星の閨<前編>






「えっ!?運命の人と結ばれる日!?」

朝風呂に入ったなまえは,日刊審神者新聞にある当たると大評判の占いに目を通していた。いつもは斜め読みしているなまえだが,良い事が書いてあると知れば真剣みが増す。食い入るように読み始めた。

「『貴方の前に梶の葉を持った男性が現れます。彼が運命の人です。』梶の葉って何!?」

なまえはすぐさま端末で梶の葉を検索した。彼女にとっては初めて見る植物で,残念ながら占いは当たらない気がした。だが諦めきれず読み進める。

「『彼は貴方をデートに誘うでしょう。そして,貴方と結ばれることを望みます。思い切って彼に身を委ねて。』!?マジか!!」

なまえは新聞を片手にガサガサと箪笥の中を漁った。勝負下着を探しているのだ。生娘をとうに卒業したなまえは,初対面の男と・・なんてカマトトぶらない。

「『ラッキーフードは蕎麦と日本酒。ラッキープレイスは連れ込み茶屋』!!」

まだ見ぬ運命の男に胸をときめかせ,なまえは純白総レースの高級下着を取り出した。いつか最高の男と最高の夜を過ごす時のためにと買った勝負下着。とっておきの夜にだけ純白の下着を付けると決めていた。箪笥の肥やしと化したそれをついに身に付ける日が来るとは。感無量である。恐る恐る総レースのショーツを手に取った。

「戻ったぞ。」

なまえにとって最もどうでも良い刀の声が飛び込んできた。三日月宗近である。内番をサボった彼を懲罰すべく,早朝に単騎遠征に出していたのだ。しかしどういうわけだか,大喜びで遠征に出たため懲罰は肩すかしに終わった。障子を開けてじじいが現れた瞬間,なまえは目を大きく見開く。

「そ,それ!!」
「ほう,知っているのか?もうすぐ七夕だろう?俺の時代は梶の葉に願い事を書いたのだ。遠征先で見つけてな。なまえに見せてやろうと持ち帰ったわけだ。」

“梶の葉を持った男性”。ドキン。心臓が大きく音を立てた。ひらひらと梶の葉を揺らす三日月が,9億%増で良い男に見える。これが占いの力か。

「顔が赤いな。湯浴みをしていたのか?」
「う,うん・・・」

火照るなまえの頬を三日月のひんやりとした手の甲が滑った。彼の顔を直視できなくて,なまえは手に持つ新聞へ目を落とす。一方の三日月は,しおらしすぎる彼女の姿を注意深く観察した。

「昼餉は外で食うぞ。皆にはもう伝えている。万屋の近くに旨い蕎麦屋が出来たそうだ。珍しい日本酒が揃っているらしい。」
「そ,蕎麦!?に,日本酒!?」

ますます頬を赤く染めたなまえの瞳が潤み出した。普段なら,“蕎麦だと?貴様も溶かして細切りにしてやろうか?”と憎まれ口を叩くはず。今度は,三日月が目を見開く番だった。

「着物は夏の柄にしろ。俺が贈った蒼い紫陽花の着物を着ると良い。わかったな?」
「・・・はい」
「・・・ん?」

普段なら,"人の服装に口出すな,鉄クズ!”と罵ってくるはず。三日月がなまえの顔を覗きこむと,彼女は今にも涙が溢れそうな程に目を潤ませていた。それを見た三日月は更に目を見開く。後で迎えに来る。と,なまえの頬に唇を寄せれば,か細い了承の声が聞こえた。


「あいつが運命の人!?鉄クズサイコパス,絶対あり得ない!蕎麦屋で会う人に決まってるって!!」

もう一度入浴を済ませ丹念に体の手入れを行ったなまえは,これまた丹念にメイクをした。すると,畑当番の加州が耳をつんざく様な大声を張り上げながら部屋に入ってきた。

「主!お願いだから三日月を折って!折角極になったのに,すとれすで俺が折れちゃうよっ!!」

加州はなまえの腰に抱きつくと,わんわん泣き始めた。雑草むしりに精を出していたところ,自分も手伝うとスキップでやって来た三日月が大量の桜を降らせた結果,畑が桜で埋もれてしまったらしい。

「警部は?今日の畑当番は警部と加州でしょ?」
「部屋に籠もって読経してる!今剣は今日の刀剣男士占いで最下位だったんだよ。畑の方角に行くと物の怪に出会うから,当番は絶対やらないって。滅茶苦茶当たってるじゃん!物の怪って三日月だよ!」
「物の怪・・・」
「あいつ,今日の占いで1位だったからご機嫌なんだよ。早朝遠征すると福が来るんだって。当たったって,にやにやしやがって!」

だから早朝遠征に大喜びで出陣したのかとなまえは納得した。しかし,何が当たったのかはわからない。物の怪じじいは湯浴みをしているという。三日月×湯浴みの数式に身震いがしたが,なまえは頭を振った。運命の人は蕎麦屋にいると固く信じて。


「人の強欲さには呆れるな。」

連れて行かれた蕎麦屋は料亭の様に立派な店構えだ。店の前には短冊が吊された笹が飾られている。三日月は短冊の一つに手を伸ばし,書かれた願い事を興味なさげに一瞥した。彼は時折,人を突き離す物言いをする時がある。三日月と自分との間にある埋められない隔たりを感じて,なまえの胸がツキンと痛む瞬間だ。

