パリで一緒に



パリの空の下、セーヌは流れる。
景色のいい場所はたくさんあるものの、人ごみに揉まれる観光地では風情に欠ける。
というわけで、私たちはオルセー美術館の屋外テラスへ来ている。
「わーっ、素敵!ねえ、あの建物は?」
「こら、乗り出さない。どれだ?」
「あそこ。あの白い建物、なに?」
「あれはサクレクール寺院だ」
鮮やかな白が、バックの青空によく映えてる。
お城みたいだと思っていたけど、言われてみれば静かな僧院といった雰囲気かもしれない。
何百年も前からずっと、あの場所からこの街の歴史を見守っているんだ。うう、ロマン。
なんて、感動している私より先に返事をしたのはお腹だった。
「・・・笑うなあ!」
「くっくっく、いや、すまない。だがたしかにそろそろお昼だな」
そーそー。絶対カミュだってお腹すかしてるでしょ。私のほうが先に我慢できなくなっちゃっただけで。
「ガレットでも食べに行かないか」
「賛成!行く行く」
時々おやつで出てくる薄いクレープ生地を思い出すとよだれが出そう。
あれすっごくおいしいのよね。中にハムと卵落としたらご飯にもなっちゃうし。
モンパルナス駅の近くにあるカフェに移動し、仲良くメニューを眺める。
「うわー、おいしそう。どれにしようかなあ」
「私はチキンのホワイトソースでにしよう」
決めるの早くない?
というか、私フランス語読めないんですけど。
イラストを見て想像するしかない。
やっぱり無難なハムと目玉焼きかなあ。うーん・・・。
「こっちはサラミとチーズ、ホワイトアスパラとひき肉のソースもある」
あーん、迷う!
「ねえ、半分こしない?私はサラミとチーズにするから」
「いいとも。そうしようか」
通りがかったウェイターになめらかなフランス語でカミュは注文する。
「・・・どうした?」
「んーん。かっこいいなあって」
こんなに素敵な人が恋人なんて夢みたい、なんて言ったらちょっとふわふわしちゃってるけど、本当にいいのかなって思うことはある。
だって、私なんかとっても普通。どこにでもいる、ありきたりな存在だもん。
とびきり美人でもスタイルがいいわけでもないし、語学が堪能とか、聖闘士並みに強いわけでもない(ま、これはしょうがない)。
でも、カミュは私がいいんだって言うの。
だから告白してくれた時、思わず聞いちゃった。「もしかして目が悪かったりする?」って。
期待していたのとはてんで違う答えが返ってきたから、カミュは怪訝な顔をしてたっけ。
「ねえカミュ」
「ん?」
「ほんとーに付き合うの、私で良かったの?」
「まだそんなこと言ってるのか」
諦めたようにため息をついたカミュ。絵になる。
「だって」
「君は自分で思う以上に可愛くて、私を夢中にさせる存在なのだとそろそろ納得してくれてもいいんじゃないか」
真紅の瞳が私をまっすぐに見つめる。
クールがモットーのはずなのに、本当はとっても情熱的な人なんだ。
赤く彩られた指先が、そっと私の頬に触れた。
わ、わーっ!心臓が破裂しそう!
「・・・すこし、髪が乱れていただけだ。これでいい」
そう言ってくすっと笑うカミュ。絶対にわざとだ。
「うう、いじわる・・・」
「スキンシップに慣れてくれてもいい頃だと思うんだがな」
分かってる。
そういうのには慣れてない私を、辛抱強くカミュが待ってくれているんだってこと。
一緒ににパリへ来ることは初めてじゃないけど、今回は今までとは全然違う。
恋人になって、一緒にパリへ来たのはこれが初めてだった。
私は言った。
「あのね、行ってみたい場所があるんだけど」
「どこ?」
「アンティークのお店。前にテレビで見たの」
「アンティーク?かまわないが、君にそんな趣味があるとは知らなかった」
「ううん、別に趣味ってわけじゃないんだけど。・・・えーと、その、ね」
もごもごしながら答える。
「すごくきれいなウェディングベールがあって・・・いいなって」
わあ、恥ずかし。言っちゃった。
でもいいよね、夢だもん。
「そうだったのか。分かった、案内しよう」
カミュはゆるやかに笑う。
同じこと、思ってくれていたら嬉しいのにな。

***

建物は小さめだけど、意外と奥行きがあるお店。
だけど、ちょっと暗くて入りづらいかも。
「楽しみだな」
まるで気にしていない様子で、カミュは私の手を引いて中へ入る。
レジの向こうには上品な年配の女性が座っていた。
こちらに気づいてほほ笑みを浮かべる。
歓迎されていることを知ってほっとした私たちは、ゆっくり店内を見て回ることにした。
「あ!」
あった、あのベール!
実物を目にして、その美しさに感動する。
だってこれきっと手縫いよ。
きっと一針一針、思いを込めて丁寧に作ったんだろう。
にふと、ある物に気がついたなまえは立ち止まる。
「・・・綺麗だな」
カミュの握る手の力が少しだけ強くなる。
「いつか、」
そう言いかけて、口を引き締めた。
「いつか・・・なに?」
「いや。その時が来たら言うさ」
ほんのちょっぴりだけ照れているみたい。
こっちまで熱くなってきて、私は黙ってうつむいた。
ふと、隣にある置物に意識が向く。
なにかしら、あれ。
掛けられている薄布をそっとめくると、それは私と同じくらいの背丈の姿見だった。
まさに、アンティークでクラシカル。
「カミュ、見て」
カミュはそれを覗き込んだ。
「ふうん・・・古いが、手入れがいいんだろうな」
その時、
「わ!」
「離れろ」
突然、カミュは私を鏡から遠ざける。



- 99 -

*前次#


ページ: