「人の身を得て嬉しいって言ってたけど,人になって早々,真名を騙し取って中出した鬼畜でしょ!?情に絆されて何やってんの私はっ!!」

宴会が終わり自室で執務をしていたなまえは,昼間の不始末を思い出して一人頭を抱えていた。すっぽんを食べた後,言葉巧みにいつもの連れ込み茶屋へ連れ込まれて2戦も交えてしまったのである。“気が付いたらホテルで一発シチュ”の漫画を鼻で笑いながら流し読みしていたなまえ。まさか現実に起きるなんて。心の中で作者に土下座した。自称・思春期の千年刀相手に2戦も交えたにもかかわらず,宴会で浴びる様に酒を飲んでも酔っているのに徹夜で仕事する元気がある。こんな形ですっぽん効果を実感したくはなかったのは言うまでも無い。
三日月へのチョコは手作りの物を用意した。この本丸に二人きりの頃は毎日手作り甘味を食べさせていたが,男士が増え多忙を極める今はすっかりその機会が減った。そのせいか,三日月は事ある毎に作れと要求してくる。この前は,彼の顔を描いたアイシングクッキーを持たせて厚樫山に出陣させた。だが,敵の遠戦に粉砕され,超一流の色男の顔を台無しにされて検非違使など狩れるかと激高して勝手に帰城するという問題行動を起こしたばかり。そんなじじいからチョコを渡すのは宴会が終わってからにしろと図々しい指示を出された。そろそろやって来る頃か。

「始めよう」

一体何を始める気なのか。三日月は部屋に入ってくるなり,戸棚からグラスを2つ取り出して,手にしたボトルの栓を抜いた。ピンク色のぷつぷつ泡立つ液体を注ぐとなまえにグラスを寄こす。ボトルのラベルを見たなまえの声が裏返った。

「ピ,ピンクのドンペリ!?どうして!?」
「まずは乾杯だ,姿勢を正せ。」

本当に何を始める気なのか。当然の様に上座を陣取る三日月を見ながら言われるがままに正座する。白い寝衣を身に纏ったなまえと三日月は,膝を突き合わせてグラスを鳴らした。非常に滑稽な姿である。ちなみに白い寝衣は,これを着ろと彼が文と一緒に贈り付けてきたものだ。訳のわからない状況に居たたまれなくなってグラスを一気に煽った。折角の超高級シャンパンなのに味が全くしない。普段ならなまえのラッパ飲みに文句を付ける三日月だが,今日は何も言わない。白い首に浮き出る喉仏をこくりと動かしながらシャンパンを嚥下している。

(最低っ!何を考えてるのよ,私はっ!!)

普段は襟廻を囲うインナーや冷え取りで隠された彼の喉仏。それが顕わになって震えるのは,なまえの愛撫によって褥に寝た彼が小さく喘いだ時。淫猥な妄想を思い浮かべた自分の脳をアルコール消毒するためにもう一度グラスを煽った。またしても三日月は何も言わない。いつも変だが,今日は特に変だ。空のグラスにシャンパンを注ぐ彼を訝しげに観察していると,視線がなまえが用意した箱に向けられていることに気付く。そこで漸く,この会合の目的を思い出し,慌てて三日月の膝の上に箱を置いた。

「受け取れ」

今度は三日月が金色の箱をなまえの膝の上に置いた。刀装が入っているのかと一瞬思ったが箱に厚みがない。共に開けるぞとこの上なくキリっとした表情の彼が言うので,なまえは反射的に“一斉のせいで”というお決まりの掛け声を口にしてしまった。他の男士が見たら卒倒しそうな状況だが,本人達は至って真面目。

「て,づく・・り?」

なまえの目に映ったのは蒼い三日月の形をしたチョコ。星を散りばめた様な金色のラメが入った夜空色。食べるのが勿体ないと感じてしまう品だが店のラベルが見当たらない。逆チョコという単語が頭に思い浮かんだ瞬間,なまえの顔は火を付けた様に赤くなって心臓がぎゅっと締め付けられた。元来,男との付き合いは超ドライななまえ。バレンタインに手作りチョコを贈り合うなんて甘酸っぱい経験は当然ない。まさかこの歳になって,しかも人ではなく神から逆チョコを貰う日が来るなんて。形容しがたい感情が胸を包んだ瞬間,目頭がツンとして不覚にも涙が出そうになった。己に喝を入れるべく,またまたグラスを一気に煽るなまえの耳に,ブクブクブクっと不気味な音が入ってくる。桜が湧いていた。箱の中身を見ながら頬を赤く染める三日月を取り囲む様に。

「以心伝心・・・か」

蒼色ではないものの,なまえが作った物もまた三日月型だった。何となくその形にしたわけだが,何ともまあ生娘じみたチョイスではないか。丸や四角にすれば良かったと後悔するなまえを余所に,三日月は美味いと一言漏らして目元をゆるゆる細めた。酒屋で販売している方は甘さを控えめにしたので,こちらはやや強めにしたのだがお気に召した様子。三日月は夜空色を一粒摘んでなまえの口の中に入れた。爽やかな洋酒の風味と優しい甘みが口の中に広がる。そして,何故だか続けざまになまえが渡したチョコを彼女の口に入れた。三日月が作った方のが美味しいと不満を漏らすなまえを彼はチョコよりも甘い美貌を溶かしながら見つめる。

