しに来たのではないのか!?皆もそれを望んでいるだろう?」
「そうだよ!皆,大包平を待ってるよ!鶯丸が一番待ってたんじゃないの!?」

なまえと大包平が大声を上げた。大包平の噛みつきの矛先は,鶯丸からなまえに移る。

「お前の本丸は一体どうなっている!?女子のお前にも出陣させるのか!?っく,お前の苦労は想像を絶するぞ!出陣する!ついてこい!」
「出陣!?私が!?」
「もう防具を身につけているではないか!その心許ない胸当てだ!乳が収まりきれてないぞ!?天下五剣のせいで,まともな防具も買えんとはっ!でも安心しろ。本丸に戻ったら,この俺があいつの性根を叩き直してやる!!」

胸元に目を降ろすと,合わせがぐったりと広がり胸が完全に露出していた。大慌てで隠す。すると,鶯丸がなまえを後ろから抱き締め,大包平に見せつけるように体を撫で回した。鶯丸の手が,確かな色欲を伴ってなまえの体を這う。際どい所は触れられていないのに背がぶわりと震えた。

「やれやれ。こんな夜更けに夫婦の閨に押しかけて出陣だと?俺達はまぐわいという一騎打ちの最中だったのだ。れべる1の分際で三つ巴の乱戦をご所望とは・・・。馬鹿の中の馬鹿だな。」
「ちょっと!鶯丸!何言って,」
「命が惜しいなら引け!」
「そそそ!それはすまん・・・」

突然怒号を上げた鶯丸。顔を髪と同じ色に染めた大包平は,申し訳なさそうに俯いてしまった。なまえは思い切り鶯丸を突き飛ばす。

「新しい主に,俺のほうが天下五剣より強いんですよー,って喧伝しなよ。早く!!」

底なしに機嫌の悪い鶯丸。乱れに乱れた浴衣をそのままに腕を組み,柱に寄り掛かった。目に掛かる前髪を掻き上げると声を荒げたが,その姿さえ妖艶極まりない。鶯丸にどやされた大包平は,目を瞑り深呼吸をした。そして,木箱から刀を取り出すと,なまえを見据えて口を開いた。

「大包平。池田輝政が見出した,刀剣の美の結晶。もっとも美しい剣の一つ。ただ・・・」

茶と大包平への道は1日にしてならずC



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