あなたと私はきっと交わらない

ツキツキとした痛みを下唇の感じたところで目が覚めた。

「な・・何して,るの・・・?」
「起こしてしまったか。なまえ,おはよう。唇が痛々しそうでな,つい。」

三日月は,寝ている私にキスしていたのだ。ハッとして腕で口元を隠した。そんな甘ったるい目で私を見ないで欲しい。彼を利用した己の浅ましさに嫌悪感が膨れあがる。

「さて。俺は部屋に戻るとするか。後で文を送る。その前に帯を交換しよう。」

平安時代の男は,夜明け前に帰るのがマナーだ。文を送ることも,互いの衣を交換することも。契ってわかったことの一つとして,三日月とは,手順や作法をかなり重要視するようだ。彼は解いた帯を私の腰に結びつけ,私の帯を自分の腰に結びつけた。少し長さが足りない。それでも満足気に笑い,自分に結びつけた私の帯を何度か撫でた。

「文には,なまえが知っていそうな歌を書こう。」

おやすみ。と別れ際にもう一度私にキスをし,三日月は夜明け前の闇に溶けていった。
溜息を一つ吐いたところで下半身の不快感に気付く。せめて外に出せよと思ったが,忠告しなかった私が悪い。三日月は避妊という概念を知らないのかもしれない。教えておくかと思ったが,二度としないしと思い直す。


「審神者様,おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」

結局眠れないまま,うつらうつらしていたところにこんのすけが訪ねてきた。私は布団から出て,襖を開けた。すると,こんのすけが,私の顔を見るなり叫んだ。

「何があったのですか!?唇が傷だらけではないですか!!」

当初は笑って誤魔化していたが,こんのすけは騙されてくれなかった。仕方なく,一連の経緯を説明した。こんのすけは大いに狼狽し,何度も何度も私に謝罪した。もっと早く。と何かを悔やんでいるようだった。私はとんでもない事をしでかしてしまったのではないか。今更ながらに思った。


三日月と一線を越えて真名まで取られたが,それ以外は何も変わらない。畑の水やりを終えて本丸に戻ると,こんのすけの怒鳴り声が聞こえた。何事かと聞き耳を立てる。

「三日月様!貴方は何て事をされたのですか!?暇潰しに審神者様を弄ぶのはお止め下さい!」
「はっはっはっ。朝から威勢が良いことだ。弄ぶとは人聞きが悪いことよ。」
「審神者様の霊気に変化はありません。霊気が足りないから鍛刀出来ないなんて,嘘もいいところです!審神者様が鍛刀できないのは,貴方の仕業ではありませんか?」
「はて・・・何の事かな。」
「貴方なら,審神者様が鍛刀できなくなるよう妨害することは容易いはず。出陣した時に刀がなかったと嘘を付いたのは何故ですか?検非違使にだって,わざと遭遇したのでしょう?」
「・・・なるほど。証はあるのか?」
「証はございません。しかし,随分前からおかしいと思ってました。検非違使の件で確信しました。審神者様が鍛刀できないよう貴方が妨害していると。審神者様を・・・愛していらっしゃるとでも?」
「これはこれは。刀の俺に人の心を問うのか?」
「三日月様,愛と執着とは別の物なのですよ。執着で人の真名を奪うなど許されるものではありません。」

ーーー何ということか。私が鍛刀出来なかったのは,三日月のせいだったなんて。
何が目的で邪魔していたのか知らないが,彼が私を欺いていたのは事実だ。さぞや滑稽で愉快だっただろう。三日月が私を好きなどと自惚れてはいなかった。ただ,私に向けられた優しさを嘘だと思いたくはなかった。何て愚かな女なのだ,私は。付喪神の暇潰しで,契った挙げ句に真名を奪われてしまった。不毛の一言に尽きる。

(・・・今までで一番最低なセックスだわ。)

三日月とこんのすけのやり取りを最後まで聞く勇気などあるはずもなく,自室へ戻った。今までの三日月との生活が走馬燈のように頭を巡り,とてもやるせない気持ちになる。文机には文が置いてあった。これも,暇な彼の遊びの一つなのだろう。

『久方の 天つみ空に 照る月の 失せなむ日こそ 我が恋止まめ』

本で確認すると,万葉集の歌だとわかった。そこに込められた意味も。自身を月に喩えているらしい。ふざけた事をと三日月の香りがする文をグチャグチャに丸めたが,捨てられなかった。彼は,私が鍛刀したさに抱かれたと思うのだろうか。事実,そうではないか。
彼だけを悪者にするなどできなかった。結局は自らの意思で抱かれたのだ。私に傷付く資格はない。体が一度でも受け入れてしまったからなのか,三日月への情を捨てきれない。女という体が恨めしい。

(・・・とりあえず,鍛刀しなきゃ。)

私のやるべき事は,審神者として正しく振る舞うこと。三日月との夜を思い出さないこと。鍛錬場に入り,資源を投入して火を灯した。すると,三日月を鍛刀した時の様に炎が湧き出した。思わず苦笑してしまった。鍛刀に関しては約束を守ってくれたのだ。

「私の全てなど,・・・くれてやるか。」

もう二度と,こうして涙を流すことはないだろう。彼に抱かれて付いた唇の傷が甘く痛むことも。偽りも,肌に触れたぬくもりも,胸に巣食う切なさも。全てが今,燃えてしまうのだから。



ーーー私が消える日でも来ない限り,私があなたを思う気持ちがなくなることなどありえない
(万葉集 読み人しらず)