Auf die Hande kust die Achtung
*圧倒的夜感をお持ちの燭台切です
【燭台切光忠とどちらかが相手の指にキスをしないと出られない部屋に閉じ込められました。燭台切光忠は出口がないか調べようかと提案してきました。(自力で出られなかった場合)40分後に、通りかかったへし切長谷部が外から開けてくれました。】
「豆板醤の予備がないよ。あれ?こんな茶葉,買った覚えがないんだけど・・・」
「ん?・・・三日月っ!!あの野郎!こんな所に高級茶葉を隠していやがったのか!」
私は,我が本丸の“プロのイケメン”こと燭台切と食料庫の在庫確認を行っていた。この後,足りない物を万屋に買いに行くのだ。8畳ほどの広さを有する食料庫の奧へと進んでいく。すると,最奥に見慣れない扉があった。食料庫の隣には部屋はないはず。一体どこに繋がっているのだろうか。
「・・・下がって。僕が開けるから。」
背後から,普段より一段階低い声が掛かる。かなり警戒しているようだ。言われた通りに私が彼の背後に回ると,彼は用心深く扉を開けた。扉の先は,薄暗いコンクリート造りのトンネルになっていた。
「手を出して。僕から離れたらだめだよ?」
燭台切に差し出された手を握ると,行くよ。と声を掛けられる。彼を先頭にトンネルを進んでいくと,目の前に赤いドアが現れた。燭台切は一息吐いた後,赤いドアを開けた。10畳ほどの部屋にはベッドや冷蔵庫など生活家具が置かれていた。一体誰の部屋なのだろうか。うちの本丸にこんな物があったとは。所有者を特定するため,私は部屋の中を注意深く観察した。
「な・・。どちらかが相手の指にキスをしないと出られない?」
モニターに映し出されていた文字。どうやら私達は閉じ込められてしまったらしい。何で,こんな訳のわからない所に閉じ込められねばならないのだ。ふざけた茶番に腹が立って仕方がない。
「出口がないか調べよう。不審な物があっても君は触らないで。僕が確認するから。」
「うん,わかった!」
私と燭台切は手分けをして出口がないかを調べた。たかが10畳ほどの部屋である。調べるといっても場所は限られていた。くまなく探したが,結局見つからずじまいだった。
(参ったな・・・)
部屋のあちこちを触ったのが気になり,急いで手を洗う。ここのタオル,ちゃんと洗濯してるんだろうか。我が本丸で私と潔癖の双璧をなす三日月だったら,絶対使わないだろうな。ここは無難にティッシュで拭いておこう。
このふざけた条件をクリアしない限り,本当に出られないのだろうか。今のところ私の体に異常はない。しかし,燭台切はどうだ。食料庫から通じるトンネルを通ってきたが,ここが本丸である保障はどこにもない。しかも,誰の仕業かもわからないまま閉じ込められてしまった。主人である私が一緒にいるとはいえ,このままでは危険だ。
「燭台切,悪いんだけど手を出してくれる?ここにいるのは危険かもしれない。」
「・・・それって,君が僕の指にきすをするってこと?君さ,僕がきすを知らないとでも思ってるわけ?」
「え,いや・・そういうわけじゃ・・・」
「じゃあ,どういうわけ?」
生娘をとうに卒業した私としては,燭台切の指にキスするぐらい,朝飯前とまでは言わないが大したことではない。しかし,燭台切ときたら,何だかイラついているようだ。言葉の端々にめちゃくちゃ棘があるんですけど。何故だ。
「主である私が責任を持ってだね,ちゃちゃっとやって・・」
「はあ?女の子にきすされるなんて格好つかないよ。僕は絶対に嫌だね。」
「格好って・・・」
出ちゃったよ,燭台切の“格好つく・つかない理論”。普段は柔軟な考えを持った彼なのだが,一度この理論が発動すると一変して面倒臭い刀になってしまうのだ。何故,我が本丸の刀はどれも癖が強いのか。
「じゃあ,どうす・・」
「僕が君にするならいいよ。それなら,格好つくからね。」
「え。」
「それしかないでしょ?ここには僕と君しかいないんだから。」
当たり前の事言わせるなとばかりに,瞳の金色がギラリと光った。燭台切は,何でも出来るプロのイケメンとして我が本丸に君臨する。ご本人が格好良さに拘るのも当然,とにかく格好良すぎるのだ。色気が半端ない。うちの燭台切は,余所のに比べて圧倒的に“夜感”が強いのだ。割烹着を着ていてもお母さん感が全くない。長船派の祖の中の祖。
「あれ?さっきまでの威勢の良さは,どこに行っちゃったのかな?」
「あ,いや,ええっと・・」
腕を組む燭台切は,小首を傾けると挑発的な笑みを浮かべた。圧倒的夜感を誇る彼のもとには,余所の審神者から恋文が届くことが多い。何の感情もない顔で,焼き芋を焼くための種火にしようと恋文に火をつけたのを見てしまったことがある。彼の本質を見たような気がして少し怖かった。恋文で焼いた芋を笑顔で差し出された時は,尚更怖かったことは言うまでもない。ちなみに焼き芋のお味は絶品だった。
そんな訳で,私からする分にはどうも思わないが,燭台切からされると思うと遠慮があるのだ。これが長谷部だったら,お互い職務として割り切れるはず・・・。
「ねえ。君,僕にきすされるの嫌なの?長谷部くんなら良いのにとか思ってるでしょ?」
「えっ!?そんな事ないって,どうして・・」
「ふーん。」
いつの間にか部屋の壁まで追い詰められてしまった。燭台切の両手が,私の顔の左右に置かれて身動きがとれない。いわゆる“壁ドン”状態である。しかし,こんなに恐怖感を覚える壁ドンなどあるのだろうか。彼から放たれる良い香りが,余計に恐怖を掻き立てる。良い香りすぎて怖いってどういう事だ。
「僕の目を見て」
こちらを見下ろす金色は,何とも不思議な色だ。金色の中に様々な色が揺れる。見ているうちに,だんだんと意識が瞳の中に吸い込まれて,体が動かなくなってしまった。黒い手袋を嵌めた手が私の左手を取る。その手つきは,この雰囲気とは真逆で非常に優しい。
「ここにいるのが僕で良かったと心底思う。君の事だから,誰彼構わず指にきすするでしょ?」
「誰彼構わずって・・この状況なら仕方ないかと・・・」
「付喪神だからって安全だと思っていたら,ぱくっと食べられてしまうよ?こんな風に」
「・・っ!!」
燭台切は,突然,私の薬指を薄い唇の中に含んだ。指先をちゅうっと吸う。直視できないほどの妖艶な色気に当てられ,目眩がしそうだ。これはキスではないだろうと突っ込む余裕は奪われてしまった。
「本で読んだのだけど,手にこういう事するのには意味があるんだって。知ってた?」
「あ,えっと,何だっけ・・・」
必死に記憶を辿っている間に,何度も指に唇が落とされる。指先から指の根本までを何度も形の良い唇が往復していく。燭台切の吐息がかかって指先が,ぞくりと痺れた。伏せられていた金色に射貫かれると,脳がくらんと揺れる。
「今度答えを聞かせて?それまでの宿題。」
口元を甘く歪めた彼は,もう一度薬指に唇を落とした。手の甲にも。それは,まるで厳かな儀式のように。
手なら尊敬ーーーAuf die Hande kust die Achtung
Franz Grillparzer “Kus”(1819)