「あの……」

「………あ?」

「目、死んでますけど…大丈夫ですか?」



それがあの日彼に出会った時、私が一番に口にした言葉だった。











「はよ。なまえちゃん」

「……んっ。おはようございます…銀さん」


朝起きて、開ききってない目を擦りながらトイレに行こうとのろのろ部屋を出ると丁度銀さんが部屋の前にいた。
朝食が出来たから起こしにきてくれたようだ。


「いい匂い…今日は卵焼きですね」

「俺好みに大分甘口にしてあるけどな。早く着替えて食えよじゃねーと遅刻すんぞ」

「はーい」


少し間延びした返事を返し私よりうんと背の高い銀さんを見上げればやっぱりその目は死んでいた。死んだ、魚の目みたいだった。
あの日、初めてあった時も銀さんの目は死んでいて。気づいたら暗い夜道で縮こまっている彼に声をかけていた。
とっても大きくて変わった拾いものをしてしまった気もするが不思議と銀さんは悪い人に思えなくて、最初は捨て猫みたいな彼を一日泊めてあげるだけのつもりが結局放っておけず現在進行形で家に住まわせてる。
大学生の女の子が一人暮らししてる部屋に得体の知れない男性を住まわせるなんて!っと田舎の両親に知られたら怒られるだけじゃ済まないだろう。


でも銀さんなら大丈夫って無駄な自信と、それどころか一緒にいると安心感すら今の私は感じる様になっていた。


「なまえちゃん、人の顔見て何考えてんの?」

「ん?…あ、いえ。今日も目が死んでるなと思って」

「余計なお世話ですぅそれに銀さんの目はね、いざとなったら煌めくの」


そう言ってニッと笑った銀さんは「早く支度しろ」と私の頭を撫でてキッチンに戻った。
…なんだろう。異性っていうよりお兄ちゃんみたい。









「なまえさ、彼氏でも出来た?」

「え。出来てないけど、なんで?」

「なんか最近なまえから幸せオーラを感じる」


身体から花出てるよ、とジト目で私を見る友人によくわからないが「ありがとう」と返しておいた。


「でも彼氏なんかいないよ。出来たらすぐ報告するし……でもね、最近その…猫…みたいなのを飼い始めて」

「猫…みたいなのってなに」

「…いや、ごめん。うん猫でいいや」


まさか人間の男と暮らしてる、なんて言えないし。
銀さん猫っ毛…というか天パだしもうなんでもいいやと半分投げやり。
「なんだー猫飼うとか余計彼氏できなくなるよー」と友人のテンションも一気に下がりこれでこの話題は終わりかと思いきや。


「あ、そうだ」


何を閃いたのか、急に輝いた友人の目に嫌な予感がした。


「今日さ、サークルの後輩連れてなまえん家飲みに行ってもいい?」

「は?やだよ。ダメ」

「えーいいじゃん一人暮らしなんだしさあ!それにどんな猫か見たいし」


完全におまけ程度の扱いだろう猫は。
こうなったら何を言っても聞く耳をもたないのが私の友人なわけで。
サークルの後輩イケメン多いから期待しててとウインクをされ私は銀さんの顔を思い浮かべながら深くため息。
…あの大きな猫を、どう隠せばいいのだろうか。