「これはこれは!三日月先生ではありませんか!」
「店主か,奇遇だな。」
「蕎麦屋に酒を納めに参ったのです。今日は特上品が入っておりますよ。」

三日月と会話をする者を見た瞬間,なまえは言葉を失った。この者が運命の人だとしたら,三日月以上にあらゆる面でハードルが高すぎる。梶の葉を持っていないか確認する。持ってない。なまえは心底安堵した。

「おお・・!先生のみゅーずであられる審神者様にもお会い出来るとは!笹の前で佇むお姿は,織姫と彦星が嫉妬する程のお美しさでございますね。」
「当然だ。天下五剣で最も美しい俺とその俺が隣に侍ることを唯一許した女だぞ?」

謙遜も知らない無駄に長生きしているだけの三日月。店主と呼ばれた者は,"酒”と大きく書かれたエプロンをつけていた。三日月を先生と,なまえをミューズと呼ぶ。次第に彼らの関係が見えてきた。

「店主に会うのは初めてだったか。俺の絵のふぁんなのだ。本丸に来たのを知らないか?酒の管理がなってなくてな。」
「み,三日月先生!その節は・・・」

酒屋の不手際に激怒した三日月が酒屋に電凸し,店主が本丸に土下座謝罪をしに来たことは知っていた。“これ”を本丸に入れたとは。なまえは本丸のセキュリティを全面的に見直すことを決心した。


「あの店主・・槍,でしょ?」

蕎麦と日本酒は評判通りの美味しさだった。だが,なまえにとってはそれどころではない。

「ただの槍ではないぞ。現役時代は"かりすま高速槍”と呼ばれていたそうだ。」
「高速槍!?私が政府に嘆願書出し続けてるの知ってるよね?ロケットランチャーの刀装作ってくれって。」
「高速槍と苦無を焼くためだろう。全く,無駄な事を。それに店主はもう引退した身。今は後輩の指導をしているくらいだ。うちの槍も指導を受けているのだぞ。」
「指導!?元敵に教えて貰ってるの!?」

訓練をするのだと蜻蛉切達が嬉々と万屋に出掛けていたのは,元高速槍に指導を受けるためだったなんて。ジロリと三日月を見ると,目を伏せてお猪口に口を付けていた。彼との甘いキスが脳裏に浮かぶ。なまえはそれを掻き消そうと一気に酒を煽った。

「おい,一気に飲むな。」
「またお風呂に入ったから,喉が乾いちゃっただけ!」
「・・っ,また湯浴みをしたのか?あなや・・・」

大きく目を見開いた三日月の頬が,たちまち赤く染まっていく。ボフンと音を立てて大量の桜が舞う中,彼は袖で顔を隠した。"鬱陶しいものを飛ばすな,鉄クズ!”といういつもの怒鳴り声がしない。袖の隙間からなまえを窺うと,三日月と同じく真っ赤な顔の彼女は,こんもりと桜が乗った鴨ざる蕎麦を黙って食べていた。


「少し歩くぞ。腹ごなしが必要だ。腹がきついと存分に楽しめないからなぁ。」

なまえは三日月に手を引かれ,人気の無い小道を歩いていた。辺り一面に咲き誇る様々な色の紫陽花が美しい。花に囲まれても一番映える色は三日月の蒼だ。先程から爆発を繰り返す彼の桜が,一層蒼を引き立てる。蕎麦屋には運命の男と思しき者はいなかった。やはり三日月なのか。なまえは絡め合う指に力を入れた。

「花が嫉妬しているぞ。俺の紫陽花が一番美しいからな。」
「何言って・・綺麗なのは三日月じゃない・・・」
「・・・!!!」

バンッ!凄まじい音を立てて,三日月が桜の大爆発を起こした。はっきり言って近所迷惑である。彼の記憶にある限り,なまえが彼を美しいと言ったのは顕現した時以来だ。三日月は空を見上げる。槍も毒矢も降って来ない空を。

(空とは,これほどに青く眩しかったのか・・・)

"早朝遠征をすると福がやって来ます。あの人が貴方の願いを叶えてくれるでしょう。”刀剣男士占いの言葉だ。今日のなまえは,三日月が見たい表情ばかりを見せてくれる。そんな彼女の手を取って小道の奧の奧へと進んでいく。すると,何やら扉が現れた。建物全体を見渡すと,人目に付かぬよう竹垣に囲まれた高級な造りの建物だとわかる。なまえにとって見覚えのあるそれ。

「俺の願いを叶えてくれ。なまえでなければ叶えることは出来ん。」
「三日月,ここ・・・」

三日月は,なまえの腰を抱いて引き寄せる。彼女の唇に親指を滑らす彼の瞳はとろりと蕩けていた。

「抱きたい。」

梶の葉に蕎麦に日本酒。極めつけは連れ込み茶屋。ラッキープレイスの前で結ばれたいと望まれた。なまえはこくりと首を縦に振るしかなかった。三日月はもう一度空を見上げる。青く眩しい空を。


さくら様,リクエストありがとうございました!星の閨とは七夕の季語です。主人公も三日月もデレまくるロマンチックでギャグ甘なお話にしたくてこの季語を選んだのですが,肝心の七夕を過ぎてしまい申し訳ありません…。後編のエロへ続きます。