*江戸城ネタ・下品な描写注意


「梅干使って5個!?くらすぞ,ナマクラ刀が!!」

そろばんを握る拳を高く振り上げ,眼鏡よりも赤く目を血走らせる博多。その額には,“全マス制覇”と書かれた鉢巻きを巻いている。ちなみに私の鉢巻きは“苦無必殺”だ。小判を消費する任務が続き,そろそろ大阪城が来るだろうとの私達の予想は見事に裏切られてしまった。博多の落胆は凄まじく,不憫に思った私は“江戸城対策本部長”の肩書きを彼に与えた。根っからの社畜である博多のやる気はV字回復し,そろばん片手に男士達に檄を飛ばす猛将と化したのだ。

「・・・面目ない。」
「粟田口の恥晒しばい!こんな兄を持って俺は恥ずかしか!!」

博多の足元に正座をするのは,粟田口の長兄こと一期一振。驚いたことに,博多は兄を恥晒しと扱き下ろしたのだ。弟が本部長という名誉を得たと大喜びした一期は,極短刀を引き連れて江戸城に向かった。が,運悪く空白マスを踏みまくって鍵を3個しか持ち帰ることが出来なかったというのが事の顛末である。

「まあまあ本部長!良くある事じゃん!一期,喉渇いたでしょ!?カルピス用意したから飲もう!?」
「・・・ありがたき幸せ」
「ナマクラは泥水でも啜ってればよかっ!!」

私は見るに見かねて,博多と一期の間に割って入る。兄に泥水を啜れと吐き捨てた無慈悲な博多は,肩を怒らせながら私が差し出したカルピスを一気飲みした。すると,口を開けば余計な事しか言わないあの男士が,なみなみとカルピスが注がれたジョッキグラス片手に現れる。

「よそのかていにくちをはさむのはきがひけますがねえ。おたくのおにいさん,つかいものになりませんよ。」
「こら!警部っ!!」
「えんせんもできなければ,きどうもおそい。たちなんて,しざいどろぼうですよ。」
「ご名答!そのくせ,“れあ太刀”だなんだって,デケェ面しやがる奴ばかりだろ。槍にぶっ刺されながら池田屋を突破したのは,俺達短刀だぜ?」
「れあ?このぼくをさしおいて?ふっ・・あたまだけは,かるいのですねえ。」

警部こと今剣と薬研がジョッキグラスをカキンと鳴らした。先日のドロップ変更で厚樫山のボスマスでのみ入手可能となった警部は,己がレア化したと完全に調子に乗っている。短刀の中で揉めそうと思いきや,古参の今剣がレア化したことに他の短刀達は大喜び。6面突入までの三日月をはじめとする太刀全盛期の影での長い日陰暮らし。だが,6面の夜戦を勝ち抜き極になったことで我が世の春を手に入れた短刀達は,事ある毎に太刀に対してマウントを取り始めた。お恥ずかしながら,うちの本丸は大変ギスギスしているのだ。

「ぼくは,うちがたなの“かばう”もきにいりませんよ。」
「あれ迷惑だよねえ。勝手に庇っておいて刀装壊すんだもん。」
「こらっ!警部と乱!!“庇う”をディスるの禁止って何度も言ってるでしょ!?」

プライドが無駄に高い短刀達は,見せ場を奪われるとして打刀の“庇う”にもケチを付けまくっているのだ。注意しても口を閉じない短刀達に頭を痛めているところに,この本丸一の問題男士の声が飛び込んできた。

「やめだやめだ。俺は二度と行かんぞ。」
「鍵・・ゼロ!?梅干20個も使って!?ふざけないでよ!十倍籠買いすぎたせいで本丸がジリ貧なの知ってるでしょ!?」

ブツクサ文句を言いながら本丸に戻ってきたじじい太刀。底なしに機嫌が悪い三日月は,肩に掛けたポシェットから梅干の領収書を取り出すと私の手に乗せた。三日月と同じ姿形をしたもちもち素材のポシェット。万屋から近く発売されるとかで,三日月先生の忌憚なき意見を頂戴したいと試作品を貰ったらしい。戦場にドヤ顔で持ち歩けるセンスの悪さと自意識の高さ。残念ながらこれが我が本丸の三日月宗近なのである。こちらを見て微笑む凶悪さの欠片もないポシェットのじじい。うちの三日月に意見を求める万屋の経営判断を疑わざるを得ない。

「ふざけるな?江戸城の茶屋にかるぴすがなかったにもかかわらず,政府の役人を斬らなかった慈悲深きこの俺に向かって言ってるのか?」
「カルピスがなかった!?江戸城アンケートに書いたじゃない!!」

私はぶ厚いファイルから一枚の紙を取り出すと頭上に掲げた。江戸城潜入調査に先駆けて行われたアンケート用紙のコピー。政府に要望や意見を伝える絶好の機会。おおいに張り切り徹夜でペンを走らせた。“三日月宗近対策”として,江戸城の茶屋にはカルピスを置くことを要求したはず。

「1杯目は少し薄めのプレーン味。氷は4つ!2杯目は少し濃いめの巨峰味。氷は3つ!くれぐれもジョッキグラスの持ち手は濡らさないこと!ほらっ!挿絵まで入れて書いたのよ!?」
「暑さ対策として塩分と糖分を摂取しろと,すぽーつどりんくを勧めてきたのだ。だから俺は言った。梅干を食いながらかるぴすを飲む方が健康的だと。俺はじじいだぞ?過度な塩分摂取で血圧が上がったらどうしてくれる?」
「あ,確かに・・・」

ぷれーん味の濃いめを用意しておけと言うと,三日月は洗面所へと消えていった。梅干の無駄遣いの件を追及すべきなのだが,じじいから放たれる凶悪なオーラにたじろいでしまった。審神者失格である。

