「自分で食べ」
ブスリ。ケチャップまみれの粗挽きウインナーに綺麗に磨かれたフォークが鋭く刺さる。刺した張本人は目を伏せ口角を上げているのだが無言の圧が凄い。抵抗すればウインナーになるぞという警告か。
「僕が近侍の時は,君の世話を好きにやらせて貰う約束でしょ。食べ終わったら着替えね?」
「もう着替え」
「僕がいるのに適当な格好するの?万屋に行くんだから,そんな格好悪い丁しゃつやめてよ!はい,あーん。」
真っ白な割烹着に身を包む燭台切。オカン感ゼロ。爽やかな朝に似つかわしくない圧倒的夜感。なまえのお宝であるじTシャツを格好悪いと断言すると,薄い唇を緩く開けて口を開けるよう促す。伏し目がちに唇を見つめる様の色気と言ったらない。なまえが恐る恐る口を開けるとウインナーが放り込まれた。
「今日の内番はぱすだ。ふぁんみーてぃんぐに行かねばならん。」
「ファンミーティングだ?却下ッ!!」
正面から内番をサボると宣言した三日月は,ウェットティッシュをなまえに差し出した。潔癖症の彼は食前食後,必ず手を彼女に拭かせるのだ。怒鳴りながらも丁寧にじじいの手を拭くなまえ。習慣とは実に恐ろしい。
「僕が手伝うよ。君と一緒にいられる事が僕の幸せだからね。」
金色をこれでもかと甘く細める燭台切が,三日月の手を拭くなまえの手を握る。三日月の瞳がすっと温度をなくしたが,圧倒的夜感にたじろぐなまえは見逃した。
「髭切達を見習って!ここ最近,毎日厚樫山へ行ってるのよ!?夕方から一緒に行きなさい!返事は!?」
「っ,喧しい女め。俺はじじいだが耳は遠くない。」
三日月はなまえの手を一瞥した後,食堂から出て行った。ズドン!何かが崩れる様な爆音が轟く。敵襲!と叫ぶなまえは燭台切が持つバケツから人参2本を取って音がした方向へ走った。男士達を見渡して意味ありげに口角をあげた燭台切は,なまえの後を追った。
「ッチ,凄まじい瘴気だ!」
「当然さ。お前が大騒ぎしている瘴気は皆が出しているんだよ。」
眉間に皺を寄せた髭切は,楊枝で刺した柿を口に入れた。兄の発言に驚いた膝丸は,瘴気を断つべく構えていた刀を横へ置くと言葉の続きを待つ。
「本当目障り。すぱすぱーっと斬っちゃおう。うん。今から厚樫山だね。」
「まさか!兄者は燭台切を斬るつもりなのか!?山に行ってどうするのだ!?」
「斬ったままなら主が悲しむだろう?僕は優しいから,新しい燭台切光忠を拾ってあげるのさ。目障りならまた斬れば良い。山に行けば沢山拾えるんでしょ?でもおかしいな。毎日行ってるのにちっとも拾えないや。」
鍛錬と信じて厚樫山へ付き添っていた膝丸は,兄の本心を知り驚愕した。しかし,そんな兄に悲しい知らせを伝えなければならない。
「残念だが拾えないのだ。政府がどろっぷを改悪したと,主が抗議文を書き殴っていたではないか。」
「ありゃりゃ。見てごらん。穀物は茶にあらずって言ってる鶯丸がずっと玄米茶を飲んでるよ。彼,もう折れるんじゃない?」
髭切が指差す先には禍々しい瘴気を放つ鶯丸が玄米茶を飲んでいた。毎朝玄米茶を飲む三日月を馬鹿にしている彼がだ。検非違使の首を半分斬って脅せば良いか。とのんびりした口調で髭切は物騒な事を言う。
「燭台切が近侍を務めるだけでこの瘴気。平時と同じなのは三日月だけか。」
「冗談は仮病だけにしておくれ,仮病丸。彼は・・・鬼になりかけてるよ。」
「綺麗だよ。このまま閉じ込めちゃおうかな。」
中指の腹に付けた銀朱色の練紅をなまえの頬に滑らせると,燭台切は小首を傾けて微笑んだ。絶妙な加減で繰り出される圧倒的夜感を伴う口説き文句。彼が近侍の時は,着物から髪型,化粧に至るまで彼の手で彩られていく。ただ一点を除いて。
「紅は君が差すでしょ?なかなか唇を許してくれないね。でも,僕はそんな君が好きだよ。」
「殺す気ですか・・・」
なまえの照れた様子に満足した燭台切は,玄関で待ってるね。と言い残して去って行った。なまえは息を一つ吐いて鏡台の引き出しを開ける。そこには色とりどりの口紅があった。そこから一つ選び出す。いつもは三日月が着物や化粧に合う物を選んで紅を差す。操を立てる義理は全くないが,何だか彼を裏切る気がしてなまえは紅を差される事だけは頑なに拒んでいた。
「本丸の石垣が崩れるなんてある!?保険に入ってなかったら破産してたよ!」
なまえが敵襲と勘違いした爆音の正体は,本丸の石垣が崩れた音だった。政府によれば過去に例がないとの事。本丸が潰れる額の修理費がかかったが,超用心深い彼女が入っていた保険のおかげで難を逃れた。不幸中の幸いである。
「さあ着いたよ。・・今日は貸し切りだって。残念。」
なまえと燭台切が向かったのは,万屋内に新しく出来た高級カフェバーだ。ケーキが美味しいと大評判らしい。おやつ作りの参考にと来てみたのだが運悪く貸し切り。つくづく運に見放されたなまえ。店内の様子は窺えないが,黒と金を基調とした高級感漂う店の佇まい。店の入り口にあるガラスケースには,沢山のケーキが並んでいる。どうやら持ち帰りも出来るらしい。
