よしなしごと
▽2019/09/25(Wed)
裸足のセラフィム
温かな体温、滑らかな肌、規則的な心音、豊かな感情。
私を構成しているすべてが人工的に造られたということを、疑う者は誰もいなかった。
頭部に埋め込まれた小さなコンピューターが情報を分析し、過去のデータに基づいてその時々に応じた反応を示し、人はそれを喜怒哀楽として受け取る。
心音は回転するモーターがそれに似た音を出し、その際に放出する熱は体温を、きめの細かな皮膚としてシリコンがその上を人の形に覆っている。
まったく、よく出来ているものだ。
生殖機能など無いくせに、男性として造られている体は、その時々によって特有の反応を示す。
馬鹿馬鹿しい、そう呟いた言葉を拾ったカミュは、怪訝そうな表情で私を見た。
「何かあったのか、」
「いや。ただ、この体の構造がさ。煩わしいったらないね、女性体に対していちいち反応を見せるなんてさ」
ああ、と彼は笑う。
「それが男というものなのだろう。私たちはそれを、学ばなければいけない」
彼は来月から、シベリアへ旅立つらしい。
聖闘士としての弟子を育てるべく、人間は教える時にどのような感情を見せるべきかをプログラミングしている最中だった。
「なかなか難しいな」
はあ、ひと段落したところで彼は瞼を閉じた。
長い人工の睫毛が、頬に影を落とす。
「教えるなど、まったく我々にとって不向きだと思うよ。出来ない、ということがないのだから」
機能とプログラムを構成しさえすれば、出来るのに。
「人間て、おかしな生き物だ」
憂鬱そうだな、と私は細い髪を指先に巻きつけて遊びながら彼に声を掛ける。
「そう悪い話ではないと思うけどね」
「そうだろうか、」
シベリアの氷の冷たさ、深く積もった雪の上を歩く感触、暗闇に煌々と浮かび上がるオーロラのデータを記録出来る。
そう言うと、彼は噴き出した。
「あなた、それほど熱心だったか?」
さあね、プロジェクタの電源を落としながら答えをはぐらかす。
「しかし興味はあるね。記録が溜まったらデータを送れよ」
気が向いたら、そう言ってカミュは自らの電源を落とした。
***
十二体とも状態は良好、通信機能にも問題は無し。
沙織はディスプレイの明かりを消してそう呟くと、二度のコール音で来客の知らせを受け席を立った。
応接室では、彼女が待ち侘びていた相手が、調度品に囲まれて所在なさげな様子でソファに腰を下ろしている。
「お待たせいたしました、」
その声に気が付いた彼女は弾かれたように顔を上げ、僅かに腰を浮かす動作を見せる。
沙織はそれを「ああ、よろしいのそのままで、」と彼女に座るよう促す。
「どうかお気になさらないで。座って話をしましょう、」
私、城戸沙織と申します。
「今回の件、受けて下さってありがとう」
微笑んでそう感謝の言葉を述べると、いいえ、と彼女は首を横に振る。
アーモンドの瞳が、沙織を真っ直ぐに見つめた。
長い睫毛が、光の加減で頬に影を落としている。
綺麗な子、と沙織は心の中で呟いた。
「私、##NAME2####NAME1##です」
でも、そんなこともうご存じですね、と彼女は肩をすくめて見せた。
「ええ、そうね。名前も、あなたがどんな方かもね」
どんな方ですって?と####NAME1##は眉をひそめる。
「ああ、変な意味ではないのです。簡単な経歴とか、例えば履歴書に書くようなこと」
でもまさか、お受けして頂けるとは思いませんでした、と沙織は微笑む。
「どうして私なの?」
「選択肢は秘密。でも、なぜ貴女を選んだのかと言うなら、答えは簡単だわ」
私の理想とするビジョンに一番近かったからです、と短く彼女は答えた。
それに対して####NAME1##は何も言わないまま、沙織の言葉を待っている。
目の前の美しい少女が造ったという、アンドロイド達の話し相手という役目。
「・・・私、自分の造った彼らにもっと沢山のことを学ばせたいのです」
彼女の言葉に####NAME1##は首を傾げる。
「でも、既に沢山のことを知っているって、聞きましたけど」
それは知識としてのお話ね、と沙織は微笑んだ。
「言語機能として数パターン、一般的な教養、マナー、ある程度の学問は組み込まれています。もちろん個人差もありますけど、ベースとしてはね。でも、応用できなくては意味がないわ」
様々なことに触れ、経験を積み重ね、最善を選択し、より人間らしくなる必要がある。
「会話一つを取ってもそう。だから選択肢の中で最も理想的であるあなたが選ばれたのです」
最初の内はぎこちない会話が続くかもしれないけれど、と沙織は微笑んだ。
「私が、彼らと接することに意味があるの」
「もちろん。アンドロイドである彼らに、より具体的な感情を与えてやりたいのです。そのためには感情の塊である人間の傍で学ぶのが一番早いわ」
私、それほど喜怒哀楽が大きいとは思えないんだけどな、と彼女は呟く。
「問題はそこではないわ。人間性を観察した結果の答えです、」
よく分からない、と彼女が肩をすくめて見せると、「それで良いのです」と沙織は楽しそうに答えた。
約束の時間まで、残り12分24秒。
気が進まない、とはこういうことを指すのだろうか。
あまりエネルギーを消費したくないな。
石畳の廊下に、右足左足と順に踏み出す度に、規則的な足音が響く。
隣を歩くムウは私の様子に気付いて、「彼女に会いたくないのですか?」と尋ねた。
「さあ、どうだろうな。あまり無駄なエネルギーを使いたくないが」
充電していない?と彼が続けて尋ねるので、「いや、使うに値する相手なのかと思ってさ」と笑ってみせた。
「私、アテナ以外の人間に会うのは初めてなんです」
ムウはそう言うと、僅かに視線を泳がせた。
「貴方は何度かそういった経験が?」
「うん、まあ。君よりも先に造られているからな」
といっても、それは両手で数える程度でしかない。
フィルムを何度も再生して、画面の中で生き生きと動く人間の感情を繰り返しインプットしてきた。
けれど、自分がそれを対人間に出来るかと言われれば、些か自信がない。
それはムウと同時期に造られたカミュも同じであったが、彼は氷河とアイザックという弟子を聖闘士として育てるために、先立ってシベリアへと向かった。
私の考えを読みとったかのように、ムウは「カミュは、感情の成長が黄金の中でも著しかったようだから」と呟く。
「感情豊かと言えば、デスマスクやアルデバランもそうだろう」
「でも、一番バランスが取れていたのは彼でしたよ」
そう穏やかに続ける彼は、喜怒哀楽の面ではまだまだ成長の過程にいたかもしれない。
後、5分25秒。
控えめにドアをノックすると、「どうぞ」と聞き慣れた声が入室を許可する。
「まあ時間きっかり」
5分前行動を最初にインプットした彼女は、嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです、アテナ。日本はどうでした、」
「相変わらずのお仕事よ。アフロディーテ、」
あなた、少し口角が上がったわね。
「良いことだわ。すこぶる良好ね」
ムウも同じ、と彼女は嬉しそうに微笑む。
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