「あるじさんは結婚するなら誰が良い?」

ホッケをつまみながら,分厚い結婚情報誌を捲る乱。ジューンブライド特大号と銘打ったそれ。もうそんな季節かと横目でチラリと見た後,ハイボールを流し込んだ。

「考えたこともないな・・誰だろう?」

次郎の店で月に数回行われる"女子会”。メンバーは,私・乱・次郎・加州だ。爛れた関係の刀が1振いるが,恋人はいない。そもそも結婚に全く興味がないのだ。いくら考えても答えは出なかった。

「燭台切じゃないのかい?ぷろのいけめんだって誉めてるじゃないか。」
「燭台切ね。彼はプロ中のプロ!でも,あんな完璧な男に甘やかされたら人間終了だね。デロデロに溶けちゃうもん。最早,暴力ですよ。あの圧倒的夜感は!」
「燭台切が専業主夫になったら大変だよ?主が働いてる間にまま友と・・。昼どらみたいな生活,俺はお勧めできないよ!」
「泥沼不倫?それは嫌だなー。」

燭台切が聞いたら呆れ果てそうな下世話な会話。しかし,これが女子会の醍醐味である。軟骨の唐揚げを差し出す次郎が,怪訝な表情で口を開いた。

「厳しい男が良いってことかい?女って甘やかされたい生き物だと思ってたんだけどねぇ。」
「一兄だ!歯磨きしろとか夜更かしするなとか,本当に厳しいんだから!あるじさん,一兄と結婚してよ!!」
「一期ね。格好良いと思うよ?でも,妻の味方にはならないタイプだね。乱達と喧嘩したら,お覚悟されちゃうでしょ。」
「子舅と揉めても味方になってくれない夫。孤立した妻は間男に温もりを求める。結局,昼どらの泥沼不倫じゃん!ていうか,夜更かしするなって,主の存在を否定するようなもんでしょ?」

加州の一撃で,乱はガックリと項垂れた。存在の否定は大袈裟だが,徹夜をするなと言われたら確かに困る。

「厳しい。面倒な身内がいない。徹夜で働くことを応援してくれる。・・・反吐が出るほどつまらない男だねぇ。主って男の趣味が悪いんじゃないかい?」

ドバドバと酒を注ぎながら,次郎が眉間に皺を寄せた。なかなかに辛辣だ。私はシシャモを囓りながら,必死に考える。

「・・いたよ,長谷部だ!昨日なんか,『主。もう限界ですか?完徹も満足に出来ぬ貴方の主命を俺が聞くとお思いで?』って言われちゃった。震えたっ!」

私は,長谷部のストイックさを身振り手振りを交えて力説した。しかし,3振は死んだ魚のような目でこちらを見ている。

「・・反吐が出そう。視聴率獲れないよ,そんな昼どらは!でも,ほらーとしては超一級でしょ。長谷部と結婚したら,主,地下牢に監禁されちゃうもん。」
「長谷部さんって,あるじさんにだけ高まるって噂あるよ?『早く沈めて下さいよ。貴方でなければ勃たない,この俺の昂りを。』とか言って,しつこく攻められそう!」
「確かに!長谷部君って,あっちの方も拗らせてそうだよね。自分で主の助平な絵を描いて慰めてたりして!彼,絵図描くの上手いじゃないか。」
「君達ッ!そんな奴,正真正銘のド変態でしょ!?長谷部に限って断じてない!!」

私は鼻息荒く,忠臣に着せられたド変態の汚名をそそいだ。加州がビールを噴き出してむせている。彼の背を撫でながら,乱があっ。と何か閃いた顔をした。

「絶対に結婚したくな,」
「三日月。三日月宗近。」

食い気味にフルネームで言ってやった。ウーロンハイを一気飲みして,空のグラスを机に叩き付ける。愚問の中の愚問だ。

「・・ねぇ主。余所の俺には初期刀が多いわけ。皆,審神者と仲良しだよ?らぶらぶって感じでさ。三日月って初期刀兼初鍛刀でしょ。赤い糸で結ばれた深〜い絆とかないわけ?」
「オエッ!気持ち悪すぎて,シシャモ吐きそうなんですけど・・。まあ,いいじゃないの!私と加州清光史上最も可愛い加州のラブラブぶりは,追随を許さないんだからさ!」
「あ,ある・・主ッー!!!」

ぶわっと桜吹雪を舞わせる加州と抱き合う。私と三日月との関係は,下世話な女子会ですらお話出来るようなものではない。徳利に入った酒をそのままらっぱ飲みしていた次郎が,興奮気味に身を乗り出して話し始めた。

「この前,万屋の酒屋に電凸してた時の迫力は凄かったよ〜。『いつもより酒がまずい。管理方法がおかしいのではないか?』って。」
「・・・は?」
「本当に管理に手違いがあったんだよ!流石は天下五剣!僅かな味の揺らぎも許さないなんて,厳しいよね〜?アタシは感動したよ!」

