!狂気のこんさに!こんのすけが人型化出来る設定。こんのすけと審神者は社畜だが長編とは別設定。


 

 「“ーーー肉球認証を行います。画面に肉球を置いて下さい。肉球認証終了後,人型化して下さい。”」

 ここは政府のとある建物の入り口。厳重管理されたビルに入るためには,こんのすけは予め登録した肉球の指紋認証をしなければならない。人型化とは,文字通り人の姿に化けることをいう。審神者の管理・政府からの情報伝達・詫び品や報酬の配布等,こんのすけの仕事は多岐にわたる。政府内での業務も大事な仕事だが,キーボードを叩いたり素早く移動するには人型の方が効率的だ。というわけで,この建物内に入るためには人型化するというのが規則になっている。

 「“肉球認証ーーーOK。人型化ーーーOK。お早うございます,今日も一日頑張りましょう!”」
 「お早うございます。」

 肉球を端末画面に置いたこんのすけの体が白煙に包まれた次の瞬間,黒いスーツに油揚げ色のネクタイを締めた男が電子音声に律儀に挨拶をした。艶やかな白い髪はへしきり長谷部に似た髪型。少しつり上がった目の目尻に入った赤いアイラインが白い肌に映える。両耳にはアイラインと同色のピアスが光っていた。一点の曇りもないフォックス型のメタルフレームの眼鏡。そのブリッジをクイっと持ち上げると,男は直立二足歩行でオフィスへ向かった。

 「課長,お早うございまーす!」
 「お早うございます。毛並み・・髪の毛を整えなさい。」

 政府内にはこんのすけのみが所属する部署がある。その部署は複数の担当課に別れていて,全てのこんのすけはいずれかの課に配属される。自分の席についてすぐメールチェックをしていると,ネクタイがひん曲がった長髪の男が間の抜けた声で挨拶をしてきた。勿論,彼も人型化したこんのすけだ。白い髪や白い肌は共通だが,人型化といっても髪型やアイラインや額の模様など個体差があるようだ。

 「こんな激務じゃ毛並みは悪くなる一方ですよ!うちの審神者はけちだから,安い油揚げしかくれないし!」
 「そのけちな審神者から苦情が来てますよ。他の審神者からも山の様にね。」
 「“本当に申し訳ないと思ってます?へるめっと被るこんのすけから誠意が伝わって来ないんですけど。そのこんのすけ,うちのですよね?真面目に働くよう注意して下さい。恥ずかしいです。”!?」

 こんのすけがクリップで留められた紙の束を渡すと,ボサボサ頭がはぐー!と金切り声をあげた。メンテナンス画面に映る彼から誠意が伝わって来ないとのクレームの嵐。あろうことか,自分が担当する審神者からも容赦ないクレームが付く始末だ。

 「ふざけんな,ひょっとこ男!顔がひょっこの分際でけちで細かいから,見合いを100連敗もするんだよ!」
 「主任のひょっとこ審神者,仕事は真面目なんですよねー。うちの審神者は見習えっつーの!」
 「つーか,政府の不始末を俺らのせいにするなよ!政府が無能過ぎて草生えるんですけどww」

 驚くべきことにボサボサ頭は主任らしい。皆が一斉に審神者や政府への愚痴を語り出した。こんのすけが課長を務める課はエリートのみが所属するのだが,職務内容の苛酷さから休職率が高い。素早くメールチェックを済ませ,次の仕事に取りかかっていた彼にとっては耳障りこの上ないのだが,部下のガス抜きも課長の業務。眉間に皺を寄せながら黙って聞いた。

 「冷静沈着な課長でも,うちのひょっとこと一日いるだけで,毛並みがわら半紙みたいになって吃驚しますよ!?」
 「今日も美人審神者お手製の愛妻弁当ですか!?いーなー!社食の稲荷寿司,油揚げも米も安物だから毛艶が悪くなっちゃう。」
 「課長恵まれすぎ!いけこんで仕事が出来るし。すぱこん課長の人型見たら,審神者さん惚れちゃうだろうなー。社畜同士お似合いですよ!」

 いけこんとは人間でいうイケメンのことである。管狐の世界にも美醜が存在し,毛並みや肉球の形やもふもふ感などから,いけこん度が判断される。すぱこんとはスーパーこんのすけの略。人間でいうスパダリ,スーパーダーリンのことである。高スペック管狐と賞賛されたこんのすけは眼鏡のブリッジを上げながら口を開いた。

 「愛妻弁当ではありません。それに,審神者に人型を見せるのは禁止されているでしょう?馬鹿な事を言ってないで,そろそろ仕事を始めなさい。」

 はーい。気の抜けた返事をしながら部下達が席に着いた。政府内では人型で業務を行うが,審神者や男士の前ではその姿を見せてはならない決まりだ。愛らしい姿の方が彼らに要求を飲ませる事が出来るだろうとの政府の考えによる。悪どい考えだが,もふもふは正義というわけだ。

 (審神者様・・・)

 デスクの一番下の引き出しを開けると,そこには油揚げ色の風呂敷に包まれた弁当箱が入っていた。審神者お手製の稲荷寿司弁当。今日は山葵稲荷のはず。風呂敷に刺繍された自分の顔も審神者のお手製。眼鏡の奥にある目元が僅かに緩んだ。



 「・・・忌々しい!」

 こんのすけ待望の昼休みがやって来た・・・はずだった。しかし,彼に訪れたのは絶望の二文字。首に巻き付けて持って来た弁当箱の中身が空だったのだ。思い起こせば,出陣予定の男士達が自分も弁当が欲しいと強請ったため,台所が戦場と化してしまった。慌てた審神者が中身を詰めずに風呂敷にくるんでしまったのだろう。中身を確認しなかった自分も悪い。責めるとすれば,自己主張が激しい我が儘三昧の男士達か。

