コルセット・ロマンス



「やあ。待ったか?」
いや、と彼は首を振った。
「私もついさっき来たばかりだ」
「そうか、良かった」
運ばれてきたふたり分のマキアートが静かにテーブルに置かれる。
「好きだろうと思って、先に注文してしまった」
「用意がいいな、カミュは」
手際の良さを褒めつつカップを手に取る。
テラス席に座るにはちょうどいい季節だった。
吹き抜けていく秋の風が心地良い。
「久しぶりのパリだな。君の故郷だ」
「生まれた国というだけだ。シベリアやギリシャのほうが長いさ」
「ま、それもそうだな」
話を継いでカミュは言った。
「以前、仕事で一緒に来た時、カフェで出会った女性を覚えているか?」
「誰だって?」
「あなたと良い雰囲気だった。少しなまえに似ていた気がする」
アフロディーテの頭の中で、彼女の姿が呼び起こされる。
「ああ・・・そうだった気もするな」
「さっき偶然、メトロで見かけたのだが」
「へえ。君こそよく覚えていたな」
「連絡、取っていたりするのか?」
カミュの問いかけに、アフロディーテは思わずこめかみを押さえる。
「あのなあ・・・君は何か勘違いしていないか?」
「してないさ。わざとだからな」
「趣味が悪い」
「はは。もしかして、と思っただけさ。楽しそうだったから」
まっすぐなまなざし、チャーミングな笑顔。
相づちも、驚くほど似ていた。
けれど、彼女じゃない。
「黒とネイビーは同じ色じゃない。君なら分かるだろ」
「・・・ああ。たしかに」
ふたりは口をつぐんだ。
アフロディーテは考える。
ここは、自由な街だ。
けれどずっと以前、この愛すべき国の女性たちはコルセットで体を締めつけていた。
奔放な恋愛と反比例するかのように。
「あなたは一途だな」
「そうさ」
アフロディーテは頷く。
「自由すぎる恋愛は好きじゃないんだ。少しくらい締められるほうがいい」
「どれくらい?」
「そうだな・・・緩めたコルセットくらい」
そう答えれば、
「興味深いな」
とカミュは笑った。


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