「黒尾先生って先生っぽくないですね。」
キツイ校則や綺麗な言葉で生徒を縛りつける他の教師とは違って黒尾先生はいつも自由で、けどやる気無さそうに見えて一人一人の個性をちゃんと見ていてくれるからいつも先生の周りには自然と沢山人が集まっていた。
もちろん私も先生を支持する生徒の一人。
受験、それが終わったら勉強。試験、それが終わったらまた勉強。そんな日常しか知らなかった私に「もっと今しか出来ないことしたら?」って、特待生なんだから、とかお前には学校の看板がとか言う大人達の中でそんな言葉を投げかけてきたのは黒尾先生くらいだった。
だから私は笑って先生にそう言ったんだ。ほんと先生っぽくないって。
「それ褒めてねーから」
「褒めてますよ私なりに…救われました、とっても」
「そう?教師として、みよじサンの役に立てたなら何よりでございます」
朝はジャケット姿できちんと締めているネクタイも陽が傾くにつれ緩んでワイシャツもヨレたりしてる。
あちぃ、と呟いて先程開けられた第二ボタン。汗ばんだ首筋に心臓の奥をぎゅっと握られた様な感覚がした。
先生として大人として大好きだったはずなのに、気づいたら私はこの人はどうやって好きな女性を抱くんだろう。なんて不適切極まりない事を考えていて。
「先生」
「ん?」
「私と、…私と付き合ってください」
今しか出来ないことしたら?先程言われた言葉を頭に浮かべながらこれが今の私にしか出来ないことだと思ってしまった。黒尾先生ではなく黒尾鉄朗の、特別な人になりたいと。
一方、目の前で私を救ってしてくれた先生は一瞬驚いた様に目を瞬いたもののまたいつもみたいに口角を上げて笑みをつくると
「恋と憧れを混同するんじゃねーぞ」
額にデコピンを一発お見舞いされた。
*
黒尾先生に告白を軽く受け流されて気づいたこと。きっと私以外にも告白した生徒は山のようにいるんだろうなって。先生自身フり方が慣れた様子だったしそもそも意識して辺りをよーく見てみれば先生の周りはやたらと女子が多い気がするし。
今までは純粋に慕われるだけかと思っていたが恋愛的な意味もあったのか、と。
けど他の子みたく相手が先生だからとか叶わぬ恋だったとかで片付けられるほど私の気持ちは簡単に終われなくて。高校生最後の日、卒業式にもう一度告白しようと胸に誓った。
今まで努力して自分の力で欲しいものはなんでも手にしてきたから今回だって頑張れば、本気でそう思っていたのに、
「付き合ってください!」
「ごめんなさい」
胸に誓った最後の日もあの時と同じ笑顔を浮かべられ私はあっけっけなく撃沈した。
「ええ、なんで!?」
「なんで?それ聞いちゃうか。まあまだ諦めてなかった事に一番驚きなんだけども」
今日は流石に夕方でもネクタイもワイシャツもよれてない黒尾先生。
放課後の教室で一人窓の外みながらぼんやりしてたからチャンスだと思って近づいた。
オレンジの夕日に照らされながら先生の言葉に初めて、泣きそうになった。
「なんで、って俺に聞く前に。みよじはなんで一回目の告白でフラれたか考えた?」
「……そういえば、あんまり。」
「出来ればそこはちゃんと考えてほしかったなァー」
わざとらしい少しおちゃらけた口調とは裏腹、黒尾先生は本当に困った様に眉根を下げながら首元に手を当てた。
「俺の仕事はお前みたいなひよっこが道に迷わない様にできる限りの力で前を照らしてやることなのよ。言わば親鳥的なさ」
「…ひよっこ」
かなり刺さった、ひよっこは。
「だから俺たち親鳥はそのひよっこを温かく見守るのが役目であって手ェだすなんてもっ手の外なわけで」
「じゃあ…もし私が生徒じゃなかったら?」
「はい?」
初めて先生のこんな間抜けな顔見た。
けど素朴な疑問だった。私を納得させようと先生が並べる言葉は全部、まるで自分にも言いかせてる様で。
少し、期待してしまった。
「生徒だろうとなかろーと俺は、」
「もっと今しか出来ないことしたら?先生が私にそう教えたんですよ」
「っとに、お前なァ」
吐き出されたため息はとても重かった。
怒らせたかな、けどこのまま何もなく終わるよりはいいかなんて思ってしまう私は重症だろうか。
恋と憧れを混同するなって前に言われたけど、どちらにせよ私が先生を好きって気持ちは変わらないから。
「先生としても、男の人としても私はどっちも好きなんです」
黒尾先生が目を閉じて、次に開いた時その瞳の奥に真っ直ぐ自分の姿が映った。
「言うこと聞かない生徒だな、最後までお前は」
私の頬に触れた手が次に耳に触れ、後頭部に回った。近づいてくる先生の唇につま先を立てながらそっと目を閉じる。しかし触れた柔らかい温もりは唇ではなく額にだった。
「なんで!?」
「出た、口癖のなんで。こんな校内で堂々と手が出せるかよバーカ」
「じゃ、じゃあ今から帰りましょう!」
「とりあえず落ち着け。まだ付き合ってやるなんて言ってねーだろ」
早く早くと腕を引っ張る私とは対照的にかなり呆れた眼差しの黒尾先生。
再び息を吐き出しながら先生はネクタイを緩めると机に腰を落とした。
「こー見えても俺、ソクバクとか普通にするし男のいる飲み会とかにうるさいタイプだけど」
「はい!」
「それにけっこーエロいよ」
「はいっ!」
「…なに嬉しそうに頷いてんだよ」
「だって、」
先生が思ってる以上に私、今舞い上がってる。
突然掴まれた制服のリボンに引っ張られ身体が傾いた。気づいたら私は黒尾先生の腕の中にいて、スーツのジャケットで隠す様にしながら押し当てられた唇。
少しの間重なって、離す時に下唇を軽く噛まれた。…黒尾先生って、こういう風にキスするんだ…なんて。
「んっ、」
「お前って、キスの時そんな顔するんだな」
「っ、ど、どんな顔ですか…」
「ん?思わずパクッと」
食べたくなっちまう顔。
そう言ってニヤリと笑うと黒尾先生はもう一度私にキスをした。
「卒業おめでとう、そんでもってこれからも容赦しねえからな」
露草
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