*ほぼ監査官視点
「あなやですよ〜!2ますしかすすんでないのに!!」
「お前が1しか出さないからだろう。今日は終了だ。宿泊施設へ案内するのでついて来い。」
「あいてむをかえと,あるじさまにれんらくしてくださいよ!」
「財政難で七福賽は買えないそうだ。審神者の指示も聞かず勝手に乗り込んで来て文句を言える立場か?」
今剣の絶望的な賽子運の無さで2マスしか進めなかった。いつになったら洛外を突破出来るのかな。賽子が支給されるのは1日2回。その間,男士は政府が用意した宿泊施設に泊まることになっている。こいつらと寝食を共にしなければならないとは相当な苦行。しかし,俺は超優秀な監査官。任せておけ。
「さけをのみますかね−・・・おかねをもってくるのをわすれてました。」
「オレもないぜ。適当に周回して本丸で飲むつもりだったからな。賽子が1日4つ?しけた祭でがっかりだぜ。おい,兄ちゃん。主さんに宴せっとを持ってくるよう今すぐ連絡してくれ!」
施設内の売店で,余所の男士が酒を買うのを恨めしそうに眺める今剣達。こいつらは勝手に聚楽第へ乗り込んできたため,任務の内容を全く知らなかった。己の不手際を棚に上げて俺に指図してくるとは実に図々しい。
「俺がついてゆくぞ。」
「出陣はパスって言ってたくせに,今更何なの?」
「突然,監査官を名乗るものに出陣しろと言われ,お前から目を離すわけにいかんだろうが。罠だったらどうする?」
鉄クズの口から飛び出したまともな発言。これから聚楽第に行かなければという時に異常事態発生である。髪飾りをいじりながらにっこり微笑む鉄クズ。夕食のハンバーグにあたったのか。顔や首に触れたが発熱はなし。左胸に耳を付けて心音を確認する。すると,モジモジ動き出して両袖で顔を隠した。気色悪っ!
「こ,こら。気を逸らせおって。今宵たっぷり可愛がってやるから辛抱しろ・・いや,時は今だ。鉄と女子は熱いうちに」
「異常なしッ!いつも通りの異常さだから異常なし!!」
鉄クズを心配した1分弱。何て無駄な時間を過ごしてしまったのだろうか。後悔しながら私の体を抱く男を見上げると,その顔からは微笑みが消え去り,冷めた様な見定める様な何とも言い難い表情を浮かべていた。
「俺を置いて死にたいか?」
「,は?急にどうし,たの」
生きる時の長さの違い。私達が決定的に交わらない点だ。私が彼を置いて逝くのは当たり前。まさか,真名を奪われた事で私の寿命は変化したのか。もしそうなら奪う前に言って貰いたいが,三日月の口から私の死について語られたのは初めてだった。突然,ずっと曖昧にし続けてきたこの関係の答えを求められている気がして言葉に詰まる。曖昧にしてきたのは彼だって同じなのに。
「勝手に死ねると思うな。お前は俺のものだ。」
ずるい。そう口を動かそうとしたが叶わなかった。三日月の冷たい唇に止められてしまったから。答えを先送りにするくせに,互いの境目を埋めるこの行為が私は嫌いだ。
「尋問を開始する。速やかに答えよ。その恰好は何だ?戦闘服に不満を持つが故の反乱とみなして良いのかな?」
審神者の到着を待つ時間を利用し,こいつらの反逆行為を徹底的に追及する尋問を行う。俺は超優秀な監査官。一分一秒を無駄にはしない。
「兄ちゃんよぉ,本気で言ってるのか?」
「ししゅんきですねぇ。」
「主君の下手な物真似並みに反応が難しいですね。」
目や口がくり抜かれ不気味に笑う南瓜を背負う愛染。今剣の頭部武具は黒い三角帽子。秋田に至っては,全身の骨が浮き出ているかの様な柄の武具。といった具合に,ここにいる男士全員の戦闘服が歴史改変されている。手ぶらで来たくせに,戦闘服だけは変えたということか?俺を見てくすくす笑いながら温泉饅頭を食う奴ら。お前達の評定は不可だ。勿論,審神者が物真似が下手だという事も政府に報告する。
「来たか・・・。いい覚悟だ。」
両手に荷物を持ち,大きな酒樽を背負うという奇天烈な出で立ちで現れた審神者。供である三日月を見て,俺は大きな溜息をついた。
「主さん,その酒樽・・・宴せっと富士!よっしゃ!!」
「どこでかったのですか!?そのかみかざりは!」
「ははは。やはりめかし込んでいたか。これは売り物ではない。主が俺の為に拵えた唯一無二の品だ。」
ずるい!と叫ぶ今剣相手に,頭頂部に二本の角が生えた黒い髪飾りを付けた三日月は勝ち誇った顔を見せた。こいつも戦闘服を歴史改変していたか。不気味な南瓜やら蝙蝠の小さな飾りを付けた房がゆらゆらと揺れる。すでに向こう側の手に落ちたのかな,この本丸は。
「私の指示を聞かないで何やってんのよ!?七福賽買えないのは申し訳ないけど!極大太刀やら近侍曲の実装のお祝いで財政状況が・・・」
「きんじきょくぅ!?どろみずでもすすらせなさい!」
「主,今剣に泥水を啜らせろ。俺達は超一流の酒を飲みながら宴を楽しむとしようか。」
ちょっと待て。愛染にせがまれて物資を持って来させたが,まさか宴をやるというのか?飛び跳ねる今剣の横で,三日月が偉そうに差し出す手を丁寧に拭く審神者。筋金入りの肉奴隷なんだね。
「あなやですよ!ついに,ぼくにもきんじきょくが!!」