「直会(なおらい)だ。神から下げ渡された供物を神と人が一緒に食う事をいう。食物を通じて人の体に神の気が入り込むことで人と神が深く交じって一つになる重要な儀式。俺に捧げたちょこをなまえに食わせて力を分けてやろうという俺の加護だ,有り難く思え。」

力を分けろと頼んだ覚えはないのに,一々恩着せがましいのがなまえの三日月宗近。平時の彼女であれば,湯煎するぞ鉄クズが!と一撃喰らわすはず。ところが,今宵の彼女はへにゃりとはにかむと,ありがとうと謝意を述べて頭を下げた。ピンクのドンペリや手作りチョコを用意してくれたという事実が,なまえから戦闘力を奪ってしまったのだ。単細胞である。そんな彼女に三日月は満足そうに一つ頷いてみせた。

「でも,どうして三日月は・・チョコを作ってくれたの・・・?」
「生娘のお前が初めて知る味は俺が作った物でなければならんだろうが。この俺に甘味を作らせるとは人類一贅沢な奴め・・・」

頬をほんのり染めた三日月がパタパタと扇で顔を扇ぐと,不気味に湧き続ける桜が四方八方に飛び散った。平素であれば鬼の形相で掃除機をかけるなまえだが,茹でダコの様に顔を赤く染めて目線を自分の膝へと落とす。

「今日は・・2回も・・したじゃない。生娘なんて今更・・・」
「3回だ。白目を剥いてぐったりと,あれは気を失っておったのか。」
「・・・・・」
「本番は夜だから控えめにと思っていたのだが,あの茶屋に入ると気が逸って仕方ない。様子がおかしいと気付いたところで一度燃え上がった情熱は止められんわけだ。」

右手の三本の指を立てた三日月が嬉々と語り出した。2戦交えた直後,なまえは白目を剥き動かなくなったという。天下五剣の妙技で骨抜きになったのだろう。そう超善意解釈したじじいは更に気を逸らせて,失神した女相手にもう一戦ブチかましたらしい。鬼畜の看板に偽りなし。ブクブクブクと気味の悪い音を立てながら湧き出る大量の桜が畳を埋め尽くしていく。その様子を眺めるなまえの全身に鳥肌が立った。

「高速槍や苦無から逆ちょこの存在を聞かされてな。毛ほどの興味もなかったのだが俺は知ってしまった。酒屋で売るちょこに秘めた可愛い独占欲とお前が逆ちょこ生娘だという事を。」
「独占・・って,はい?」
「ちょこを食べる度になまえの独占欲が俺の血肉の中で乱れ狂う。ああ・・何と情熱的なことか。逆ちょこ生娘にこの悦びを教えてやらねば。そう決意した慈悲深き俺は,お前の為に腕を奮ったというわけだ。」

生娘とは逆チョコを貰った経験がないという意味だったのか。納得したなまえは思わず自分の膝を打った。しかし,独占欲とは一体。高速槍達に頼まれて酒屋で市販するために作ったが,独占欲という気色悪い添加物を混ぜた事実は当然ない。ところが,完全なる思い違いにより気を逸らせた三日月は,悦びなるものを教えてやろうとチョコ作りに挑んだという。白い寝衣に文にすっぽん。連れ込み茶屋での3連戦にピンクのドンペリ。どれだけ気を逸らせてるんだよ,思春期か!酒でふやけきったなまえの脳から止めどなく突っ込みが溢れ出していく。そうこうしていると,なまえの体は三日月の膝の上に乗せられ背後から抱き締められていた。彼の大きな手が彼女の臍の下を撫でる。

「直会によってお前の独占欲はこの胎へ還ってしまったな。俺が欲しいと胎の奧が啼いている。」
「ばっ,か!何言って・・・」
「“完全無欠の三日月宗近は私だけのものよ”」

何言っちゃっての,こいつ。なまえは勢い良く振り返って三日月を睨み付けた。しかし,当の本人は打ち除けを甘く蕩けさせて微笑みながらなまえの唇を塞いだ。ちゅっちゅっと音を立てながら付いては離れを甘ったるく繰り返される。嫌々と首を振るなまえを,三日月はブクブクと桜を咲かせながら抱き締めた。

「お前が欲しいだけ,俺をくれてやる。」

耳に注ぎ込まれた言葉が体内を駆け巡り始めると,なまえの頭と体は一気に熱に浮かされた。酒が回ったせいではない。何かの術を掛けられたかの様な心地だった。

「俺が作ったちょこを食べたのだ。感じるだろう?お前の血肉の中で乱れ狂う俺の欲を。なまえはこの三日月宗近だけのもの。俺が欲しいだけ,お前を寄こせ。」

反論を許さない傲慢な物言い。それなのに何故だか,なまえには厳かに感じられた。唇を結んで目を閉じる。神命を下した神が人の子の帯に手を掛けた。

世界中の夜を連れ去っていくあなたA



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