「何,この水墨画みたいな挿絵。うわっ!ここ見てよ。“レシピ厳守!この刀は人を斬ります!”だって。」
「・・無駄に上手で引きますね。かるぴすの要望なんてこの本丸だけでしたよ!政府との間で板挟みになるワタクシは過労死寸前・・・」
「加州とこんのすけ,何か言った?」

アンケートのコピーを読んでいた加州とこんのすけ。話しかけるとビクッと肩を震わせた。三日月だけ特別扱いされていると勘違いしたに違いない。全男士の要望を書いたから安心しろとぶ厚いファイルを広げると,何故か彼らは石の様に固まった。

「主・・重傷だ・・・」
「ちょっ,鶯丸!?重傷って何で!?」

弱々しい声の方向に振り向くと,鶯丸が私の首元に顔を埋めてきた。少し癖のある髪に指を通すと,ふうっと息を吐いた。相当弱っているではないか。手入れ不要の江戸城で一体何が起こったのか。

「江戸城の茶屋の水はかるき臭い。しかも麦茶を出された。美味い茶を煎れてくれる君が恋しくて折れそうだった・・」
「カルキ臭!?麦茶!?鶯丸にはミネラルウォーターで入れた茶葉を使ったお茶しか飲ませないでって書いたのに!穀物茶の麦茶なんて論外じゃない!何て無能な審神者の・・」
「何を言う。君は立派な俺の主だ。そして俺の女だ。」

鶯丸の手が腰に這う。慰めてくれているのだろう。何一つ政府に要望を通せない無能な審神者を立派な主と言ってくれる心優しい刀。俺の女呼ばわりしている事は不問に付す。

「いや〜鶯丸様,天晴れ!儚げな雰囲気を醸して優しくふぉろー。過保護で社畜の審神者様は,ああいうのに一番弱いんですよ。同士もあれが出来れば今頃・・・」
「あっ!ちゃっかり乳に顔を埋めてる!」

ふわりと白檀が香ったと思ったら,背後から鶴丸に抱きすくめられていた。前からは鶯丸,後ろからは鶴丸にガッチリとホールドされて身動きがとれない。顔だけを後ろへ向けると,思い詰めた表情の鶴丸と目が合った。

「俺も重傷だ。空ますを踏む度にきみの穴にぶち込みたくたってな。腰の奧が疼いて仕方ない。閨で手入れを頼む。」
「鶴丸も重傷!?あの,穴って・・」
「ありゃ。そんな事も知らないのかい?穴は君の」
「あっ兄者!!主への教育は夜にしてくれっ!!」

怪我はない様子の源氏兄弟に安堵したのも束の間、不機嫌さ丸出しの髭切が語りだした梅干無駄遣いの真相に目をひん剥いた。

「梅干が不味すぎ。あんな物食べたって前に進めやしないよ。口直しの度に茶屋と往復でお仕舞いさ。お茶も不味いし,結局,僕達って何しに江戸城へ行ったのかな?ね,胃痛丸?」
「茶屋と往復しただけ!?って,えっ!?膝丸,また胃が痛いの!?」
「ん?あ!そうだ!安物の梅干を食わされたせいで胃が・・痛っ!!」

体調不良を訴える男士が続々と登場。江戸城が手入れ不要というのは嘘ではなかろうか。政府に電凸するしかない。膝丸の腹を撫でながらそんな事を考えていると,禍々しいオーラを感じて体がぶるりと震えた。

「おい無能。お前は男と乳繰り合って俺を干からびさせるつもりか?」
「ごめん!今すぐ用意するから!」
「無能よ,ごめんで済んだら検非違使はいらんのだ。」

ーーー“無能”。私は奥歯をギリリと噛みしめた。私が無能なせいで皆に迷惑を掛けている。へばり付くじじい太刀を引き剥がし,カルピスの瓶を手に取った。私の事を虫けらの様に見る三日月の視線が痛い。

「暫くの間,俺は有給を取る。無能な審神者に天下五剣は使いこなせんだろう。働くだけ無駄だ。」
「本当ごめん・・って,キャップ固っ!ん,ひゃっ!!」

キャップが開いた反動で,勢い良く中身が飛び出してきた。顔面が白い液でドロドロである。次の瞬間,ドカンという爆音と共に部屋中を大量の桜が埋め尽くし,襖が吹っ飛んだ。一体,何が起きたというのだ。

「燭台切!悪いんだけど,他の瓶を」
「っ!今は僕の顔を見ない方が良いと思う!」
「はぐー!燭台切様は長船派の祖!今,目を合わせたら孕んでしまいますぞ!」

黒革の手袋に覆われた手で目を隠す燭台切。絶叫したこんのすけが視界を遮ろうと私の顔面に飛びかかってきた。目を合わせただけで女を孕ませる?嘘だと言ってくれ,夜王!

「「「「よし,行くか。」」」」

先程まで重傷だなんだと文句を言っていたじじい太刀が,一斉に立ち上がって出陣の準備を始めた。一口団子より格段にキクよ。という謎の言葉を残して。そんな中,三日月がやれやれといった表情で私の顔を拭く。

「俺には顔にかける趣味はない。だが,お前の勇気を無下にする鬼でもない。」
「ゆ,うき・・・」

打ち除けをきらめかせて目を細める様は,まさに神。恐怖を覚える美しさと“勇気”という嫌な予感しかしない単語に身を固くすると,三日月の指が下腹を掠めた。

「うんと注ぎ込んでここを満たしてやろう。今宵は眠れんぞ?」

三日月はポシェットを肩に掛け,颯爽と出て行った。ポシェットの三日月と目が合う。やはり,万屋の経営判断を疑わざるを得なかった。

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