 「稲荷寿司かきつねうどんか・・・」

 直立二足歩行の足取りが重い。部下が愚痴っていた様に,社食の稲荷寿司は油揚げも米も安物で美味くない。うどんも伸びきっていてコシがない。それに比べて審神者お手製の稲荷寿司はどうだ。本丸の畑で取れた大豆から作った油揚げを使用している。勿論,遺伝子組み換え大豆ではない。米だって最高級品だ。しかも山葵稲荷は今日初めて食べるはずだった。先日,審神者と一緒に油揚げレシピを検索して見つけ,完成を心待ちにしていたのに。

 「・・・?何の騒ぎですか?」
 
 人気のない廊下を歩いていると,バタバタと足音がこちらに向かって近づいてくる。今は人型をしているが,元は管狐のため耳が良い。激しい息遣いも聞こえてきた。まさか敵襲か。嫌な予感がしたこんのすけは急いで廊下の角を曲がった。

 「っ!ごめんなさいっ!」
 「い,いえ・・こちらこそ失礼,!?」

 角を曲がった瞬間,足音の張本人と勢い良くぶつかった。息も絶え絶えに謝意を述べる相手の顔を見るなり,こんのすけは言葉を失う。風呂敷包みを胸に抱えた女が,紛れもなく彼が担当する審神者だったからだ。

 「あのっ!私,不審者ではありません!!」

 審神者は大声をあげながら,首にぶら下げた身分証明書をズイっとこんのすけに突き出した。目の前の女が誰であるか他ならぬこんのすけが一番よくわかっている。だが,怪訝な振りをして身分証明書に目を落とした。

 「審神者の方でしたか。しかし,ここは審神者立入禁止区域ですよ?」
 「すみません!私,こんのすけに空のお弁当箱を渡しちゃって。初めて作った山葵稲荷なんです!」
 (審神者様・・・!)

 静まりかえった廊下に審神者の絶叫が響き渡った。ただでさえ声が大きいのだが,興奮すると更に大きくなるというクセがある。自分に山葵稲荷を届けるためだけに,立入禁止区域に不法侵入した彼女。こんのすけは爪先から頭の先にかけて感動が迫り上がってくるのを感じた。

 「申し訳ありませんが,ここから先はお通しすることは出来ません。私が代わりにお渡しましょう。」
 「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 壊れたオモチャの様にペコペコ頭を下げ続ける審神者。ガタガタ揺れる弁当箱の中の山葵稲荷は無事だろうか。審神者が処罰覚悟でここまで来たというのに,稲荷寿司の型崩れを気にしてしまうなんて。こんのすけは自分を恥じた。

 「必ず渡すから落ち着いて。」
 「ありがとうございま・・・っ!?」

 ぽんぽんと審神者の頭に手を置いた瞬間,壊れたオモチャの動きが止まった。ガバッと顔をあげた彼女の顔が茹で蛸の様に赤い。一緒に仕事の愚痴を語り合いながらヤケ酒をしている時よりも。

 「・・・どうしました?」
 「ヒッ!」

 顔を覗き込むとますます顔が赤くなる。熱でもあるのかと訝しんだが元気そのものといった様子。いつもは審神者の懐で寛いでいるこんのすけにとって,自分が見下ろす状態とは不思議な気分だ。光の膜が張ってうるうると潤む大きな瞳。頭に置いた手を審神者の頬に滑らせると,燃える様に熱かった。

 「ハヒッ!」

 審神者がすっとんきょうな声をあげたところで,こんのすけは自分が人型をしてたことを思い出した。見ず知らずの男の姿で触れて驚かせてしまったのだろう。審神者が荒ぶった時,肉球セラピーと称してポンポンしてやるクセが出てしまったのだ。慌てて審神者の頬から手を離す。

 「・・大変失礼致しました。」
 「い!エ!」
 「こんのすけの担当課を教えて頂けますか?」
 「土下座課です!土下座課の課長が私のこんのすけです!!うちのこんのすけの土下座は超一流なんですっ」

 こんのすけ部土下座課課長。政府の不始末を全身全霊で体を張って詫びるという超ブラック課の課長。5000年に一匹の逸材と言われるこんのすけの役職だ。他人の不始末を詫びるための壮絶な姿を審神者は超一流だと胸を張ってくれている。喜びで口元を緩めると彼女の顔がまた真っ赤になった。

 「味噌汁のタネも入ってるって伝えて下さい!油揚げの味噌汁だよって。お湯の量は160ミリリットルで,ちゃんとかき回してから飲んでって!」

 大声で味噌汁の飲み方を早口でまくし立てる審神者。味噌汁にも油揚げ!?と小躍りしたい気持ちを押し殺して,こんのすけは伝達事項に聞き入った。風呂敷包みを受け取ると,審神者にスーツの袖口をきゅっと握られる。

 「あ,のっ!お名前を・・教えて頂けますか・・・?」
 「・・・管,です。」

 即興で作った名前を伝える。審神者に非常用出口の場所を教えてやり,すぐにお渡ししますね。と約束して別れを告げた。行きとは異なり,直立二足歩行の足取りは軽妙だ。山葵稲荷と油揚げの味噌汁の事で頭がいっぱいの彼には,このあと予想外の出来事が起きるなど知るよしもなかった。

 「くだ様・・・・・」

こちら,こんのすけ部○○課。



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