「本当にその格好で行くの・・・?」

警部こと今剣に,張り込みをしようと誘われた。全力でお断りしたい。しかし,何かあっては困るので監視がてら渋々OKした。
問題なのは,警部が羽織っているトレンチコートと掛けているサングラスだ。
襟を立てたトレンチコートの上に極の甲冑を身につけているのだ。猟奇的なダサさである。
トレンチコートにサングラスは,現世で放映されている刑事ドラマの影響だ。見せてしまった私にも責任はある。
スーツに着替えてトレンチコートを羽織った。すると,警部からもう1振り仲間がいると聞かされた。一体誰だろう。

「それでは,訓練がてら三条の厄を落とそうか。」
「いしきりまる。あるじさまがなかまにくわわりましたよ。」
「新たな仲間の活躍を祈願しようか。」

猟奇的なダサさの石切丸が登場した。彼も襟を立てたトレンチコートを羽織り,サングラスをかけている。
こんな猟奇的にダサい2振りを連れて万屋に行かなければならないとは。拷問だろう。

「あるじさま。あるじさまは,いしきりまるのこうはいですよ。いいですね?」
「あ,うん。それはいいけど,石切丸の階級は?」
「あるじさまがはいってきたため,たったいま,じゅんさぶちょうにしょうかくしました。」
「私のことは,石切丸先輩もしくは先輩と呼ぶがいい。」

ラッキー昇格を果たした石切丸先輩は,早速,先輩風を吹かせてきた。何故,警部の仲間に加わったかは聞かない。
三日月を元に戻そうと日夜祈祷しているにもかかわらず,全く御利益がないことが関係しているに決まっている。
万屋浄化作戦成功を祈願した祈祷を行った後,我々は万屋へと向かった。

万屋は,現世でいうショッピングモールのように大きい。入り口に掲示された地図を見ながら,張り込み場所を決める。
周囲の目が痛い。あの審神者のところ,三日月だけじゃなかったのね。というひそひそ話が聞こえてくるではないか。
まずは茶屋で張り込みをしたいという警部の意見で,私達は茶屋へ向かう。警部は一番高い玉露と餡蜜を頼んだ。

「君も好きな物を頼むといい。先輩である私がご馳走するよ。金は唸るほどあるからね。」
「え。石切丸・・先輩,どういうことですか?」
「お賽銭や初穂料だよ。」

かなりショックだった。三日月を筆頭に癖が強すぎる刀ばかり揃う中,石切丸は数少ない良心だと思っていたからだ。
ところが,とんでもなく癖が強いご神刀だったではないか。うちの本丸にはまともな三条は存在しないことがはっきりした。
こんなに癖が強すぎるくせに,三条浄化を企てているなんて烏滸がましすぎやしないか。
警部と先輩の話によると,今日はどうやら三条が多く集まる日らしい。三条のイベントがやっているんだとか。
私は,うちの三日月が現れるのではと,双眼鏡で周囲を監視していた。すると,背中をトントンと叩かれる。

「・・・っ!忠犬先生!?」

警部や先輩と話していた声よりも一段階も二段階も高くなる。先生にお会いするのはサイン会以来初めてだ。
実は,先生とは文通をさせて頂く間柄で,時折贈り物まで頂いている。あの時,思い切って勝負に出て良かった・・・。
今日の先生も大変麗しい。こんのすけ柄のお面は口元が出ているタイプではないか!弧を描く唇が美しすぎる。

「ある・・・どうしてこちらに?」
(主っ!貴方は,一体何をやっていらっしゃるのですか!?)
「私は,張り・・茶屋で気分転換を。忠犬先生はどうしてこちらに?」
「俺は,書籍部と次作の打ち合わせをしていました。」
(すーつなんかお召しになって!おみ足が丸見えではないですかっ!貴方のお美しさは奇跡ですよ!)

次作と聞いて滾るが,引かれたくないので表には出すまい。ああ!張り込みを切り上げて忠犬先生とお話がしたい。
警部に退席を申し出ようとしたところ,警部と先輩が忠犬先生にずいっと名刺を差し出した。

「おやおや。どちらさまですか?ぼくは,今剣けいぶともうします。かのじょのじょうしです。」
「私は巡査部長の石切丸です。彼女の先輩にあたります。どのようなご関係で?」
「俺は・・忠犬先生という名で漫画を描いている者です。彼女とは文通を・・・」
(今剣に石切丸!貴様ら,何という格好をしているのだ!?しかも,主の上司とは何事だ!!)

私は,穴があったら入って死にたいほど恥ずかしかった。忠犬先生の前では,まともな審神者でいたかったのに。
猟奇的にダサい2振りを連れている審神者だと知られてしまった。禄でもない審神者だと引かれたに違いない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか,警部と先輩は,顔を見合わせてニヤリと笑った。

「なるほど,なるほど。あいびきあいてということですか。やぼなことをきいてすみませんでしたね。」
「ちょっと!警・・今剣っ!!」
「恥ずかしがることはないさ。性交は神事でもあるんだ。体の相性が抜群に良くなるよう祈祷をしてあげるよ!」

警部と先輩の要らぬ計らいにより,私と忠犬先生は要らぬ祈祷を受けた。突然始まった祈祷に,茶屋内がざわつく。
私は,神である忠犬先生を欲にまみれた目で見てなどいないのだ。彼は私を見つめて口元に笑みを浮かべている。
恐らく苦笑いだろう。永遠のように長く感じた祈祷が終わって項垂れていると,忠犬先生が私の耳に何かを掛けた。

「貴方にと買い求めた藤の簪です。直接お渡しできて良かった。俺の手で藤を飾られた美しい貴方を見ることが出来たのだから。」
「あ,あ・・・ありがとう,ございます・・」
「祈祷の御利益の検証は,また今度にいたしましょう。」

ちゅっと頬にキスを落とすと,忠犬先生は去っていった。ときめきすぎて死ねる!腹の底からやる気が漲ってきた。
無敵になったような感じだ。今なら,うちの三日月を素手で折れるかもしれない。

「こほん。そろそろいきますよ?」
「しっかり頼むよ,新人君。逢い引きは張り込みが終わってからだよ?腰が立たなくなったら困るからね。」
「はいっ!!警部,先輩行きましょう!!」

こうして,私達は魔の巣窟と化した三条イベント会場へと向かった。

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