「よーし,祭りだ祭りだぁ!兄ちゃん,鏡開きするぞ!」
「早く早く!今夜はお兄さんの為の宴でもあるんですから!」
俺の為の宴?評定に手心を加えて貰おうとの算段かな。超優秀な監査官である俺を見くびって貰っては困るよ。だが,ここは様子見が得策。俺は木槌を振り下ろした。
「任務と行事が重なった時は,一通り任務を済ませてから行事を行う決まりなんです。準備して下さったのに申し訳ありませんでした。」
「行事?準備?任務を優先するのは当然だろう。謝罪される筋合いはない。」
謝罪を述べる審神者から手渡された物を食べるーーー美味い。女の手作り唐揚げ。肉奴隷が作った肉料理とは多少の罪悪感を感じるが,美味いものは美味い。
「恥をかかせてはならんと,皆で黙っておったのだが。天下五剣の俺が季節の行事を知らぬと思われては癪だろう?どうにも我慢ならず,ここに来たわけだ。」
「おい鉄クズ!さっき言ってた事と違うじゃねーか!!」
「ほほう。アイツも祭りのために新衣装を用意してくるのか!と感激した俺達は,その心意気に応えるために,ここで宴をやろうと決めたわけよ!」
三日月を除き,俺への申し訳なさから宴を開くことにしたらしい。意図が全く読めない。升に注いだ酒は一口で超一流とわかる品。酒樽を買う金を七福賽に回せと言うのは止しておこう。
「瓜二つとはこの事だな。」
「俺が,誰に・・・瓜二つだと?」
不気味に光る打ち除け。本丸にいた時から,この気味の悪い視線を浴び続けている。俺が何ものであるかは本作戦に関わる極秘事項。あれに似ていると言われたらと思うと不快極まりないが,つとめて冷静に返した。
「赤い帽子を被った配管工の戦に出てくる奴だろう?いつも桃女を化け亀に寝取られる間抜け男の戦。それに出てくる白い化け物だ。」
「かおをあわせたらとまるくせに,せをむけたらおそってくるぬのをかぶったひきょうなばけものでしょう?」
「そっくりです!超一流の監査官は違うねって一兄が褒めてました!」
「配管工の,戦・・・」
「ハロウィンの仮装でお越しになったとばかり・・大変!申し訳ありませんでしたッッ!!」
「一刻も早く忘れさせてくれないかな。」
これでもかと体を折り曲げて頭を下げる審神者。俺のこの姿を南蛮のふざけた行事に参加する為の仮装だと勘違いしていたとは。しかも,本丸総出で気を使われていたなんて。くそっくそっくそ・・・!これだけで評定を不可にしたいところだが,肉奴隷という苛酷な境遇の女を責める気にはなれない。部屋から外へ出ると,金色の雲が風で次から次へと流されていた。忌々しい記憶も吹き飛ばしてくれたら良いのに。
「随分と慕われているようだ。いや,執着と言った方が正しいかな。」
「執着,ですか・・・」
審神者はその美貌を歪ませたが,執着という言葉さえ生温いと思う。本丸で見た女に向けられた男士達の目。その中でも異彩を放つ三日月宗近を鍛刀した後,暫く鍛刀出来なくなったという。原因究明の調査すら禁止された極秘事項で,詳細は俺も知らない。その一件のせいか,刀一口に対する情愛が深いのだろう。それが付喪神の執着で縛られる原因とは何とも皮肉な話だ。
「どうかしたかな?そんなにまじまじと見て」
「あ!いえ・・・」
一際強い風が吹き,俺の顔を隠す外套が外れてしまった。目元を隠しているので正体はわからないだろう。外套をそのままにし,髪をかき上げながら隣にいる女を見下ろした。
「神の慈愛は広く深い。そして,神は人が思うよりもずっと傲慢だ。」
「傲慢,ですか?」
俺を見上げる女は匂い立つ花の様だ。中身は政府から厳重注意を受ける程の社畜。加えて潔癖症。勤勉と廉潔を好む神が放っておくはずもない。歴史を守る為と現世から切り離され,金色の雲が垂れ込めるこの放棄された世界に足を踏み入れなければならない不憫な女は,神の加虐心をもそそる。
「ましてや刀剣男士は刀の付喪神。欲しいと願ったものは,この世の全てを斬り捨ててでも手に入れるよ。安寧を望むのであれば,決して心を明け渡すな。」
審神者は酷く動揺したようで,大きく見開かれた目に映る俺が揺れていた。こくんと鳴った細い喉に触れると,手袋越しでも脈が震えるのがわかる。紛い物でない本物の人の温かい血潮。この女の情愛はきっと心地良い。
「っふふ。隙を見せてはいけないよ。・・・俺に食われたいのかな?」
「主,もう帰るぞ。湯浴みの時間だ。」
「私はこれで・・・失礼します。」
頭を下げ,足早に部屋に引き返していった。少し怖がらせてしまったかな。てっきり俺を斬りに来たかと思いきや,三日月はうす気味悪く笑っていた。
「主は男心を掴むのが上手いだろう?男の皮を被った,“もの”の心を」
「・・・化け物め」
「ははは。本丸は,主を囲う化け物の箱庭といったところだな。お前ならきっと気に入る。」
三日月は部屋へ引き返すと,審神者の首に触れ,こちらを一瞥してから本丸へ戻っていった。今はまだ厚い雲に覆われる聚楽第を眺めながら,掌に感じた血潮を思い出す。口角が上がっていくのを俺は抑えることが出来なかった。
「・・・また,会うことになるか」
21 賽は投げられたA