この前,酒屋の店長が土下座謝罪をしにやって来たのはそういう事だったのか。三日月は舌まで神経質なのだ。至極どうでも良い情報だが。

「余所の三条刀や審神者の所にも電凸してたよね?『俺に斬られたくて,ぷらいべーとを邪魔しているのだな?』って。うちの石切丸さんも説教されてたし。三日月さん,何で怒ってたの?」
「・・ああ。石切丸が余所の三条刀から初穂料を巻き上げたせいで,三日月が私の手伝いする羽目になったから,かな。」
「粟田口と違って,三条は身内感ないよねー。うちだけかな?あんなぎすぎすしてるの。」

逢瀬の邪魔をされた事に腹を立てて,電凸しまくったとは絶対に言えない。しかし,あの時ばかりは助かった。三日月のおかげで,苦情対応や始末書作成を免れたからだ。まあ。あの晩は,我が身が犠牲になったのだが・・・。

「三日月,万屋の薬屋にも電凸したでしょ?主が栄養どりんく飲んで,鼻血出した時。『慰謝料を寄越せ。』って激詰めしてたよ。」
「・・あれね,あいつがくれた物なんだよ。徹夜してたら持ってきてくれてさ。万屋で一番高いやつだったみたい。」
「へぇ。じじい,たまには良い所あるじゃん。」

先程から,三日月が電凸しまくってる話しかしていない。あいつのクレーマーぶりには枚挙に暇がないからだ。困った事に,平安じじい太刀がこぞって真似をしている。膝丸が,“何故,兄者は俺の名前を覚えないのだ?”と政府に電凸しているのを見た時は,正直泣けた。

「通い婚全盛期の平安じじいだし性格悪いし,自分勝手なまぐわいしそうだよね〜。あ。じじいだから勃たないか!」
「違・・・,っ!?!?」

加州の言葉を思わず否定しようとしてしまった。何て馬鹿な真似を!ヒヤヒヤしながら3振を見るが,不審がっている様子はない。助かった。気を紛らわすように梅酒を飲んでいると,噂のクレーマーの声が飛び込んできた。

「おい,主。」
「わかってるって!はいはい,部屋に戻りますよっと。」
「天下五剣のご登場〜!主は帰った,帰った!帰ってくれないと,アタシ達が電凸されちゃう〜!」

三日月は,女子会が宴もたけなわとなった頃に必ず迎えに来る。私が酔ってヘマをしないか監視しに来ているのだろう。3振に茶化されて,この日もお開きとなった。

「・・あれ?厳しい。面倒な身内がいない。徹夜で働くことを応援してくれる。三日月さんって,あるじさんの結婚相手の条件満たして・・・る?」
「夜の方はどうだかわからないけどね。でも,主達がちゅーしてるところとか想像できない!」
「案外,お似合いだったりしてねぇ?うひひひ!」


「今宵は,如何様ながーるずとーくをしたのだ?」
「じじいには内緒!って・・あれ?」

部屋に漂う良い香り。その正体は,白い花器に豪奢に飾られたカサブランカだった。悔しいが,白一色でまとめられているところに趣味の良さを感じる。

「俺が生けたのだ。良い香りだろう?来月は婚姻には良い月らしくてな。この花は婚儀で使われることがあるそうだ。」
「・・・ジューンブライド」
「ああ,それだ。旬の花は雅だろう?」

花に顔を寄せると,甘い香りが胸いっぱいに広がった。ふぅ。と感嘆の息を漏らす。すると,背後から抱きすくめられた。カサブランカよりも甘美な香りが体を包む。耳に唇が触れた。私がぴくりと肩を震わせると,熱い吐息混じりの声が耳に注ぎ込まれた。

「全ての条件を満たす男は,俺しかおらんだろう?」
「・・・立ち聞きしてたの?最低!」

身を捩って三日月に向き合い,非難の声を上げる。すると,彼は態とらしく,袖で目元を拭う素振りを見せた。悔しいが絵になりすぎる。

「たっぷり愛でるし現役ばりばりだと,何故言ってくれなかったのだ。そこは勇気を出すところだろう?」
「ゆ・・!言えるわけないでしょ!?」

やはり中身はクズだった。更に非難の声を上げると,顎をくいっと持ち上げられる。金の打ち除けを宿す瞳と視線を交わす。とろり。と音がしそうな程に蕩けたそれ。私は居たたまれなくて目を逸らそうとした。三日月は,それを逃すまいと下唇をかぷっと噛む。

「なぁに,夜は長い。じっくりと刻みつけてやろう。この体に甘美な快楽を与えてやれるのは,俺だけだということを。」



カサブランカの花言葉:甘美

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