紅い耳飾りの女
遠征で調達した酒を酌み交わす大般若達は,日刊審神者新聞に目を通していた。文字通り審神者向けの新聞で,審神者のゴシップなどが記載されており,なまえの本丸の情報通男士達にとっても欠かせないものなのだ。彼らの目に止まったのは,本丸が経営難に陥った女審神者が富豪男審神者との玉の輿婚に至るまでのインタビュー記事だった。
「『彼女の頑張り屋さんなところに惚れちゃいました。』『彼には社畜だねって言われてます♡』」
乱が読み上げた“頑張り屋さん”“社畜”というワードに,完全に無関心だった大般若の眉がぴくりと反応する。見定める様に緋色を細めて記事を読み始めた。女審神者の一日に密着した様子が書かれているのだが,三食昼寝おやつ付きで睡眠はたっぷり12時間。初期刀に全ての仕事を任せ,頑張り屋さんでも社畜でもない本丸が経営難になって当然の生活がそこにはあった。
「社畜舐めんな?真の社畜ってのはな,砕く暇が惜しいからとまむしの干物をそのまま頭から齧り付いて徹夜する,地獄の底で匍匐前進してる俺達の主の事を言うんだよ!」
「『婚活中の女性審神者へのアドバイス?お金じゃなくて,やっぱり・・愛ですね♡』デカイ玉指に付けて何言ってんだい!」
張りぼての粗悪品か。大般若ががっかりする代物を指に嵌める女審神者は寿退職し,彼女の本丸は男審神者の本丸に吸収されるらしい。なまえからは審神者は人手不足で,一度就任したら辞める事はほぼ不可能と聞いていた。つまり,相当使えないためリストラされたという事だ。仕事もせず宝石の価値もわからぬ女。大般若は,同じ屋根の下にいる頑張り屋さんに会いたくなった。
「ちょっと失礼。もうすぐ万屋のセールなんだけど欲しい物ある?」
噂をすれば,地獄の底の住人がやってきた。手には万屋のチラシを持ち,耳には常に挟まれた赤ペン。男士達が,“平日昼間の場外馬券場に生息する競馬廃人”と揶揄する社畜スタイル。意中の男がいるというのに一切ブレがない。目新しい点は,首からぶら下げたピンクの紐で括られた緋色の箱の様なもの。
「俺は柿の種だな。おや,落花生が入っていないのもあるのか。」
「あるじさんは,入ってない方が好きなんだよねー。」
「で,でも!入ってる方も好きかな〜?ナッツ類は肌に良いから・・」
「いや,入っていない方だ。あんたを美しくする落花生なんて食う気がしないな。妬けるねぇ・・・俺は付喪神辞めて落花生になりたいよ。」
会いたかったなまえが現れて上機嫌の大般若は舌滑らかに口説き始めた。柿の種一つでここまで口説けるもんだと感心せざるを得ないが,そこは長船派・大般若長光の成せる技。なまえは頬を赤らめながら,紅い箱の様なものを弄りだした。
「あんたにはこの色が一番似合う。俺の見立て通りだな。」
「欲しかったの,この電卓。桁数多いしボタンも滑らかだし。本当にありがとう!これね,ラッピングのリボンなんだ。綺麗だから使おうかなって・・・」
「俺がこの紐になったら,あんたとずっと一緒にいられるのかい?だったらこの紐で決まりだ。落花生は食われたら終わりだからな。」
電卓。どこの世界に好いた女への土産に電卓を買う男がいるのか。苛つく3口を尻目になまえと大般若は,1+1=2を一緒に叩くという絶望的ないちゃつきを見せた後,なまえは地獄の底へ戻った。
「ボクが貸した漫画,ちゃんと読んだ!?」
「有り難く読ませて貰ったよ。男が女に贈り物を渡して求婚する話だろう?」
「男が女に指輪を渡して求婚する。感激した女が,その場で男の魔羅を咥えてからの一発嵌める話!電卓あげてあるじさんは咥えてくれた!?一発嵌めた!?徹夜してるだけじゃん!今頃,電卓抱き締めて写経やってるよ!!」
怒りと酒で目がイッた乱を余所に,写経するなまえの様子を思い浮かべた大般若の胸はポッと熱くなる。だが,己の詰めの甘さに気が付いてしまった。
「しくじったな。写経やってると知ってりゃ上等な筆も買ったんだが。硯もだな。あ,墨も」
「それでも長船派か?あれもこれもって質素倹約はどこいったんだよ・・」
「落花生やら紐やらアンタ馬鹿なのかい!?さっさと主に筆じゃなくて魔羅握らせな!」
「ご褒美に柿の種って!そこはさ,“俺があんたにご褒美をあげよう。そら,俺の子種を受けな。”でしょ!?」
3口の酔っ払いが大般若に説教するのはいつもの事。彼がお気に入りの胡瓜の浅漬けを摘みながら乱のクオリティが高すぎる物真似を見ていると,日本号が大声を張り上げた。
「大般若長光ゥゥゥ!!まむしの干物はな,あんたを探しに江戸城に行った時の話だよ!!」
「宝物庫四から最速でアンタを見つける必勝法を編み出すって,まむし囓りながら毎晩徹夜してさ。あ〜アタシは涙が出ちまいそうだッ!!」
「必勝法なんてなかったけど,あるじさんは一発で大般若さんを見つけたんだよ!?絶対ここにいるから開けてって!流石は真の社畜だよ!」
「社畜じゃなくて頑張り屋さんだ・・・え?」
初めて聞く話に切れ長の緋色が見開いた。胸の奥がまた締め付けれる。仕事だからだとわかっている,それでも。薄い唇をきゅっと噛んだ大般若は,酒を煽ると静かに目を伏せた。