「こっちにおいで。食べたい物を言ってごらん?」
燭台切はなまえの手を取り引き寄せて,ガラスケースの前へと導いた。黒い店に黒い色男。ここはホストクラブか。女の股が二度と乾かなくなる様な圧倒的夜感と香り。なまえの頭がくらりとした。すると,店内から話し声が聞こえてきた。こんな高級店で昼間からパーティーとは富豪審神者だろうか。本丸倒産の危機に陥っていたなまえとは大違い。内職でも始めようか。そんな事をぼんやりと考えたなまえは,天井から吊された豪華なシャンデリアを見た瞬間,絶叫した。
「しょっ,燭台切!!危ないっ!!私の後ろに!!!」
金はないが刀だけは絶対に守る。社畜根性全開のなまえは,丸腰のくせに燭台切を背中で庇った。シャンデリアに乗った禍々しい物体。大きな黄緑色の目がじっと彼女達を見下ろしている。頭にちょこんと黄緑色のベレー帽を乗せて。ぱちくりと瞬きした後,店の中へと飛んで行く。なまえは禍々しい物体の後を追った。
「主や,喧しいぞ。」
店内もやはり豪華だった。何メートルあるのか計りたくなる長いテーブルの上には,無数のオードブルやフルーツが置かれている。所々に飾られた花のアレンジメントが美しい。審神者や男士らに囲まれたテーブルのお誕生日席にいたのは,シャンパングラスを傾ける三日月。ここは,ファンミーティングの会場だったのだ。
「三日月!?怪我はない!?ここに黄緑色のベレー帽を被った」
「苦無だろう?ただの苦無ではないぞ。でびゅー戦の江戸城で,刀を破壊した伝説を持つかりすま苦無だ。」
「今は酒屋の店員。うちにも配達に来てるよ。あのさ,僕を庇うの止めてくれる?格好つかないでしょ。」
三日月に一番近い席を陣取る苦無。その向かいには,先日蕎麦屋で会った高速槍の酒屋の店主がいた。江戸城で刀剣破壊した苦無がいたなんて。とんでもない強敵相手に丸腰で挑んだなまえ。しかし,命を顧みず守ったはずの燭台切は,庇うのを止めろとクレームを付けてきたではないか。社畜とは悲しい生き物である。
「なあ苦無。主は絵図おたくで友人が一人もおらんのだ。お前も絵図おたくだろう?友人になってやってくれ。」
「そのベレー帽って・・・」
「手塚先生に敬意を表して。ちなみに,拙者の婦人向け絵図の推しは漫画家集団あるじでござる。どうぞ御見知りおきを。」
やけにイケボの苦無はベレー帽をくいっと上げた。長いこと漫画オタクをやってるなまえだが,漫画の神様に敬意を表してベレー帽を被るオタクに出会ったことがない。しかもあるじ推し。こいつは本物だ。なまえの中で苦無への評価がコペルニクス的転回を起こした。
「審神者様,お離れ下さい!こやつは女子を悦楽地獄に堕とす魔性刀ですよ!ここで会ったが百年目!燭台切光忠,覚悟ォォォ〜!!」
「でーとの邪魔しないでよね。何なの?ここで殺る?」
「で,でーとだと!?審神者様は三日月先生のみゅーずだぞ!?頭が高いぞ,長船派!!」
「拙者,悔しくて悔しくて!審神者様が三日月先生を庇うという萌えを期待してたでござるのに!」
なまえ達のやり取りを微笑ましく見守っていた店主は,燭台切の存在に気付くや槍を構えた。苦無や他の男士も殺気を向け一触即発の状態だ。三日月はというと,デートという単語に一瞬だけ片眉を上げた。
「・・・燭台切,店主達と何かあったの?」
「さあね。嫉妬してるんじゃない?僕が格好良いから。長船派は高身長だから,頭が高いのは当然なんだけどね。」
仰る通りなのだが,これは男を敵に回すだろう。店主達の殺気が一段と強まる。肝を冷やしたなまえは三日月に声を掛けた。
「三日月!酒飲んでないで店主達を止めてよ!」
「苺大福を買っておいたぞ。持って帰れ。」
「ちょっと,」
「帰れ」
三日月は苺大福が入った紙袋を手渡すと,なまえを一瞥することなくグラスに口を付けた。拒絶の色が滲む態度。ファンミーティングとやらに水を差された事で不機嫌なのだろうか。名前を呼んでも完全無視。諦めたなまえは苺大福のお礼を言って出て行った。後を追う燭台切が,くるりと振り返る。
「そうそう。三日月さん,知ってると思うけど石垣が崩れたよ。本丸が潰れるくらいの修理費でさ。」
「・・・ほう。それは災難だな。」
「本当に災難だよ。修理費が保険で賄われたから計画が台無し。本丸が潰れたら僕,あの子を隠すつもりだったのに。」
一瞬にして店内が静まりかえった。三日月は感情の読めない表情で燭台切を静かに見つめる。燭台切は口角を綺麗に上げると,今度こそなまえの後を追った。
「・・・・・存外,脆いものだな」
パリン。シャンパングラスが悲鳴に似た音を立てて割れた。黒い掌の中で無数に散らばるガラスの破片が,夜空の星の様に煌めいている。だが,それを見つめる三日月の瞳に光はない。何に向けられたものか解らぬ言葉だけが宙を舞った。
田中様,リクエストありがとうございました!そして,大変遅くなり申し訳ありません!燭台切の圧倒的夜感のせいで何やらとっても不穏な雰囲気ですが,後半のエロへ続きます。