学校が終わり友人が後輩達とお酒を買いに行ってる間に私は猛ダッシュで帰宅した。


「あ、なまえちゃんおかえり。今日帰りはえーな」

「銀さん!!!」

「え、なに」

「銀さん…猫に変幻出来たりしないよね?」

「…なまえちゃん頭でも打った?」

「じゃあ、あの…私が良いって言うまで隠れてて下さい!」


大丈夫かこいつ、みたいな目で私を見る銀さんの背中を押してリビング隣にある寝室の押入れに銀さんを押し込む。

「何事?」

「説明は後ほど致します」


ちょっと可哀想な気もするがそう言って襖を閉めればグットタイミングでインターホンが鳴った。


「なまえー?入るよー」

「あ、うん。どーぞー」


友人に続いておじゃまさまーす、と続々部屋に入ってくる後輩達。想像以上に人数が多かった。


「ちょっと、こんなにいるの!?」

「多い方が盛り上がるかなって…それよりなまえ、タマは?」

「タマ?」

「なまえん家の猫」

「勝手にありきたりすぎる名前つけないでいただけますか………散歩出てるみたいで今はいない」

「随分と自由にさせてんだね」

「先輩達!早く乾杯しましょー!」

「おっけーつまみだけ開けるから待って」

「………はあ」


こりゃ後片付けも大変だ……元気に缶ビールや酎ハイを掲げる後輩達に自然と口から溢れる本日二度目のため息。
乾杯をしてお酒をちびちび口にしながら私は銀さんの事を考えていた。…怒ってないといいけど。


「なまえ先輩」

「ん?」

「今日はすいません…無理矢理押しかけて。でも俺なまえ先輩とずっと話してみたかったからちょっとラッキーかも。なんて」

「ああ、うん。ありがとう…」


女の子が喜びそうな口説き文句、全くときめかないのは何故だろうか。
それどころか隣に座られてるだけでも距離感が気になって落ち着かない。銀さんならどんなに近寄られても大丈夫なのに、なんか他の人だと嫌だなって。


「ねえ、なまえ先輩。もしよかったら隣の部屋でじっくり…」



後輩くんがより一層距離を詰めてきた時、隣の寝室からガタンっと大きな音がした。
一気に静まり返るリビングに私は慌てて立ち上がる。


「なまえ…今の音なに?」

「あ、もうやだ〜!猫だよ、散歩から帰ってきたのかな?」


それじゃあちょっと失礼〜と満面の笑顔を浮かべ寝室に入り鍵をかける。
押入れから抜け出した銀さんが顰めっ面で立っていた。


「俺はなまえちゃんにとって飼い猫だったわけですかあ?」

「っご、ごめんなさい…」


完全に怒らせてしまった様だ。


「なんか事情があんなら、先に説明してほしかったんだけど」

「ごもっともで…。みんな友達のサークルの後輩なんですけど、今日は私の家で飲み事になっちゃって…けど、銀さん見られるわけにもいかないし…」

「なまえちゃんに馴れ馴れしいあいつも後輩?」

「あいつ?……ああ、はい。そうです…名前は知らないけど…」


見られてたのね…。でも確かに押入れに閉じ込めた事も猫扱いしたことも悪いとは思うけど銀さんがそれくらいでこんなに怒るなんて。


「……一つ俺から注意しとくが。なまえちゃんは隙がありすぎんだよ、もっと危機感を持って行動しろ名前も知らない男を家に連れてくるもんじゃねえ……って、俺が言えた立場じゃねーけど」

「…はい。でも私、銀さんは特別っていうかなんか大丈夫な気がするんですよね」

「なんでそう言いきれんの?」

「理由は……特にないですけど、見てればわかります」


そう言って、銀さんをじっと見つめればリビングから私を呼ぶ声がした。


「……なまえちゃんさあ」


同時に腕を掴まれ銀さんのため息混じりの声が耳元で響く。周りの雑音なんかまるで気にしてない様に銀さんは言葉を続けた。


「そういう事言われっと、俺一切手出し出来ないんだけど」

「え?」

「本当はこんな風に、なまえちゃんを俺の所にずっと引き止めてたいのに」


普段猫かぶってるだけで、俺だって案外何考えてるかわかんないよ?

銀さんの言葉に目を丸くして顔をあげれば銀さんは「ちょっとは意識した?」ってすこし悪戯っぽく笑った。
死んだ魚の目にもいつもより生気がある気がする。
…いざとなったら煌めく。…その言葉の意味を今ここでやっと理解した気がする。


銀さん、を拾う


「あ、ああああああの、それって」

「(…なにこの面白い反応)」

露草

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