アラビアン・ラプソディ



「・・・なまえ、なまえ」
着いたぞ、と軽く揺さぶられてようやく目を覚ます。
「え、もう?」
「もう、か。かなり長時間のフライトだったぞ」
苦笑したカミュはすでにベルトを締め、着陸の態勢を整えている。
あわててそれに倣うと、機体はぐんぐん加速し下降を始めた。
ジェットコースターとエレベーターが合わさったような感覚の中で、なまえはまだ見ぬ異国の地に思いをはせる。
「この瞬間の負荷はあまり好きじゃない」
カミュの言葉に、アフロディーテはそうか?と答えた。
「私はもう慣れたよ」
「ああ。フリージングコフィンの閉塞感に比べればなんともない」
ミロの冗談とも本気ともとれる返事に、カミュは複雑そうな顔をする。
彼らを乗せた飛行機は今、長い空の旅を経てようやく地上へと降り立った。

***

リムジンに出迎えられ、案内されたのは贅を尽くして建てられたホテルの前だった。
行き交う人々の正装した姿に戸惑いをかくせないでいるなまえは、「すっごい豪華…」と感想を口にする。
「だけど、本当にこんな場所に泊まって良いのかな」
「今回の旅行はずいぶん気前がいいんだな」
そう言って、アフロディーテは何気なく束ねた髪に触れた。
吹き抜けてゆく乾いた風が、かすかに砂塵を含んでいるように感じて彼は顔をしかめる。
「スパに行ってトリートメント決定だな」
「しかし、本当に俺たちは満喫して良いのだろうか」
「どういうことだ、シュラ?」
ミロの問いに対し、彼は「つまりだな」と言った。
「帰る頃には、執務室に俺たちのデスクがなくなっているというわけだ」
「なんだ、良いことではないか」
良いわけあるか、と彼は反論する。
「アテナに不要と言われるようなものだぞ!」
「俺はもともとデスクワークより現場作業のほうが性に合っているんだ」
あっけらかんと答えるミロと頭を抱えているシュラに、アイオロスは「まあまあ」ととりなすように声をかけた。
「今度の旅行は、日頃の働きをねぎらってアテナがわざわざ用意してくださったものだ。楽しまなければもったいない」
デスマスクはさぞ悔しがっただろうな、とカミュは小さく笑う。
「ああ。なんでお前らだけアブダビなんだ!俺も連れていけ!とさんざんな言いようだったぞ」
アフロディーテが彼の口調を真似るのを見てなまえはふき出す。
「全然似てないよ」
「似てたまるか。だけど、本当におそろしいのはここから」
あいつ仕事を抜け出して勝手に合流しようとしたんだ、とアフロディーテは言った。
「合流?しかし、これはプライベートジェットだぞ」
「光速使ってくる気かな」
「来たところでホテルは自分持ちだよ。ま、とにかくサボりに気づいたアテナによって、今ごろ軟禁状態で仕事をしているんじゃないかな」
想像しただけでぞーっとしていると、ミロがふたりの肩を抱いて「なあ、早くチェックインしようぜ」と割り込んだ。
「そうだね、さっさと済ませてしまうか」


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