「高っ!入場料だけで極のお守りと同じ値段ですか!?」
「気にすることはないさ。金は唸るほどあるからね。」

強気すぎる価格設定にもかかわらず,男気溢れる石切丸先輩は,2振+1人分を気前よく支払った。一体何のイベントなのだろうか。会場は,もの凄い数の三条刀で溢れかえっている。よく見ると,男性審神者も沢山いる。来場客は皆,頭にイベントグッズと思われる紫の鉢巻きを締めていた。かなり異様な光景だ。とある三日月なんか,邪魔だな。と己の髪飾りをぐちゃっと懐に入れて紫の鉢巻きを締めていた。それでいいのか?
私は猟奇的にダサい2振と会場の中に紛れ込む。完全に浮いていて紛れ込めていないのだが,この際気にしない。一際大きなパネルが貼られた所に人だかりが出来ている。三日月先生の新境地だな。と男性審神者が感嘆した。三日月先生?顔を見合わせた私達は,人だかりを必死に掻き分けてパネルの前へと突き進んだ。

「!!!!!」

こちらに背を向けて正座を崩し横座りをする女。白い衣を着ているのだが,ぐっしょり濡れて肌が透けている。身につける赤いブラとTバックまでもが露わになっていた。頭には,来場客が巻いているのと同じ紫の鉢巻きが巻かれていた。そして,女は,顔を横斜め上方向に向けて,差し出された刀に艶めかしく舌を這わせている。刀をソレに見立ててアレをしているような姿態。刀を良く見ると,三日月の打ち除けがあるではないか。しかし,不思議なのは,この絵は例の鶯春画と同じタッチではない。現世の官能小説の表紙のようなタッチなのだ。三日月はこんなタッチの絵も描けるということか?あのじじいが?大至急,確認しなければ。

「どう見ても新人君だよ。小狐丸が顕現した日にお祓いをしただろう?その時のだよ。上手く描けているね,敵ながら天晴れだ。」
「先輩どういうことですか!?あの日の私は,こんなにブ・・乳当てと腰巻きが透けていたのでしょうか!?」
「え?これって腰巻きだったのかい?私はてっきり,まわしだと思っていたよ。なんせ相撲は神事だからね。」
「しろいころもにしろいはだ。そしてあかいまわし。こうはくでめでたいとぼくはおもってましたよ?」

何を抜けたことを言ってるんだ,この2振は!これが本当に私だとしたら大変なことをしでかしたことになる。あの時,私の傍には長谷部がずっといたのだ。酒で衣が乱れた時も,お直ししましょうね。と,彼は全身を整えてくれた。ということは,長谷部に超至近距離で醜い姿を晒したことになる。無意識とはいえ,とんでもないセクハラだ。長谷部は,私のセクハラ行為に顔色一つ変えずに振る舞ってくれたのだ。最低だ,忠臣に対する裏切りではないか!

「長谷部・・・!本当に・・ごめんっ!!!」
「謝ることかい?彼もまわしだと思っていたと思うよ。随分と神々しいものを見るような目で,新人君の尻を見ていたからね。」
「そうですよ。ごしんたいをみるようなめで,あるじさまのむねやまたやしりをみていましたから。あ。でも,しゃきーん!となってましたよ?はせべのまた。」
「『おや,腫れ物でもできたかな?切って差し上げようか』と言ったら,もの凄い睨まれてしまったよ。はっはっは!でも,男根もご神体だからね。めでたくで良いんじゃないかな?」

猟奇的にダサい2振が何かごちゃごちゃ言っていたが,全く耳に入らない。私は後悔の念から,掌に爪が食い込むほど手を強く握った。あの純真無垢な忠臣にどう詫びればいいのだ。一度傷つけた心は,手入れで直せるものではない。いっそのこと,手討ちにしてもらおうか。うん,それしかない。その前に浄化しなければならない存在がいる。折るぞ,今日こそ絶対に折るぞ。

(忠犬先生・・どうか,私にお力を下さい!)

忠犬先生から頂いた簪をハンカチでくるんで心臓に近い内ポケットにしまった。すると,みるみる力が湧いてくる。奧へ進むと,“画狂老人三日月先生署名会”という看板を見つけた。私達は現場へ急行する。

「前作も大変素晴らしかったですが,今作のあの艶めかしい表情!表現の幅広さに感服致します!」
「伝統と革新の積み重ね。それが歴史というものだな。」

余所の石切丸と三日月の会話を聞いて,私は驚いた。彼は初期刀として一番長く時を共にしているはずだが,彼の口から歴史という単語が出た記憶がない。初めて,彼の歴史認識を知ったのではないか。

(伝統と革新の積み重ね,か・・。良い事言うもんだな。)

「三日月先生!先生の本丸の審神者殿は,いつもあのようなお姿で刀を顕現されているのですか!?」
「はっはっは。いつもというわけでないぞ?ここにいる小狐丸を顕現させた時を題材にしたのだ。気に入ってくれたかな?」
「ぬしさまは,それはそれは艶めかしいお姿で迎えて下さったのです。小狐の稲荷が大きくなってしまいましたよ。」

頭に紫の鉢巻きを巻いた男性審神者が,嬉々として三日月に話しかけている。彼の隣には,蒼い法被に紫のリボンで髪を束ねた小狐丸がいた。目を血走らせた警部が,ふたふりおりましょうね。と耳打ちしてきたので,先輩と共に頷いた。前言撤回である。

「おお,さぷらいずというやつか?俺のかぐや姫のご登場だ。主,近こう寄れ。皆の者,触るなよ?触れたら縦に斬るからな。」

斬り方まで指定したじじいが目ざとく私を見つけ,遠くから声を掛けてきた。すると,ギャラリーが一斉に振り返り拍手をし始める。大盛り上がりではないか。警部と先輩が,行け。と指示してきた。冗談じゃ無い,恥晒し以外の何物でもない。しかし,目的達成のためには従うのが無難か。とりあえず,掛けていたサングラスを外してギャラリーに一礼した。己の律儀さに呆れ果てる,こんな事しなくて良かったのに。

「おぉ〜ぬしさま,お美しい!小狐の稲荷がみるみる大きくなってきましたよ。」
「主,どうしたのだ?さては,俺が何も言わずに出掛けたものだから,俺の心変わりを疑ったな?皆の者,見てくれ。俺のかぐや姫は,艶めかしい体でこんなにも愛いのだ。ぎゃっぷが堪らんだろう?」

超ご機嫌の三日月は,私を腕の中にすっぽりと収め,見当違いも甚だしい戯れ言を言った。更にギャラリーが盛り上がる。小狐丸と三日月が私に気を取られている間に,警部と先輩が奴らの背後の回った。頼む,折ってくれ。そして,警部が三日月に斬りかかると,彼は私を腕の中に収めたまま刀抜いて応戦した。

「ーーー・・・・・」

ぼそりと真名を呼ばれた瞬間に,体がきんと冷える。会場は大盛り上がりのはずなのに,三日月の声以外の音が聞こえない。真っ暗な空間が閉ざされたみたいに,周囲のものが全く見えない。一体,どういうことだ。驚いて振り向くと,凍えた打ち除けが私を射貫いていた。完全に表情を消した三日月がそこにいた。

「み・・みかづ,き・・?」
「お前の心変わりを憂いて,毎夜涙で濡れる俺の袖は,乾く事を知らず海になってしまったぞ。それにもかかわらずこの心を疑うとは。ーーー今宵,仮面の男についてゆっくりと聞かせて貰おうか。」

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