「黒地に雪持ち南天か。季節に合うし,何より紅はあんたに似合う。綺麗だ。」
「あまり見られると恥ずかしい,かな・・・」
雪を乗せた紅い南天柄の黒い着物に銀色の帯。髪は上品にまとめ上げられ,白い項が大人の色気を醸し出す。いつになく妖艶ななまえをじっと捕らえる大般若の視線。手入部屋での秘め事で見せる熱を帯びて血の色に染まる瞳。どうにかなってしまいそうでなまえは目を逸らそうとするが,絶妙なタイミングで顎を持ち上げられ射貫かれてしまう。きゅっと目を閉じると,着物が着崩れしないようそっと抱き締められた。拗らせた彼らは飽きもせず,このやり取りを玄関で5分も繰り返した末,漸く万屋へと出発した。
「さて。今度は俺の用事に付き合って貰おうか。」
万屋には購入した商品を本丸まで届けてくれる宅配システムがある。セールの戦利品を本丸へ送る手続を済ませたなまえは,大般若に手を引かれて宝飾品フロアにやって来た。ここもセール中で,カップルと思しき審神者達で溢れかえっている。社畜のなまえにとって未踏の地。
「ここだ。」
一番奥まった場所にあるその店は,なまえ達以外に客が一人もいない。ディスプレイの商品を見て納得した。美術品を好む大般若が訪れるだけあって品物も値段も規格外だからだ。品の良い店員に店内の奧にある個室に案内され,ソファに腰掛けよう促される。大般若はなまえの頬を撫でると,少し待っているよう言い残して部屋から出て行った。部屋を飾る豪華な調度品や宝石の数々。大般若のあの美しい目に留まるにも,あの美しい姿を飾るにも相応しい。それに引き換え,耳に挟む赤ペンが2割引きでガッツポーズした自分。2ダースも買ってしまった。不釣り合いにも程がある。白磁のティーカップに注がれた香り高い紅茶に口を付けるも,鉛を飲み込んでいる気がしてならない。
「待たせたな。これであんたの耳を飾りたくてね。」
「・・っ,ピジョン・ブラッド!?こんな高価な物,貰えるわけないでしょう?」
「やっぱり,あんたは価値がわかる女だね。だが,こういう時は黙って受け取るもんだ。」
血の様な紅の内側から妖輝な光が発光する色合い。このピジョン・ブラッドと言われる色はルビーの中で最高級だ。先日,この店にぶらりと立ち寄った大般若は,己の瞳と同じ色の石が付いたこのピアスを見つけた。まむしを囓って徹夜してまで自分を求めてくれたなまえの肉を貫いて,紅で飾って己を埋め込んでやりたいという欲に駆られて買ったのだ。質素倹約はどこ吹く風。
「そら,左耳からだ。」
グローブを外した大般若は,なまえの耳たぶを親指と人差し指で挟んですりすりと擦り上げてから耳の輪郭をなぞる。手入部屋での秘め事を思わせる仕草に,なまえは体をびくんと震わせた。これ以上触れられたら堪らない。ぎゅっと彼の手を握って淫らな動きを止めた。
「それじゃあ,あんたの中に入れられないよ。他の所を掴みな。どこでも良いから。」
「だ,大般若ぁ・・もう・・・入れて」
「・・・・,入れてやるから・・よし,いい子だ。」
彼らが放つ淫靡さが部屋を充満していく。すっかり当てられてしまった店員は,一礼すると足早に部屋から出て行った。プラチナの軸の先端が耳に開いた穴に触れた瞬間,ぶわりと肌が粟立った。それは,男の自身が膣口にぴとりと当てられて体を繋げようとしている時と全く同じ。あり得ない感覚に,なまえの爪が大般若の腿を噛む。すると,大般若が喉をこくりと鳴らした。彼女が腿に触れるのは手入部屋でだけ。薄暗い部屋でのあの行為が蘇る。すうっと軸が貫くと,とろりと得体の知れぬ熱いものが体内を浸食し,やがて子宮に到達した。じゅわりと精を注がれた様に子宮の中を熱が充満する。理由無く降って湧いた性感に噛みしめた奥歯が震えた。
「ぁ,あぁっ・・・」
耳に触れられただけで浅ましく感じてしまうほど欲求不満なのか。思考を巡らす余裕もなく,とうとうなまえは声を上げてしまった。はっと我に返り顔を上げると,鮮血を吸った様な瞳の大般若が,うっとりと気持ち良さ気に目を細めてなまえを見下ろしている。薄い唇から溢れる艶めかしい吐息に下腹の奧が疼く。
「・・・いい顔だ。本当は俺の鋼で貫いてその顔を拝みたかったんだが。」
「っ,だいはん,にゃ・・」
「ああ。もっと良い方法があったな。俺は男であんたは女。・・・試してみようか?」
眦を赤く染めて光の膜で潤む瞳に熟れた唇。欲に濡れた女の顔をしたなまえを大般若は恍惚と見入った。折角,なまえの肉を貫くのだ。ピアスにたっぷりと神気を纏わせて,肉の隙間から体内に流し込むよう細工した。互いの気がとろりと混じり合って生まれる性感に浸っていたのは大般若も同じ。なまえは違和感を感じているようだが,こんなに気持ち良い事の種明かしをしてやる気はない。
「・・・そんな冗談,真顔で言われたら笑えない。」
「俺があんたを本気で口説く時は笑わないよ。覚えておくと良い。」
耳に注ぎ込まれる期待という名の猛毒。もう何度も侵され続けるこの毒に,なまえはその身を焼かれていくのを感じた。